侵食
「憂鬱よねー」
「あの……一応お客さんいるんですし」
「いいじゃない? どうせ紗月ちゃんだけしか居ないし。ほかの客が来たら愛想よくするわよ」
レジカウンターに頬杖をついて呑気にしているコンビニ店員に、紗月は苦笑した。
紗月は今、家の近所にある行きつけのコンビニにいる。
家から歩いて約5分強の距離にあり、幼い頃から通っているので店員とはもはや顔なじみだ。
普段はお菓子などを買うだけだが、今日は晩ご飯用のお弁当を買うために来ていた。
とは言うのも、実は親が出張のために昨日から2、3日家を空けるからだった。
料理くらいできればいいのかもしれないが、紗月は家事の類が苦手なのだ。
大丈夫、そのうち覚える。たぶん。
「この大雨じゃ、ろくにお客も来ないし。全部凍らせてやろうかしら」
「雪音さんって、そういうのできるんですか?」
「ムリ。っていうかできたとしてもこんなの凍らせたら雹になるわよ」
怠慢なコンビニ店員こと雪音は、雪女だった。
そして紗月の友人のひとりでもある。
よくよく考えると、自分って人間の友人の方が少ないんじゃないだろうか……。
ちょっと虚しくなったので、紗月は考えないことにした。
「それよりさー、紗月ちゃん」
「なんですか?」
「彼氏できた?」
唐突な話題の振り方に思わず盛大に吹き出してしまった。
なにを言うのかこの人は。
「いきなり何の話ですか!」
「もー、ウブなんだから。で、できた?」
「できませんよ。悪いですか?」
紗月はじろりと雪音を睨んだ。以前にもこんな話題を振られたことがある気がする。中学生ぐらいの時だったか。
この恋愛オタクさんという人は、色恋沙汰が大好きらしく定期的にこういった話題を振ってくる。
「悪いか……ですって? 悪い! んな若いのに恋愛しないだなんてもったいない! いい? 人間ってのはね、一生はとっても短いの。特に学生生活ってのはとっても貴重なのよ。3年間なんてあっという間。青春よ、セイシュン! 命短し恋せよ乙女ともいうでしょ? 10代20代の時間はあっという間なんだから。30代になると中々恋愛するのは難しいの。いやでも人生経験豊富な年齢でもやっぱり恋愛はしてもいいのよ? なにせ愛に歳なんて関係ない。恋は心も体も活性化せてくれる。健康にしてくれるの。生涯一生恋愛よ。いくつになっても。ね!」
長い。
ものすごい早口で熱弁する雪音。
紗月は、言ってる意味の半分も理解できなかったが、とりあえず熱意は伝わった。
しかし、そうは言っても自分はまだそういったものに興味はないのだ。
どちらかというと友人と遊びたいという欲求の方が高い。
まだ自分が若いからなのだろうか?
「まあ、善処します……」
必然とそんな答えしか返せなかった。
「ま、無理には恋愛はしなくてもいいけどね」
(……結局どっち?)
とりあえず心の中だけでツッコミを入れる。
このあたりは、他の妖怪と対応は変わらない。
つまるところ、つっこんだら負けなのである。紗月はいままでの経験から、そう学習していた。とはいえ、この程度なら紗月にとってはまだ平気な部類である。
もっと自由な――自由過ぎる人知ってるし。
そんな自由過ぎる妖怪たちが、紗月は好きなのだった。
その後、紗月は雪音とたわい無い話をすることにした。つまりいつも通りの世間話。
楽しい会話というのはあっという間に過ぎるものだ。気がつけばだいぶ時間が経っていた。
「じゃあ、私はそろそろ帰りますよ」
談笑もほどほどに、雨も強くなってきたので帰る事にする。
連日の大雨で警報すら出ている地域もあるほどだ。
酷くなる前に帰らなければ。
「あー、もうちょっとお話しない?」
出口に向かって歩こうとした紗月を、雪音は呼び止めた。
なんだか焦っているような声のかけ方だったけど。
「どうかしたんですか?」
「いや、ほら。今雨酷いし」
そうやって雪音は外を指差す。
確かに雨は強くなってきているが、それでもまだ大丈夫なほどだ。
傘も持ってきているし、今ならまだ危険無く帰れる。
特に暗くなってからではもっと危ないだろう。
ただ、紗月は雨のことよりも様子がおかしい雪音の方が気になった。
「どうしたんですか? なんだか様子がおかしいですよ」
紗月の質問に、少し困ったように頭を掻く雪音。
逡巡するように暫く視線を泳がせていたが、ため息を一つ吐くと、口を開いた。
その時だった。
突然、雪音があらぬ方向を睨みつけた。
まるで、その視線の先にとてつもない邪悪なものが現れたかのように。
そして、ズシンッという地響きと共に、景色が歪む。
棚から商品が消え失せ、壁や天井はひび割れ、蛍光灯は砕け散る。
全てが書き変わり、侵蝕されていく。
コンビニだった辺りは、瞬く間に廃墟と化してしまっていた。
この感覚を、紗月は前にも経験していた。
それはまぎれもなく"異界化"だった。




