嬉々怪々
「つまり、"異界"っていうのは妖怪が発生させる固有結界。または自分の世界。もう一つの隣の世界。いわば裏世界というやつね。妖怪にとっては狩場ってわけ」
「……えーっと?」
目の前のテーブルに、ドーナツが8つほど、紅茶と一緒に置かれている。
「異界を生成するメリットっていうのは、他の人間や妖怪に気づかれにくい点ね。邪魔されることなく獲物を待ち構えて捕らえることができるし、慣れれば狙ったやつを引きづり込むことができるわ。ほら、人間が作るホラーゲームの化け物たちも特殊な空間つくってるでしょ? ようはアレね」
「はぁ……」
そのうちのひとつを、向かいの金髪碧眼の少女が手に取り、あっという間にその胃袋に収めてしまった。
「まあ、便利である反面、不便もあるわ。異界を作ったままにしておくと近くの人間や妖怪を勝手に引きづり込んでしまう。だから使用は制限、ないし禁止されてたりするわね。私たち、怪異には関係のない話だけどね」
「ほぅ……」
間髪いれずに、少女はドーナツに手を伸ばす。
「んで、異界っていうのは術者によって世界をある程度自由に象ることができるの。前に私があなたの住んでた町並みを再現したようにね。とは言っても再現度や異界自体の大きさ、広さは術者の技量によるものが大きいし、精神世界のようなものでもあるから全部は自由にできない。その術者の精神状態が反映され、異界そのものの弱点が必ず作られてしまう。その弱点が異界を生成するうえで要になるし、攻略するための弱点ってわけ」
「……」
そのドーナツは、瞬く間に消え去ってしまった。
「その弱点を攻撃されたら異界が解除されかねないし、最悪の場合、術者に反動が来てしまう。だから術者をあぶりだすか、異界から抜け出すなら弱点を真っ先に見つけて攻撃すること。まぁ、貴女みたいな脆弱な人間には難しいかもしれないけれどね」
「……さいですか」
どうしてこうなった。
どーしてこーなった!?
大事なことなので二回思った。
紗月は内心、困惑中だった。
だからなのか、カリィの言葉に気の抜けた返事しかできていない。というか情報の量が多すぎて理解が追い付かず、生返事しか返せない。教えるのが苦手なタイプかもしれない。
先程まで、なんとなくこの目の前の人形――カリィ・カチュアとの出会いを思い出し、今は彼女からいろいろと妖怪について教わっているのだ。
紗月とカリィは現在、駅前のカフェにいた。
あの後カリィにばったりと出会った紗月は、ドーナツを食べに行くことを無理やり聞き出されて、そのままカリィはついてきてしまった。
どうやら、カリィはドーナツを知ってはいても食べたことがなかったらしく、興味を惹かれたカリィに紗月は無理やり奢らされたのだった。
そのドーナツ代のかわりに妖怪についての知識などを教えてもらってる、というわけなのだ。
しかも、ものすごく丁寧だった。
玄々に教わるより丁寧で細かかった。細かすぎだった。なんでだ。
「異界は術者によってどこまでも広げることが出来るし、使い方によって様々な効果があるのよ。例えば、部屋の内部の空間を広げたり、"迷い家"を作り出すといった感じ。自分の周りに薄く張るだけで、人間の目を欺き隠れることだってできるわ。」
「欺く?」
「簡単に言うなら透明になれるってことよ。妖怪相手だと通じないことが多いけどね」
「やっぱり妖怪相手にはそういうのって効かないものなの?」
「そうね。いくら人に化けても妖怪同士なら騙すことはできないし。異界の応用による隠形は、雑魚相手なら通じるかもしれないってだけね。正直、そういったものは人間相手に使うものよ。妖怪が神出鬼没って人間に言われる理由のひとつだし」
そう言いながら、本日6個目のドーナツに手を付けるカリィ。
幸せそうにドーナツを頬張る姿を見るだけなら、年相応の可愛い女の子だった。
