巨大すぎる一手
爆風にも似た攻撃の余波が、一帯を吹き抜ける。
あまりの衝撃に、思わず紫朔は腕で顔を覆ってしまうほどだった。
相変わらずの破壊力である。敵ならば末恐ろしいが、味方ならばなんとも心強い。
風が止むと、そっと腕を下ろし禍津神を確認する。
禍津神は2つの頭部を完全に地面にめり込ませている。動く気配はなかった。
完全に強力な一撃が入った。
見ていただけでも強烈な手応えを感じる一撃だった。
これで決着だと思うが、一応警戒は解かない。
玄々の方を見ると、彼女もしっかりと手応えを感じたようだった。
残心をしつつ、禍津神を見据えていた。
少しして残心をといた玄々が、互いの無事を確認するために紫朔に声をかけてきた。
「お疲れ。なんとかなったな」
「うむ。しかし、なんという怪力じゃ。肩が持っていかれるかと思うたわ」
「脱臼とかしてないかぃ?」
「そこまでやわではない……と言いたいが、左腕に違和感がある。すこし冷やさんといかんかもしれんのぅ」
左腕を曲げ伸ばしして具合を確かめる。動かすたび、わずかだが痛みが走る。
「んじゃ、さっさと封印処置して帰るか」
「では、わしがやろう。玄々はノウェムに連絡を頼むぞ」
「あいよ。まーだインカムが苦手か?」
「ぐっ……」
玄々は耳についた小型機械を指差し、悪戯っぽくニヤニヤと笑う。
悔しいが図星だった。
「ふん、おぬしが使えればそれで良いじゃろう。それより早う連絡せんか」
「早めに慣れとけよ? たぶん今後必要になって――」
玄々が言いかけたとき、紫朔の目の端でわずかに何かが動いた。
――ドガンッ
次の瞬間、地を揺るがすほどの衝撃が襲った。
紫朔は一瞬、何が起こったのかわからなかった。
しかし、その瞳に映る光景を、混乱する頭でなんとか認識する。
突然振り上げられた石の大剣が、玄々を叩き潰した。
「玄々っ!!」
背後から大剣の直撃を受けて、鮮血を撒き散らして玄々が地面に埋もれていく。
紫朔は思わず声をあげていた。
それが隙になると頭のどこかで解っていても、声を上げずにはいられなかった。
そして、その隙を禍津神が見逃すはずもなかった。
もう一本の大剣の横薙ぎが、紫朔に直撃した。
「がふっ――!!?」
腹部に感じる耐え難いほどの激痛。
次に感じたのは背中に走る衝撃。
そしてもうもうと巻き上がる粉塵。
紫朔は、遥か遠くの建物の壁まで吹き飛ばされたのだ。
呼吸ができない。
視界が真っ暗になる。
必死で肺に空気を送る。
外壁に埋もれながらも、朦朧とする意識を必死につなぎ止める。
――なんと拙いことか。
たった1手。
その1手ですべてが逆転してしまった。
ふらつく足取りで、なんとか瓦礫から這い出た紫朔は、瞬く間に状況をひっくりかえした強敵を睨む。
先ほどの一撃はしっかり決まっていた。その証拠に禍津神の頭部は血を滴らせぐったりとしている。
だが、それは2つの頭部のうちの1つだけだった。
もう片方は、血濡れであってもまだしっかりとこちらを見据えている。
二つ頭の妖怪は、そこまで珍しいものではない。
だが、そういった手合いは体を共有しているため1つの頭部では体を動かせないことが多い。例え動かせたとしても、その力はだいぶ衰えるはずだった。
しかし、目の前の相手は、そんな状態をものともせず反撃してきたのだ。
禍津神に、常識は通用しない。
御庭番なら誰しもが知っていることだ。
それを先程まで失念していた。
完全な油断だった。
そのツケが、これだ。
自分の不甲斐なさに怒りと呆れを通り越して、笑いすら込み上げる。
紫朔は状況を確認するため、未だ混乱する頭で無理やり素早く思考を巡らせる。
自分の体はあの大剣の直撃を受けてかなりダメージを負っている。
とくに脇腹が酷い。肋骨にヒビが入ってるかもしれない。
玄々は、完全に地面に埋もれて姿が見えない。
あちらは渾身の一撃を叩き込まれたのだ。生きてはいるだろうが、暫くは援護は見込めない。最悪、完全に戦闘不能状態になっている恐れもある。
禍津神はというと、玄々の渾身の攻撃を何度も受け、さらに片方の頭部も損傷してもなお健在だった。
異常なまでの生命力だ。
それでも多少弱ってきてはいるようだが、消耗してるのはこちらも同じだ。有利には働いてはくれない。
たった一瞬でこの有様だ。格の違いを実感せざるを得ない。
『紫朔さん、ご無事ですか』
ふいに、耳から直接、ノウェムの声が聞こえた。
ああ、そうか。いんかむというやつか。
いかん、酷く混乱しすぎている。
「無事……とはいえんな。玄々もやられた」
『了解しました。現在、緊急で天翼さんと義経さんに、至急援護に向かうよう連絡しています。それまでなんとか耐えてください』
「簡単に言うのぅ……」
相変わらず淡々と情報を述べる。だが、その声に焦燥の色が混じっているのに紫朔は気づいていた。
珍しく彼女も焦っているのだ。滅多に向こうから連絡がないのに電話――通話?をかけてきたのも、それが理由だろう。
――倒す必要はない。時間稼ぎさえすればいい。時間稼ぎは得意だ。
そう、自分に言い聞かせる。
すでに相手は、先ほど捨てていた弓を拾い、矢を番えた。
こちらに向けて撃つつもりだ。追撃してこなかった理由はそれか。
紫朔は内心苦笑する。だが、顔には出さない。
これで遠距離から間合いに入らないように立ち回るという選択肢は消えた。
ゆっくり息を吸い、吐き出す。
人間共の救助を急ぐのとさっきの足止めの際に魂魄を思ったより消費してしまった。今も自然治癒の効果を高めるのに魂魄を消費してしまっている為、自身の内の魂魄は残り少ない。
あとどれほど妖力を使えるだろうか。
紫朔は、ピアノ線並に細い糸を指先から何本も垂らし、妖力を纏わせる。
少しでも切れ味を上げるためだ。
集中し神経を尖らせていく。
緊張するな。柔軟性を失う。
「わしも御庭番の端くれ。腕一本くらいは貰い受けるでのぅ」
緊張と恐怖を不敵な笑いの裏に隠し、まるで自分に言い聞かせるように呟く紫朔。
紫朔が一歩踏み込むと同時に、禍津神の放った矢が容赦なく飛来した。




