メイドと鬼と犬と烏、それから人間
「では、本日の任務を説明致します」
街の中心から少し離れた、剥がれかかったテナント募集中の張り紙がガラス窓に貼ってある、少し寂れた3階建ての小さなビルの4階。
いつものたまり場で、青髪の機械風メイド――ノウェムが淡々と説明を開始する。御庭番の任務の説明だ。
憂鬱な雨が降る中、白銀玄々は憂鬱な気分で話を聞いていた。
荒事は得意だが、こういった捜査だとか頭を使うのは苦手だった。
まあ、自分が頑張らなくても仲間が頑張ってくれるだろう。
そんな風に他力本願に思いながら、話を適当に聞く。
「ですが。その前に」
集まった数人の中の一人をノウェムはじっと睨んだ。
「なぜここに土御門さんがいるのでしょうか?」
「ほんと、なぜなんでしょう……?」
「いーじゃん、邪魔にならないだろう」
ノウェムが呆れたように――実際呆れながら玄々に聞き、睨まれたこの中で唯一の人間――土御門紗月は、同じように疑問を口に出し、玄々は相変わらずあっけらかんと答えた。
作戦会議にわざわざ紗月を呼んだのは玄々だった。
理由の一つは、普段の御庭番の任務を説明するのに、言葉よりも実際に見せたほうが早いと思ったからだ。
ただ、こっちの理由はおまけ程度の理由だ。本命の理由は別にあった。
「みんなが集まる時って、大体任務説明くらいだろぅ? 紗月をみんなに紹介したかったけど、逐一紹介するの面倒だったんだ」
「貴女という方は、またそうやって勝手に……」
ため息とともにこめかみを抑えるノウェム。しかし玄々はスルーを決める。
みんなへの紗月の紹介、こちらが本命の理由なのだ。
一人一人紹介するのが面倒という、これまた自由奔放な理由だった。
しかし、そんな勝手気ままで自由なのが、この白銀玄々という鬼なのだった。
「話には聞いているよ。こんにちは紗月お嬢さん。僕は葉隠天翼。よろしくね」
初めに話しかけたのは少し長い茶髪をオールバックにした細身で長身の青年だった。ネックレスやらピアスといった貴金属を身につけてる割に、ボロボロのジーンズを履いている。
なんていったっけ? ダメージジーンズって言っていた気がする。おしゃれのことはよくわからん。
彼の特徴はなんといっても背中に生えた黒い烏の翼だ。
まあ、それ以上に性格的に特徴はあるが。
「こんなに可愛い女性なら、僕は一向に構わないよ。なんなら今度一緒に……いや、今からでもお茶しないかい? 隣町に最近出来た美味しいケーキ屋さんがあってね。僕なら君をひとっ飛びで連れてって――」
「いい加減にしろ軟派烏。少女が困っているぞ」
金と青のオッドアイで睨みつけ、若干暴走気味に話しかける天翼を止めたのは、驚くことにいつも無口な義経だった。
黒髪に白のメッシュが入った短髪に筋肉質の青年で、上は無地のTシャツにカーゴパンツを履いており、そして首から上がシベリアンハスキー|(※犬種のこと。つまり犬頭)だった。
妖怪である自分は見慣れたものだが、初めて見る者は違和感……というかシュールさを感じるだろう。
一応街を歩く際は人に化けるが、それ以外は基本このままである。
本人曰く、ポリシーらしい。
「いつもはだんまりのわんちゃんにしては珍しいね。君も気に入ったのかい?」
「そうではない、貴様の言動が目に余っただけのことだ。礼節も忘れたのか鳥頭」
「よく吠える犬だねぇ。首輪はちゃんとつけておかないとね」
「貴様こそ、女漁りをやめるといい。女性はゴミ袋ではないのだぞ?」
相変わらずの仲の悪さである。
互いに嫌悪に燃える眼でにらみ合い、バチバチと火花を散らす。
紗月は状況が飲み込めていないようで、ぽかんと口を開けている。
そんな仲間たちの様子に玄々は苦笑し、ノウェムはさらに頭を抱えた。
まあ、いつものことなので玄々もとくに止めることもしない。