カリィは大の甘いもの好きらしく、ケーキ以外にこんな美味しいものがあったなんて、とかなり気に入った様子で食べている。
そのせいもあってか、教えてはいけなさそうなところまで律儀に話している。
意外と世話好きなのかもしれないな。
そんなことを思いながら、お気に入りのカフェモカを一口のみ、紗月は少し気になっていたことを聞いた。
「そういえば、この前砕かれちゃったように見えたけど……生きてたのね」
「私はそう簡単に消滅しないわ。私の本体はその特性が異質に変異してしまってるから」
「異質?」
「そう。私は呪い自体が本体なのよ。つまりメリーさん人形という呪い自体がね。だからこうしてほかの人形に乗り移ることが簡単にできるってわけ。ほかの凡庸な妖怪には真似できないわね。私を消滅させたいなら、全ての人形をこの世から無くすか、全ての人間たちの認識から完全にメリーさん人形を消し去ることね」
ものすごい自慢げに、カリィは小さな胸を張る。
気分がいいのか、この|(大人しければ)可愛らしい人形は自分の秘密までペラペラと喋っていた。
いや、裏を返せば絶対に倒されないという自信の現れか。
ただまあ、私の質問にも律儀に反応して返してくれるところを見ると案外ちょろいのかもしれない。
「一人でも覚えてたらダメなのね」
「そう簡単に私を消すことはできないわね。まあ、私の悲願を成すまでは消えられないわよ」
少し寂しそうにそう語るカリィが少し気になって、紗月は踏み込んで質問した。
「あなたの悲願って……?」
「聞きたい?」
先程まで意気揚々と話していた女の子の綺麗な碧眼は、たった一瞬で傷心の色に染まってしまっていた。
ここまで彼女の心を沈みこませるほどの深い哀しみがそこにあり、それを打ち払うならばどんな手を使っても構わない、そんな意志が瞳の奥にあった。
それほどまでに彼女を奮い立たせる願いとはなんなのだろうか。
紗月はますます気になっていた。
静かに、次の言葉を待つ。
「それはね――」
カリィが言葉を続ける。
「私を『萌えキャラ』とかいう馬鹿みたいな認識を広め、私の呪いを歪めて弱体化させた人間ども……! とくに日本人たちに私の恐怖をもう一度思い出させることよっ!」
「――」
カリィが叫んだ。
紗月は呆然とした。いろんな意味で。
もはやそれは魂の叫びと言っても過言ではなかった。
斜め上の方向に哀愁漂う慟哭だった。
「あなた、『メリーさん かわいい』で検索かけてどのくらいヒットすると思う? 36万件以上よ? 頭おかしいんじゃないの?! 私をそんな目で見てなんの得があるの?」
「あ、あの……落ち着いて」
「はあ……ほんと日本人訳わかんない……。おまけに『メリーさんペロペロ』とかよくわかんないこと言って、完全に私のことなめきってるし」
それはどっちの意味でだろう。
そう思ったが、紗月は奇跡的にもその言葉を飲み込むことに無事に成功した。
なんというか、思ったよりかなり不憫な理由だった。
もはやかける言葉もない。
頭を抱えてどんよりと俯くカリィに対してどんな慰めの言葉を送ったらいいのだろうか。紗月自身もSNS等でイラストなどを見たことがあるから、よくわかる。実際可愛かったし。
思考を巡らし、とりあえず話題を変える意味も含めて、紗月は質問をした。
「と、ところで! 妖怪って、認識でそんな簡単に弱体化するものなの?」
「それは妖怪の種類によるわね。私たちみたいな都市伝説系の妖怪は、とくに人間の認識の影響を受けやすいわ。共通する認識を持つ人間が増えれば、比例してその傾向に徐々に傾いていくのよ。逆に古くから伝わる鬼とかそういった妖怪なんかは、認識が固着しすぎてて変わりにくいみたいね」
妖怪が人間の認識の影響を受ける。
これらは解釈は違えどいろんな物語でよくある話だ。
