付喪の思い
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「ゲームというのは知識として知ってはいましたが、なるほど、存外楽しいものですね」
休憩所の自販機から飲み物を買い、設置された長椅子に紗月とノウェムは腰掛けていた。
ノウェムはゲームをプレイするのは初めてだったようだが、だいぶ気に入ってくれたようだった。
「楽しんでくれて嬉しいのだけど、あんなに目立って大丈夫なんです?」
「そんなに……目立ってましたか?」
「……目立ってました」
そう紗月が静かに告げると、ノウェムは俯いて黙りこくってしまった。
ちょっと顔を赤らめている。可愛い。
初めて会ったときは冷静沈着で寡黙、仕事に忠実な真面目人間(?)だと思っていたのだが、心の中は意外と素朴な人なのかも知れない。
「その、私はてっきりゲームセンターというのはあんなふうに人集りができるものだと」
「いや、普通はできないと思いますよ」
「ここが特別という可能性は」
「うーん、どうかなぁ。たぶん特別ってことはないと思います。田舎街だし」
「……もしや、あのゲームには人だかりを誘発するようなまじないがかかっていということは」
「それはないと思いますよ」
「ふむ。不思議ですね」
真面目な顔で聞いてくるノウェム。紗月は思わずツッコミを入れてしまった。不思議、とは。
超真面目な人なのは間違いなさそうだった。どっか抜けてる気もするけど。
とりあえず、別の話題を振ろう。うん。
「えーっと……。そういえば、ノウェムさんって音ゲーが得意だったんですか?」
「いいえ、先ほども言ったようにゲームをするのは初めてです。ただ、ゲーム自体は知識として所持していますし、私の中にもあります」
「ノウェムさんの、中?」
「はい。私は、パーソナルコンピューターの付喪神です」
突然の告白に唖然とする紗月。
「パソコンの付喪神……? そんな機械系のでもなれるんです?」
「もちろんです。付喪神とは、大事にされた道具に魂が定着し自我を持ちます。大昔ならば長い年月が必要でしたが、物が付喪神となるには思いの強さ――つまり信仰心に比例するため、現代ではさほど付喪神化に時間はかかりません」
「へぇ……てっきりこう、何百年とか経たないと付喪神にならないものだと思ってました」
これには紗月も驚いた。
紗月の知識の中では、何百年も大事にされてきた刀とか工芸品とかそういったものが付喪神になるものだと思っていたのだ。
しかし、とも紗月は思う。
大昔ならば長い年月が必要とは言っていた。そして現代では違うとも言った。
大昔より信仰心とかが薄れた現代にも関わらず、付喪神化しやすいとはどういうことなのだろう。
頭の中に湧いた疑問を口にするより早く、ノウェムはその疑問に答えてくれた。
「その疑問はごもっともです。大昔と比べて人々信仰などは薄れてしまっていますが、付喪神だけは現代の方が信仰心が強いのです」
「信仰心が強い……」
「その最たる理由が『オタク』と呼ばれる人種、特に日本の独特な文化……『擬人化』文化です」
なんだろう……既視感を覚えた。
どこかで聞いたことあるような言葉だった。
彼女の方は弱体化だったけど。
紗月の、先程まで眩しいほどに輝いていた瞳が、だんだんと落ち着いていった。
「どんなものにも魂は宿る、という言葉は昔からあるものですが、ここ最近は特に信仰心がつよくなっています。軍艦の擬人化や刀剣の擬人化などの擬人化ブームが拍車を掛けているのでしょう」
「な、なるほど」
なんというか、これまた複雑な心境である。
妖怪信仰などが薄れた現代で、皮肉にも擬人化ブームにより付喪神が増加する。
紗月としては喜んでいいやら、呆れたらいいのやら。
しかし、ノウェムは小さく微笑んで言葉を続ける。
「私個人としてはこの現象はとても素晴らしいものだと思っています。この擬人化ブームによりいままで見向きもされなかった工芸品――主に刀や陶器などが注目を浴び大事にされるようになってきています。我々も道具の端くれ。人に大事にされ、使われることこそ本望です」
「本望……」
「はい、本望なのです」
その微笑みは、ノウェムの心からの言葉だった。
道具として生まれ、本来自我が芽生えることのない一個の物が、妖怪になることで自我が芽生え一人の者となる。
それは幸か不幸か。
しかし、それは妖怪になった本人が決めることだろう。
少なくとも、世の中に溢れかえった物の数を考えると、こうやって自分が物自身から言葉を聞けるのはとても数奇でありとても幸運なのだろうと思う。
紗月は少し嬉しくもあり、同時に恥ずかしくもあった。
「そうやって面と向かって言われると、なんというかちょっと申し訳なくなっちゃいますね」
「なぜですか?」
「だって、なんというか大事にするとかあんまり考えた事無くて。すぐ壊しては修理せずに買い換えたりとかして」
バツが悪そうに話す紗月に、ノウェムは言葉を遮るように優しく首を振った。
「それでいいんですよ」
「え?」
「それで、いいんです。買い換えてもらって構わないのです。少なくとも私はそう考えています。もし、使っていて壊れるのであるならば、それは我々の寿命なのです。寿命の尽きたものを無理に修理して延命することはありません。その最期の時まで使ってもらった。そのことが嬉しいのですから」
「……」
「無論、修理してさらに長く使ってもらえるならばそれはとても喜ばしいことです。でも無理することはありません。人が寿命を終えて新たな命を紡ぐのと同じく、物もまた寿命を経て新たなる道具が生まれるのですから」
人が子を生すように、道具もまた、使われて初めて利便性や欠点が発見され、改良されて作られる。
そうして人も道具も、知識や経験を紡いで発展を遂げていくのだ。
人間の視点ではわからない、道具たちの独特の視点だった。
ノウェムの微笑みを見ていると、紗月は一瞬、彼女が妖怪、元道具だということを忘れていた。
人間から産み落とされた道具もまた、人間の一部なのかもしれない。
話を経て、そんな風に紗月は感じていた。
難しいことはよくわからない。それでも私が感じたことは無駄ではないと思う。
紗月はまた、少しだけ妖怪の、付喪神のことが好きになった。
そんな風に思っていると、ふと誰かに呼ばれた気がした。
声がした方をみると、玄々が手を振っていた。
喜色満面の笑みだ。
簡単に言うと、めっちゃ清々しい顔をしている。
たぶん、クリアまで行ったのだろう。
「さて、それじゃ白銀さんも呼んでいますし。行きましょうか」
ノウェムは長椅子から立ち上がり、そう言って促してくる。
うん、と短く返事をして紗月も長椅子から立ち上がる。
こうして妖怪と関わってから、いろいろと物の見方が変わったような気がする。
今度から、もう少しだけ道具を大事に使おうと思う。
そんな風に考えながらノウェムと一緒に、紗月も玄々のところまで歩いていく。
因みに、その後ノウェムと玄々がそのゲームセンターでちょっとした有名人になるのだが、それはまた別のお話。




