白黒の鬼
季節は春。
といっても昼前の時間は若干暑くなる。
五月の始め、世間はゴールデンウィーク真っ只中。
この田舎町、神凪町も賑わい、近くのショッピングモールもお祭りかと思うほど賑わっている。
そんな中、喧騒から離れるように町を歩く少女が一人。
肩くらいまで伸ばした日本人特有の艶やかな黒髪が気持ちの良い春風に揺れる。
小さなおしゃれとして桜の花をかたどったヘアピンを頭の左側に1つ付けており、身長はそれほど大きくはなく、顔も悪くない整った顔立ちに優しそうな黒目をしている。
手荷物として、コンビニで買ったお菓子入りのビニール袋を下げていた。
名前は土御門紗月。今年、晴れて高校生となり、順風満帆な高校生活を送っているのである。
まともな友達がまだいないことを除いて。
いや、ボッチではないことをここに断言しよう。
実際に友達もできてはいた。事実、今向かっているのはその友達と会うためである。
まともではない友達と。
街の中心から少し離れた、剥がれかかったテナント募集中の張り紙がガラス窓に貼ってある、少し寂れた3階建ての小さなビル。
そのビルの中へ何食わぬ顔で入り、階段を登って4階へとたどり着く。そしてゆっくりとドアを開けた。
「遊びにきたよー!」
「お、いらっしゃい」
紗月の気軽な声に応えたのは、少しボロボロの大きめのソファーにだらしなく寝そべっていた褐色の少女だった。
ショートカットに揃えた銀髪に可愛らしいというより凛とした顔立ちをしており、綺麗な赤色の瞳をこちらに向ける。
「またそんな寝そべって。友達が来た時くらいもうちょっとお行儀よくできないの?」
「友人だからこそ寝そべって対応するのさ。気心知れた仲って奴だぜ」
「もぅ、調子いいんだから」
完全にだらけている様子の少女に紗月はため息をつく。
どんなときもマイペースを崩さない飄々としたこの友人とはまだ短い付き合いなのだが、紗月は付き合い方をだいたい理解していた。
つまりあまり強く言っても仕方ないのである。というわけで適当に話を進める。
「まあいいや。それよりお菓子買ってきたよ。食べる?」
「お、サンキュー。ポテチップス|(※コンビニなどで販売してるお菓子の品名。人気はコンソメ味)ある?」
「ちゃんと買ってきてるわよ。はい」
お目当てのお菓子があると知って、少女は嬉しそうにソファーから飛び起きた。
この少女の名前は白銀玄々。
紗月のまともではない友達の一人。
少女にしては多少背が高いが、それよりももっと個性的な特徴がある。
それはお尻から伸びた、先程からゆらゆらと揺れておる獣らしき尻尾。そして額に小さいながらもしっかり目立っている2本の角。
そう、彼女は人間ではない。彼女は妖怪、「鬼」と言われる存在だった。
玄々は紗月が持っていたコンビニ袋に飛びつくように奪うと、中からお目当てのお菓子を取り出してさっさと食べ始めてしまった。
「いやー、いふほはふひへぇ」
「もー、もの食べながら喋らないの」
「堅いこと言うなよ」
「堅くないわよ。別に」
紗月はそっと肩を竦めるが別段悪い気はしていない。
紗月と玄々は出会ってまだ数回ではあるが、気軽に話してくれる玄々のおかげでかなり打ち解けていた。今もこうして他愛ない話をしている。
初めは妖怪ということもあり恐怖はしたものの、もうそんな気持ちは消えていた。
妖怪ってホントは怖くないんじゃないか、とさえ思ってしまうくらいの気安さだった。
お菓子食べて、一緒にゲームをして、談笑する。
こうしていると相手が鬼ということさえ忘れてしまう。
紗月は慣れた様子で部屋の中央に置かれたテーブルの近くまでいくと、そのそばに置いてあるダンボールに腰掛けた。
ボリボリと玄々がお菓子を貪る音を聞きながら改めて部屋を見回してみる。
本棚や謎のダンボールが積まれており、決して広くはないがなんとなく落ち着く雰囲気のある部屋だった。椅子はパイプ椅子、キャスター付きの回転する椅子、少しボロボロのソファーなど、どこからか拾ってきたような統一感のない椅子たち。
出しっぱなしの暖房器具はいいとして、なぜか扇風機まで置いてある。
テーブルは木製だがどこか高そうな雰囲気のある背の低い長テーブルが中央にひとつあった。その上には様々なゲーム機が無造作に置かれており、近くに置かれた大き目のモニターには、緑色の服を着たヒゲ男が掃除機を背負ってお化け退治するゲームが映っている。
