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ルトの愛(sideシスイ)

 もうどれくらい、アイリスに会えてないだろうか。


 アイリスが女王になることになって、僕はそれを応援したけれど、こんなに会えなくなるなんて思っていなかった。


 ……以前は、数日や数年なんてあっという間に過ぎていたのに、アイリスに不思議な気持ちを抱くようになってから、アイリスに会えない時間はとても長く感じる。


 ……僕は、寂しいというのはこういう気持ちのことなんだって、アイリスに出会って初めて知ったんだ。


《アイリス、会いたいな》


 ぽつりと呟くと、空間が歪んで誰かが来たのを感じた。


 もしかして、と思って気配がした方を振り返ると、そこにいたのは……ルトだった。


「あ、ルト。久しぶりだね、いらっしゃい」

「……ごめんね、アイリスじゃなくて」


 ルトは苦笑いした。

 少しがっかりしたのがばれてしまったみたいだ。


「今日は、どうしたの? 魔術で教えてほしいことでもあった?」


 ルトがここに来るのはアイリスがいる時か魔術を習いたい時だけだもんね。


「ううん、今日は……シスイに、アイリスの元へ行って欲しくて」


 僕は、ルトが言っていることがわからなくて首を傾げた。


「僕はここから出られないんだ。知ってるでしょう?」

「うん。そして、実体があれば、外に出られることも教えてくれたよね」

「……」


 ルトはここに来て魔術についてよく質問してきた。

 その中で、よくわからないことを聞いてきた時が何回かあった。


 実体とは何か、なぜ外に出られないのか、そして、その抜け道。


「シスイには実体がない。魔力と精神でできている体は、ここから出ると形を保てない。人間の体を無から作るには国中のものを集めたような莫大な魔力が必要で、精霊たちもしばらく活動できなくなり、土地が痩せて、天変地異が起こるかもしれない……んだよね?」


 僕はこくりと頷いた。

 何回かに分けて聞かれたことだけど、うまく整理されている。


「そして、俺は聞いたよね。無から作るのが無理なら、実体のある人間に精神を移すことはできるのかって。シスイは、できるって言ったよね」

「うん。でも、その人の精神や姿形は僕の魔力に飲み込まれて、完全に消えることになるんだよ? 僕の魔力は強すぎるから、一度だけ体を借りるってわけにはいかないんだ」


 それも言ったはずだけど、と思ってルトを見ると、彼は安心したように微笑んでいた。


「わかってるよ。シスイ、俺の体をあげるから、アイリスのところへ行ってあげて」


 僕は目を見開いた。


 ……それは、ルトはもういなくなるつもりだってこと?


「ルト、アイリスは君のことを大切に思っているよ。君がいなくなったら、アイリスがまたものすごく泣いてしまうよ」

「……もう泣かれたよ。ちゃんとお別れを言ってきたから。でももう、限界なんだ。俺はシスイみたいに、綺麗な気持ちだけでアイリスを好きでいられない。手に入らないなら、そばにいるのが辛いんだ。このままだと、いつかもっとアイリスを傷つけてしまう」


 僕はルトが言っていることが理解できなくて混乱してきた。ルトが、アイリスを傷つけるって、どうして?


 ルトは人間ではない僕でもわかるくらいアイリスのことが大好きだった。アイリスもルトが大好きだった。

 きっと二人は番になって、一緒に生きていくんだろうな、と思っていたのだ。


「ルト……?」

「もちろんアイリスを傷つけたくなんかない。でも俺、いつか衝動的に動いてしまうんじゃないかって、自分が恐ろしいんだ。もう、そばにはいられない。俺、アイリスにちゃんと告白したよ、シスイ。でもやっぱり、アイリスはシスイのことが好きなんだ。俺のことは弟としか思ってない。それでも、アイリスに幸せになってほしい。俺がアイリスにできるのは、シスイに体を譲ることだけなんだ」


 ルトが言っていることが、やっぱり僕にはよくわからない。

 アイリスが僕のことを特別に好きだということはわかっていた。


 アイリスが僕といる時幸せそうに笑う顔を見て、僕も幸せな気分になれたから。


 でも、ルトのことも好きだったはずだ。


 僕は精霊王でルトは人間なんだから、ルトがアイリスと共に生きるのが自然の形だ。


「ルト、僕だってアイリスのことを好きだけど、ルトの存在を消してまで人間になろうとは思わないよ。そんなことをしたらアイリスに嫌われちゃうよ」


 そう言うと、ルトは苦笑した。


「もちろん、このことは絶対アイリスには言わないで。もう会わないって言ってきたから、怪しまれることもないと思う。俺がアイリスのそばからいなくなるって聞いたから、ちょっと無理して人間になったんだ、とか言っといてね」