「コホン。酒呑様からの大・切・な・任務の説明を致します」
咳払い一つ。ノウェムは全員をひと睨みすると、改めて説明を無理やり開始した。
その言葉と共に、渋々犬と烏は口を噤む。
嫌悪はしても憎悪ではないのだ。喧嘩するほどなんとやら。
「今回の任務は、日本国内に持ち込まれた呪物の回収です。アジア大陸に潜む数多のカルト集団を転々としてきた代物が、先日、神奈川県横浜市の貿易港にて運び込まれました。人間の警察に依頼し回収を試みたそうですが失敗。現在行方が分かっていません」
ノウェムは手のひらをかざし、空中にホログラムのディスプレイを次々と展開していく。
彼女が得意とする妖術の一種だ。何度見てもSFチックでかっこいい。玄々は素直にそう思った。
見慣れていない紗月に至っては、さっきから目を丸くしっぱなしだった。
たぶん、あとで質問攻めにされるんだろうなぁ。
「観測された呪物の痕跡を辿り、恐らく呪物を持っているであろう運び屋の行動パターンをシミュレートした結果、逃亡した場所でもっとも確率が高いのがこの神凪町という結果でした」
「んで、私らのチームに白羽の矢が立ったってわけかぃ」
「はい。居所が不明瞭であり、回収物がかなり危険な呪物であるため、機動力と臨機対応力が高い我がチームが回収に選ばれました。すでに一部の神凪町を中心とした警察各署には連絡済み、紫朔さんも先行偵察を行っています」
ノウェムは淡々と状況を報告する。その内容に玄々は少し眉をひそめた。
全体的にのんびりな性格の妖怪たちではあるが、それが先行偵察まで行わないといけないほどとなると、かなり事態が逼迫しているということだ。
「その呪物は、どのくらい危険な代物なんだい?」
天翼がノウェムに訪ねる。
「アジア大陸の御庭番支部からの情報によれば、街一つは壊滅させることができる、とのことです」
「そんな危険な代物なら、他にもっと詳しい情報はないのかい? 明らかに情報不足じゃないか」
「はい。もともとは捕縛した怪異が持っていたもので、捕縛する前に、ほかの怪異に渡したそうです。尋問はしたらしいのですが、結局詳しい情報は得られず、そのまま周囲を巻き込んで自爆したそうです」
ノウェムと天翼の会話に、部屋にいた全員はわずかに顔をしかめる。情報を守るためとはいえ自決するとは、あまり気分のいい話ではない。
とくに、玄々にとっては一番嫌いな言葉だった。
玄々は小さく舌打ちをもらしてしまった。
「まずは情報を集めるべきだな。俺は出るぞ」
「僕も出るよ。お茶会はまた今度ね、紗月ちゃん」
「あ、はい……また今度……」
義経が初めに部屋を出ていき、天翼が紗月に別れを言いつつあとに続く。
玄々の予想より、任務の危険性はかなり高いようだった。
今回ばかりはさすがに見学はさせられないな。
玄々は小さくため息をつく。
「んじゃ、私も行くよ。ノウェム、紗月を頼む」
「はい。お気をつけて白銀さん」
「えーっと……私は?」
ノウェムと玄々の会話に、紗月は当然の疑問を口にする。
その疑問に玄々は答える。
「今回はちょっと危険だから、悪いけど見学には連れていけない。また今度な」
「そんなに危険なの?」
「んー、まあ大丈夫だろ。すぐ終わると思うぜ」
玄々はなるべく不安にさせないようにお気楽に言ったのだが、紗月の心配そうな顔を見る限りどうやらさらに不安にさせてしまったようだ。
玄々はソファから立ち上がり、ノウェムと紗月に見送られながら部屋を出て行く。
ノウェムはいつもどおり、部屋からバックアップしてくれる。
ついでに紗月が帰る前にノウェムがいろいろと説明しといてくれたら、さらにありがたい。
淡い期待を抱きながら、街の空を見上げる。
今回はかなり難しい任務になりそうだ。
そんな予感を抱きながら玄々は、調査に乗り出したのだった。
雨はまだ、降り始めたばかりだった。