秘密基地のような、隠れ家のような、そんな感じの内装だった。
事実、ここは隠れ家なのだ。
3階建てのビルの4階。矛盾のように聞こえるが、ここでは矛盾にはならない。
ここは「迷い家」と呼ばれる場所であり、いわば隠された空間なのである。その為、一般の人間は入るどころか知覚することすらできない現代に隠れ潜む妖怪たちが住む場所なのだった。
そんな中、なぜ一般の人間であるはずの紗月が平然と入ることが出来るかというと……。
「未だに信じられないなぁ、私が『霊能者』だなんて」
そんな風に誰に言う訳ではなく呟く。
紗月自身が霊能者だと知ったのは、ほんの数日前。未だに実感すらわかないが、こうして隠された場所を見つけ容易く入ることができることを考えるとなんとなくそうなのだと感じる。
すると、紗月の言葉が聞こえたらしい玄々が訂正した。
「私ら妖怪は『異能者』って呼んでるんだけどな。ちなみに紗月は、正確には霊能者じゃなくてその適性があるってだけさ。それだけ豊富な魂魄、大きな魂を宿してるってこと」
「魂魄ってなに?」
「力の結晶、気の塊。いわゆる魂が持つ力だね。それを自在に使って超常現象を引き起こすのさ。人間だって一部の奴は陰陽術や超能力って形で無自覚に使ってる」
よくわかったようなわからないような感じの説明だった。
「わかりやすく言うならゲームの『MP』みたいなもんさ」
よくわかる補足だった。
「んー……それで、霊能者と適性があるだけなのと、何が違うの?」
「まあ、潜在能力ってやつかねぇ。いくら運動ができるやつでもどんなスポーツもいきなりできる訳じゃないのと一緒。適性があっても術や力の使い方を知らなきゃ意味がないのさ」
玄々はいつの間にかお菓子を食べ終えており、またソファーに寝っころがりながら教えてくれた。
つまり、その魂魄というのが自分には豊富だからこうして迷い家を発見できるということなのだ。
――ということは自分もうまくいけば魔法みたいな力を使うことが出来るのではないか。
昔から夢だった空を飛んだり炎を出したり、そんなことが可能かも知れない。
「じゃあさ、私にその魂魄ってやつの使い方を教えてよ」
「ヤダ」
「即答!? なんでよケチ」
「ケチで結構」
「どうしてもダメなの?」
「んなもん、今の時代の人間にゃ必要ないだろ」
ちょっと呆れたようにそう言ったこの常にマイペースを崩さない鬼は、大きな欠伸をしてソファーからはみ出た足と尻尾をぶらぶらと揺らす。
「今の時代、文明の発達ってやつでどんどん便利になってる。誰でも手軽に長距離を移動できるし、空だって飛べる。遠くの人と会話だって小さな機械一つで手軽にできるし、擬似的な喧嘩だってゲーム機があれば誰とでも怪我することなく平和に行える。そんな時代に個々の能力で偏る旧技術なんかいらないんだよ」
玄々は少し寂しそうにそう答えると、
「私ら妖怪ですら使ってるからねぇ。電車とかケータイとか。なんの頑張りもなく日本の北から南まで移動できるわ、連絡は手軽にできるわ。いやー人間の文明さまさま。こんな不思議な力なんて無くたって楽しく暮らす分には不自由なんかないと思うぜ。そういうのはこっちに任せなって」
わははははー、とおどけるように笑う。
言われてみればその通りだ。
確かに自分の身の回りは便利で溢れている。
食べるものにも困らないし、遠出だって簡単にできる。
それでも、やはり神秘の力というものには誰しも憧れるものだ。
あこがれはするが結局紗月はそれ以上食い下がりはしなかった。なにか苦い思い出がきっとあるのだろう。しかし、それを聞くだけの友好関係をまだ築けているのかは自信がなかった。
玄々もそれ以上何も言わず、遠くを眺めるだけだった。
なんだか少ししんみりとしてしまった気がする。そう思った紗月はどう話題を変えようかと悩んでいると、突然、メールの着信音がなった。
紗月は慌てて自分のスマホを見ると、そのメールは自分のではなく玄々のスマホに届いたものだった。
玄々はのんびりとした様子でポケットからスマホを取り出した。そして、来たメールを見るとニヤリと不敵に笑い、ソファーから起き上がってさっさとドアの方へ歩いていってく。
「どうしたの? 玄々」
「ああ、仕事が入ったから働いてくるんだよ」
紗月が慌てて声をかけると、玄々はそう応えた。
そして立ち止まり紗月の方に振り返る。
「御庭番の、ね」