 ルトは全く揺らがない。もう決めてしまっているみたいだ。


 けれど、僕は納得できない。ルトを消すくらいなら、禁忌を犯して、思い入れのない別の人間を消す方がまだマシだ。


「ルト、君が犠牲になる必要はないよ。もしアイリスが僕がいないと幸せになれないって言うのなら、申し訳ないけど、誰か他の人を探して……」


 アイリスだって、ルトにもそばにいてほしいはずだ。

 でもルトは、考えるのも嫌だというように顔を歪めた。


「冗談じゃないよ。中身がシスイとはいえ、どこの誰とも知れない奴の体がアイリスに触れるなんて。シスイが俺の体を使ってくれたら、俺は体だけでもずっとアイリスのそばにいられる。だから、そうしてほしいんだ。それに、言ったでしょう、どのみち俺はもう、弟としてアイリスのそばにはいられない。いたくないんだ」


 ルトは辛そうに目を閉じた。


 ルトの想いが伝わってくる。

 愛するアイリスのためなら命もいらないと、本気で思っている。


 ……僕だってアイリスのことが好きだけど、彼のような激しい愛ではない。

 ただ、一緒にいて楽しくて、出来れば触れてみたいなって。


 僕は精霊王だから。この土地を守る役割を持った、ただのエネルギーの塊が、意思を持っただけの存在だから。


 人と人が番うのは当然だし、それが寂しいと思っても、どうにかして自分がアイリスと番おうだなんて考えなかった。


 でもルトは、アイリスのところへ行けって自分を差し出すくらい、アイリスのことが好きなんだね。


 ……なんだかちょっと負けたような気分だよ。


「……ルトは、本当にそれでいいの?」

「もちろん。俺は来世では、好きな子に俺のことをちゃんと好きになってもらえるように頑張るから」


 来世?


 僕がきょとんとルトを見ると、ルトは得意げな顔をした。


「そうだよ。輪廻転生はあるんだって、シスイは言っていたじゃないか。俺、あの話、すごくいいなって思ったんだよね。俺は来世で……今度こそ好きな人に好きになってもらうんだ。それがアイリスの生まれ変わりだったら最高なんだけど」


 ふふ、と笑うルトに、僕は胸が痛くなった。

 また、『悲しい』と思ってしまったのだ。


 だってそれは、ルトの魂ではあるけれど、もうルトではない。アイリスの生まれ変わりもアイリスではない。


 今のルトはやっぱりもう消えてしまうのだ。


「でも、ルト。僕は、ルトを消すなんて嫌だよ。やっぱり、誰か他の……」


 言いかけて、僕は動きを止めた。

 ルトが、自分の首に刃物をあてがっている。


「ルト!?」

「言ったよね。他の奴にアイリスを触れさせたくなんかない。それに、俺にはもう生きたいと思う理由がないんだ。この命は、アイリスに出会わなければ、とっくになくなっていたものだ。今まで生きてきたのは、アイリスと一緒にいたかったから。でももう、それも無理なんだ。シスイが俺の体を使ってくれなくても、俺は消える。お願いだ、シスイ。俺の体を使って、アイリスに会いに行って。アイリスと一緒にいてあげて」


 そう言ってぐっと手に力を込めた。


「やめろ! わかったから!」


 触れられないのに、僕は焦って手を伸ばした。

 初めてこんな風に荒っぽく声を出した気がする。

 人間と付き合っていると、驚かされることばかりだ。


「よかった。……ありがとう」


 ルトは安心したように笑って手を下ろした。


「ルト……何か、アイリスに伝えることはある?」

「もう伝えてきたから大丈夫。むしろ、俺の体を使って人間になったこと、絶対に誰にも言わないで。アイリスにも、もし生まれ変わった俺や彼女に会ったとしてもね」

「……わかった。絶対に誰にも言わないよ」


 僕はルトに手を伸ばした。


「さよなら、シスイ。ありがとう。俺、シスイのことも、結構好きだったよ。……アイリスをよろしくね」


 笑顔でそう言ったのを最後に、僕はルトの体に入り込んだ。

 ルトの意識は、その体から完全に消え去った。


 体が作り替えられていく。

 茶色だった髪は銀色になって伸びていき、紫の目も銀色になった。


 顔も体も、僕のものに変化した。


 ふと地面を見ると、袋が置いてあった。

 開けてみると、新しい服と、数枚のコインが入っていた。


「……これを着て、この『お金』でアイリスに会いに行けってことかな」


 僕は魔法が使えるからこんなものは必要ないけれど、一応用意してくれたらしい。

 ルトは本当に用意周到だ。


 手をぐっと握ったり開いたりしてみる。

 人間になったのは初めてだけど、問題はないようだ。


 ……ルト、ごめんって、謝るのは違うかな。

 ありがとうも、違う気がする。


 僕、君の分までアイリスを大切にするって約束するよ。


 だからどうか、来世では、君が好きな子と結ばれますように。



次回、最終話です。

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