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暗闇の中で

 最初に紗月が見た光景は、荒れ果てた光景だった。


 いや、もともと異界の中が廃墟なのだから荒れているのは当然なのだが。

 それ以上に凄まじかった。


 辺りには瓦礫が散乱し、地面のいたるところが砕けていたりクレーターができている。

 そして、次に目にしたのは――


「あれ……なに?」


 異形の巨人だった。

 ゆうに5か6mはくらいはありそうなその巨体に4つの腕、そして2つの頭が付いていた。その2つの頭のうち、1つはぐったりとした様子だったが。

 そして2本のとてつもなく大きな剣と弓を持っており、空いた片腕は何かを掴んでいる。



 何かを……いや、誰かを。



「紫朔ちゃんッ!!」


 天翼(つばさ)が叫ぶ。

 その瞬間、天翼の姿がわずかな砂塵を残してふっと消えた。

 移動したのだ。さきほども見たがすごい速度だと改めて思う。

 既に巨人の手から人影が消えており、天翼が助けたのだとわかる。どこにいるかはわからないけど。


「では、俺も行く。2人はここにいてくれ。それから雪音(ゆきね)とやら、この方を頼む」

「怪我人に無茶いうわね。でもまあこの子よりは戦えるし、任せて」


 義経(よしつね)がこちらに振り返り、雪音と言葉を交わす。紗月はもちろん戦力外のため、蚊帳(かや)の外だ。一般人なのだから仕方がないけれど。


「それと、あなたにこれを渡しておく」

「これなに?」


 一般人らしく成り行きを眺めていた紗月に、義経が小さなお守りを手渡してきた。

 赤の布に金色の糸で『(まもり)』の字が刺繍がしてあり、紫の紐で縛ってある簡素なものだった。大きさは手の中に収まる程度ではあるものの、作りとしては神社で売ってても遜色ないと思ってしまうほどしっかりとしていた。

 ちょっと重みを感じるけど、物としての重さじゃなくてなにか不思議な感じの重さだった。


「俺の魂魄を込めたお守りだ。起動させればあなたを護ってくれるだろう。万が一のためのものだ」


 なるほど、結界発生装置のようなものか。もしくは護符か。そんな風に紗月は漠然(ばくぜん)とお守りの効果を理解する。

 こういうときゲームとかの知識があると分かりやすくて便利だよね。


「では行ってくる」


 そう言うと、義経も巨人に向かって駆け出していった。


「大丈夫よ。御庭番って強い人しかなれないから」

「雪音さん……」


 瞬く間に遠くにいってしまった義経の背中を心配そうに見つめる紗月に、雪音が優しく声をかけてくれた。


「私も昔、御庭番に志願したことがあるんだけどね」

「そうなんですか?」

「給料いいって聞いてね。でも実力が足りなくてだめだったわ。まあ、そのよしみで、今回はあなたの保護を任されてたんだけどね」


 そう言われ、紗月はふと気づいた。

 異界に巻き込まれる前の雪音の言動。無理やり引き止めるかのように長話していたり、いきなり超早口で恋愛について語ってくれていたのは、あれはわざと引き止めて守ろうとしてくれていたのだった。


「あ、恋愛についての熱弁は個人的に語りたかっただけよ」


 あ、ハイ。


「でもまあ、結局巻き込んじゃったわね。ごめんなさい」

「いえ、そんなこと言わないでください」

「そう? ありがとね」


 そう言って微笑む雪音の眼は、自分の非力さを嘆いているようにも見えた。


「つまり、妖怪なら誰でもなれるってわけじゃない。御庭番には強い妖怪のみがなれるの。だから、大丈夫よ」


 そう言って、雪音は紗月に微笑んでくれる。

 きっと少しでも不安を紛らわせてくれようとしてくれているのだろう。しかし、やはりどうしても心配してしまう。

 既に戦闘は始まっており、遠くで銃声と爆炎が轟いている。

 紗月は、さきほどもらったお守りを握りしめた。状況はここに来る前に天翼たちに教えてもらった。

 先行していた玄々と紫朔がやられてしまっており、玄々に至っては安否も不明らしい。素人(しろうと)の自分でもわかるほど予断を許さない状況である。

 なにもできない自分を歯がゆく思いつつも、紗月は皆の無事を祈るしかなかった。



 ***



 暗闇の中、玄々は目を覚ました。

 どうやら自分はうつ伏せに倒れているようだった。

 一瞬夢かとも思ったが、全身に走る激痛が現実だと告げる。

 玄々は完全に打ちのめされていた。

 だが、痛みを感じるということは、まだくたばってはいない。めちゃくちゃ痛いけど。


 玄々は朦朧(もうろう)とする脳内を無理やり動かし、状況を整理する。

 覚えているのは背部から襲ってきた衝撃と激痛、それから地面に叩きつけられた感覚。

 たぶん、まだ生きていた禍津神の大剣の直撃を背後から受けてしまったのだと思う。

 現在、遠くに風切り音に混じって爆発音と銃撃音が聞こえるところを考えると、天翼と義経が到着したのだろう。ノウェムが呼んでくれたのかもしれない。


 しかし、さすがは禍津神。一撃でこの有様とは油断も隙もない。

 向こうも消耗してはいるだろうが、一撃の威力と耐久力が桁違い過ぎる。増援があってもこのまま戦闘が長引けばまた一手でひっくり返されかねない。長期戦は危険だろう。

 下手をすれば……誰かが死んでしまうかもしれない。やるなら最大火力による短期決戦。

 

 漫画やアニメみたいに窮地(きゅうち)覚醒(かくせい)とか、瀕死(ひんし)状態から回復するたび戦闘能力が上がるとか、倒れるたび傷つくたび俺を強くするとか、そういうのがあればいいのだが、生憎(あいにく)と妖怪の玄々にはそういう(たぐい)のものは備わってはいなかった。

 そういった性質は、元来人間に備わるものだ。

 瞬く間に成長するというのは、進化の塊である人間特有の汎用性である。


 やはり人間って凄い――じゃなくて、思考を戻そう。


 一応、対抗手段がないわけではない。

 何を隠そうこの白銀玄々。伊達にチートの塊|(※某人形少女談)と言われてはいないのだった。


 しかし、これは正真正銘奥の手だった。

 この奥の手は魂魄を大量に消費してしまうため、長時間の戦いはできない。簡単に言うならリミッター解除技みたいなものだ。だからこそ、普段はできる限り肉体のみで戦闘を行い、魂魄の消費を抑えている。

 やはりリミッター解除とはお約束であり浪漫(ろまん)である。……これはそんな単純な代物じゃないが。

 さらにいうなら、使ったとしても対抗できるとは限らない。相手は想像以上にタフだ。押し切る前にこちらの息が切れてしまう恐れもある。

 もし倒しきれなかったら……私は終わりだろう。


 なんとも分の悪い賭けだった。


 しかし、とも玄々は考える。


 今ここで倒せなければ、現世への影響はどんどん酷くなる。

 そうなれば、紗月が悲しんでしまうだろう。

 一緒に遊ぶ数少ない人間の友人。鬼である玄々を怖がらず、友達と言ってくれる大切な人。


 紫朔に期待もされた。

 普段は言ってこないが、義経も、天翼も、ノウェムも。

 皆が信頼し、背中を預けてくれるのだ。

 信頼を裏切りたくない。それは嘘をつくことと同義だ。

 嘘は嫌いだ。できればつきたくない。


 ならばこそ、

 だからこそ、

 もっと全力で応えるのが礼儀だ。


 ――だから、少しだけ力を借りるよ。■■■■。


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