妖怪は人間の創作から生まれたのだから、人間の認識によってある程度能力や性格、個性なんかを左右されてしまう。
しかし、紗月にとっては妖怪が創作から生まれたものだとはあまり思うことができなかった。
もし創作から生まれたのであるならば、今まで出会ってきた妖怪たちは一体何だったのだろうか。
目の前のドーナツを頬張る女の子も。
私の大切な友人の鬼も。
やはり創作物とは思えない。
立派に生きているのだ。
「まあ、歪められたおかげで色々知ることができたこともあるけどね」
少し暗い雰囲気に飲まれそうだった紗月の意識を戻したのは、カリィのそんな言葉だった。
良くない考えを払うかのように、紗月はもう少し詳しく聞く。
「それってどうゆうこと?」
「正直、昔の私はただただ人間を殺めるだけの人形だった。そこに感情はなかったのよ。ただ私がそうあるべきと、組み込まれたプログラムのように繰り返す」
その声は、淡々としていた。
嘲笑うでもなく、吐き捨てるでもなく。
いつもの傲慢さと高貴さを含ませた声でもない。
先ほどの見た目通りの女の子らしい声でもない。
冷たく、ただただ冷たく淡々とカリィは話す。
「その行為に何の意味があるのか、何のためにそうするのか考えず……いえ、そんな考えすら浮かばないまま、ずっと作業のように毎日を生きていたわ」
どこか遠い昔を見るような眼差しで、そしてカリィは言葉を続けた。
「でも、ある日、ふと感情が芽生えたのよ。それは唐突だったわ、本当に。なぜなのかは今でもわからない」
どこか懐かしむようにカリィは言葉を続ける。
「そして、その時生まれて初めて人間の食べ物を口にしたの。不思議な感覚だったわ。嬉しかったのか、悲しかったのか……その時の感情は、今でも思い出せないけれど。でもその日から私の関節は球体から人間のような節のないものになったの。そして私は感情無き呪い人形から私という一個の存在になったのよ」
そういうカリィの表情は、もういつもの自身に満ちた調子に戻っていた。
紗月は、カリィの話を聞くうちにあるひとつの感情を感じていた。
カリィは、人間を恨んではいない。
確かに、人間を嫌ってはいるのだろう。
ただそれは、いわばカリィ自身の矜持を取り戻したいだけなのだ。
なんとなくだが、紗月はカリィという一人の女の子を少し理解できた気がした。
「さて、もういい時間ね。なんだか喋りすぎちゃったわ」
8個目のドーナツを食べ終えたカリィは、とても満足したようだった。
紗月は支払いを済ませて、予想よりも軽くなった財布をポケットにしまう。
とりあえず、ポイントが貯まるからよしとすることにした。
なし崩しに奢る形になってしまったが、襲われるよりはましだ。
「今日はごちそうさま。あなたのこと気に入ったわ」
「お気に召したようでなによりです……」
どうやら私はカリィのお気に入りになったようだ。
これがいいことなのか悪いことなのか。
考えても仕方ないので、紗月はあえて考えないことにする。
ここ最近、人間よりも妖怪との付き合いのほうが多くなった紗月の悲しい処世術だった。
「それではごきげんよう。またいつか逢いましょう」
「お手柔らかにお願いします」
優雅に手を振り、去っていくカリィの背中を見送りながら、紗月は小さく疲労を感じていた。
(きっとまた会うんだろうなぁ……)
できればあまり会いたくはないのだけれども。
妖怪というのはどこまでも自分勝手なのだった。
都市伝説の存在が妖怪と定義していいのか少し迷うけれども。
しかし、それでも紗月は不思議と妖怪という存在を嫌いにはなれなかった。
案外、自分も物好きなのかもしれないな。
そんな考えが頭をよぎり、自分の事ながら紗月は苦笑した。
もうすっかり日は暮れてしまっていた。
さあ、さっさと帰ろう。紗月は家路に着く。
空には綺麗な満月が浮かんでいた。




