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五里霧蟲

「ひぃぃ! お、俺は……知らねえ。もう何にも知らねえから!」


 町外れにある廃ビル内で、天井に吊るされた男は悲鳴にも似た声を上げていた。

 その男は真っ白で強固な糸に吊るされており、なんとか抜け出そうともがいているのかゆらゆらと揺れている。

 そんな男を静かに睨みつける少女が一人。

 黒色に近い深緑色の髪を後ろでシニヨン(お団子頭とも言う)にして1つにまとめており、一対の緑色の綺麗な瞳が、哀れに揺れる男を見据えている。


「ほう……黙っていても身のためにはならんぞ、人間」

「お……俺はただ、頼まれて運んだだけなんだ。中身は知らねぇって! ホントだって!」

「ならば、その荷物は何処へやったのじゃ?」

「さっきも言っただろう?! 指定された車に積んだだけだ! その車はもう走って行っちまったんだよ! これ以上はわかんねぇ」


 男は必死に訴えるが、少女の表情は変わらない。

 返事の代わりに少女は静かにパチンッと指を鳴らす。

 その瞬間、男を縛っていた糸がさらにきつく縛りあげる。

 男は肺から空気が漏れるような声を出し、そのまま意識を失ってしまった。


「むぅ……収穫なし、か」


 少女――紫朔(むらさき)は眉をひそめる。

 気絶した男を天井から下ろし、他の人間と同じように部屋の隅に無造作に転がす。

 ――これで4人目。

 紫朔は、今の時代には珍しい簡素な和服の袖から煙管(キセル)と刻み煙草を取り出し、火皿に詰める。そして指先に小さな火をともらせ煙草に火をつけた。

 窓枠のみになった窓から外を眺め、ゆっくりと煙草を()った。


「随分と用心深いのぅ」


 大きなため息が、煙草の煙とともに自然と口から流れ出る。

 雨のせいか、さらに気分が憂鬱になる。

 今回の犯人は、どうやら民間の運び屋を何人も経由して運ばせているようだった。

 そのせいで足取りが酷く難解でつかみにくい。

 連絡も公衆電話を利用しており、更には自動車の荷物置き場に積ませて、相手の顔すら見せないときた。

 さとり妖怪を使っても足取りを辿るのは難しそうである。

 全て人間の運び屋を使っているのは、恐らく事情を知らなくても多額の代金さえ支払えば運んでくれると思ったのだろう。


(とりあえず、報告でもしておくかのぅ)


 煙管をくわえたまま、紫朔は袖から携帯電話を取り出す。


「うむぅ……どのぼたんじゃったか……?」


 紫朔は、この携帯電話が苦手だった。すまーとほんというのだったか?

 人間の文明というものは、どうしていつも難解に作るのか不思議でならなかった。

 利便性を求めた結果だというのはわかる。事実、使いこなすことができれば便利なのだろう。

 手紙も書けるし、お金の代わりにもなる。新聞のように情報も見ることができ、遊びに興じることもできれば、遠くの者との会話も容易だ。

 しかし、それゆえに仕掛けを理解していなければ、どんな効果があるかもわからない。

 どこを押せば電話ができるのか。

 何をすれば手紙が書けるのか。

 便利に作れば作るほど、どんどん不便になっていく。皮肉なものだ。


「む? これか? いや、違う。なんじゃ画面が……?」


 暫くの間、この小さなの難解道具(すまーとほん)をなんとか操作して電話をかけることに成功した。


「やっと繋がったか。ノウェムか?」

『あれ? 紫朔?』

「む? その声は玄々か」


 ……どうやらノウェムにかけるつもりが玄々にかかってしまったようだ。

 この電話というのもまた、紫朔は苦手だった。

 遠くの者と即座に会話できるのはいいが、耳元で声が聞こえるというのはどうにもくすぐったい。


『またかけ間違えたのか。インカム使えばすぐに連絡取れるだろうに。それと履歴じゃなくて電話帳から名前探してかけるだけって言ってるだろう?』

「知らぬ。人間が難解に作るから悪いのじゃ」

『……この間()、使いやすいようにいろいろとホーム画面を編集してやらなかったか?』

「……」

『……』


 話し相手が目の前には居なくとも、気不味い空気が流れた。


「……4人目も外れじゃった。」

『おおう、話題がアクロバティック』


 紫朔は、強引に話題を変えることにした。


「捕まえた運び屋は全員人間じゃ。恐らく犯人はそれが一番楽だと思ったのじゃろう」

『その話は義経から聴いてる。って言っても4人目がいたのは初耳だな』

「4人目の話じゃと、真っ黒い自動車の荷物置き場に載せたようじゃ」

『荷物置き……ああ、トランクか。せめてナンバーが分かればな』


 電話の向こうの玄々は小さく呻いた。

 どうやら自分は手がかりになりそうな情報をひとつ取りこぼしたようだ。

 我ながら情けない。

 紫朔は内心で自身を叱責(しっせき)した。


「むぅ、すまんのじゃ。もう一度縛り上げるか?」

『おおぃ、やめろー。どうせ思いっきり吊るした後だろう? 人間はそこまで頑丈じゃねぇって』

「む……」

『第一、恐らく今回縛り上げた4人は一般人だ。人間にゃ日雇いバイト感覚でやばい荷物を運ばせる仕事があるらしいしな』

「人も(あやかし)も変わらぬ……か」

『それより、今後の作戦を練るか。一旦隠れ家に戻って――』


 不意に玄々の言葉が途切れた。

 電話が切れたわけでも、壊れたわけでもない。

 別の何かに意識を引っ張られたからだ。

 それは紫朔も同じだった。


 それは一瞬だった。

 だが、たった一瞬でも放たれたその禍々しい妖気は、妖怪ならば誰しもが感じ取っただろう。

 雨空を黒く塗りつぶすような、空気そのものを圧迫するような気配。

 何かが膨れ上がり、(うごめ)く感覚。

 それは、まさに時間切れを意味していた。


 まるで示し合わせたかのように、玄々と紫朔は同時に電話を切る。

 すぐさま紫朔は窓枠から飛び出すと、少し遠めの建物の壁に伸縮性のある糸をくっつけ、そのまま反動を利用して引っ張られるように移動を開始した。

 自身の周囲に結界を張って雨を(しの)ぎ、建物の壁から壁へと、糸を使って素早く飛ぶ。

 きっと他の仲間たちもこれから向かうところに向かっていることだろう。

 (わず)かに額に流れる冷や汗を拭いながら、紫朔は行先を見据える。


 雨は、勢いを増すばかりだった。

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