犬と烏
空には、月明かりすらない。
辺りはただの廃墟しかない。
そんな荒廃とした景色の中で、数多の銃声が鳴り響いく。
「――これで3匹」
誰にいうでもなく、義経はぽつりと呟く。
目の前には数多の銃撃を受け、崩れ落ちる亡霊の姿があった。
しかし、未だ襲ってくる亡霊の勢いは収まらない。
今度は前方と背後からの挟撃だった。
義経は冷静に目の前の突き出された爪を屈んで回避し、同時に後方の亡霊を後ろ蹴りで蹴り上げる。
頭上で風切り音を聞き、背後ではゴキンッと骨を折るような音が鳴った。
そのまま、攻撃を回避され無防備になった目の前の亡霊の顔面と、蹴り上げられた亡霊の胴体を、両手の拳銃で同時に狙い乱射した。
発砲音が連なって聞こえるほどの連射速度だった。
もはや拳銃というより短機関銃という方がしっくりくるほどだ。
宙に舞う大量の空薬莢と、一瞬で穴だらけになった亡霊の体が地に着くよりも前に、義経は次の敵に向かって駆け出す。
「――これで、5匹」
2挺の拳銃で別々の獲物を狙い的確に撃ち抜きつつも、至近距離まで近づいてきた相手には体術と銃撃を組み合わせて迎撃する。
これが義経の戦闘スタイルだった。
遠距離武器を持ちながらも接近して戦う。奇妙な戦い方だった。
さらに奇妙なのが、義経は戦闘を開始してからこれまで、拳銃の弾倉を一度も交換していなかった。
これは、義経の魂魄を弾丸状に形成して撃ちだしているからだった。
このため自身の魂魄が保つ間は、弾切れの心配はない。
拳銃もまた、M1911という拳銃をモデルに自分で改造し、自身の超高速連射に耐えられるようにしてある。
本来ならば、このような戦い方は無茶としか言い様がないのだった。
2挺拳銃というのは、反動で照準がブレやすく命中精度が悪い、また銃器による格闘戦は銃身が破損してしまう恐れもある。
実際、義経はこの戦い方を始めた当初はまともに戦闘すらできなかった。
他の妖怪に馬鹿にされ、戦い方を変えろと諭され、それでも必死に鍛錬して会得したのだ。
義経という妖獣の身体能力と妖術、そして人間の知識と技術を掛け合わせた戦い方なのだ。
この戦い方も、この銃の種類も、『あの人』が好きだったものだから。
「――ッ!」
袈裟斬りに切り裂こうとしてきた亡霊の攻撃を、体を反らし捻って避ける。
頬に斬撃が掠めるのを感じつつ、一歩踏み込み正拳突きを放つように銃口で亡霊の顔面を殴り、そのまま引き金を引く。
「これで6匹」
まだまだ、数は多い。確実に、迅速に排除しなければ。
一瞬のうちに数多の銃撃を頭部に受け吹き飛んだ亡霊には目もくれず、義経は次の目標に意識を向けた。
***
「はぁ。盛り上がってるねぇ、あっちは」
次々と屠っていく義経を眺め天翼は肩を竦める。
獲物を求める獣のように猛進していく姿は、自分には似合わない。
「戦いってのは、もっとクールに行かなくちゃ。そう思わないかい?」
戦闘とは、もっと優雅に、華麗に、美しく。
天翼は、自分を睨みつけてくる亡霊たちに向かって問いかける。
返答は期待していない。
もとより、自我などとっくに崩壊してるだろうから。
亡霊とは、そういう存在なのだ。
人間の想像する亡霊とは、きっと定義が違うだろう。
半端な魂が、未練に支配され成仏もできず、妖怪にも幽霊にもなれないまま中途半端に存在し、悲愴と苦痛により自我を崩壊させてしまったもの、それが亡霊なのだ。
だからこそ、優雅に、華麗に、美しく、滅する。
それが亡霊に対してできる、唯一の手向けなのだ。
天翼は、自分を取り囲む亡霊たちを一瞥する。
紗月に襲いかかったものや、バカ犬に襲いかかっているものとは様子が違う。
頭部は、獣のような口や牙の代わりに大きな目玉がひとつ、ぎょろりと生えている。
手足は長いが、爪もそこまで伸びていない。恐らく別種だろうと、天翼はあたりをつける。
天翼が観察していると、不意に群れの中の1匹の目玉が光を帯び始める。
正確には目玉の手前あたり。そこに光が収束する。
それを合図に、他の亡霊も光を収束させる。
そして、天翼に向けて発射した。
高密度の妖力を集めて発射するだけの単純なものだが、殺傷力は十分だった。
数の暴力にものを言わせて雨のように放たれるそれは、音速を超えるほどの速度で天翼に殺到した。
直撃すれば死は免れないだろう圧倒的物量だった。
光弾の嵐が止めば、しかしそこには何もなかった。
生き物の亡骸も、血の一滴すらそこにはない。
「狙いも的確。弾道のズレも少ない。弾速も悪くない。雑魚にしてはやるじゃないか」
まるで欠伸でもするかのように、天翼は呑気に亡霊たちに向かってパチパチと拍手する。
光弾が当たるよりも先に、既に天翼は離れた瓦礫の上に座っていた。
天翼は瓦礫の上から立ち上がり、お気に入りのジーンズについた埃を軽く払う。
「だけど、君たち相手じゃ僕には役不足だよ。相手にならない」
天翼は獰猛に笑う。
どれだけその弾速が早くとも、たかだか音速を超える程度では、烏天狗である天翼にとっては亀の動きに等しいのだった。
本能のみで動いている亡霊たちは、仕留めそこねたと理解したのか次弾を撃つ為に、また光を収束させていく。
その機械的にさえ感じられる感情のない亡霊たちの動きに、天翼は大げさに呆れてみせた。
「あっそう、まだ続ける気かい。まあ、もとより見逃す気はなかったけど。んじゃまあ、弾幕勝負といこうか」
天翼はそう言うと、悠々と取り出した何枚もの呪符を空中に投げる。
「【炎舞・火弾豪雨】」
呪符はそのまま空中静止し、天翼の妖力を受けて次々に燃え上がり火の玉に変わっていく。
さらに火の玉は分裂していき、天翼の頭上をどんどん覆っていく。
それは、遠目に見れば巨大な1つの火球にすら見えるほどだった。
「まあ、可憐なレディが2人も見ているんだ。カッコいいとこみせないとね。それに――」
亡霊を睨む天翼の瞳に、ぎらりと殺気が宿る。
天翼は静かに片手を挙げ、
「――僕の前で女性を傷つけた罪は、重いからね?」
再び自分に向かってくる光弾を迎え撃つように、鋭く振りおろした。




