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さよなら

 ルトが見せた男性の顔に、どくんと心臓が胸を打つ。

 ルトが、ずっと私を好きだった?


「わ、私、五歳も年上だよ? ずっと、家族だって」

「年なんて関係ないよ。俺は出会った頃からアイリスを女性として好きだった。家族だって言っていたのは、アイリスがそれを望んでいたからだ」


 呆然とルトの言葉を受け止める。

 出会った頃って、そんな、ずっと前から?

 私がシスイのことを話すのを、ずっと聞いてくれていたの? どんな気持ちで……。


「る、ルト、ごめ……」


 私は思わずうつむいた。

 もしシスイが私の前で他の好きな女の人の話なんかしていたら、私だったら泣いてしまうかもしれない。

 私はルトにずっとそんなことをしてきていたんだ。


「謝らないで。それでもアイリスのそばにいることを望んだのは俺なんだから。アイリス、両親も亡くして、ボロボロになって死にかけていた俺に生きる希望を与えてくれた、世界で一番大切な、俺の唯一。……大好きだよ。俺と、結婚してくれませんか」

「……っ」


 私は涙がボロボロとこぼれて止まらなくなった。


 ルトは、こんなに私のことを想ってくれていた。私はそんなことと知らず、どれほどルトを傷つけてきたんだろう。


「ルト、ごめ、ごめんなさ……っ」


 私はふるふると首を振った。

 それでも私は、ルトを弟としか思えない。

 今も、シスイに会いたくて堪らないのだ。


「……うん。わかってたよ、アイリスの答えは」


 ルトが、握っていた私の手を離した。


「でもね、アイリス。俺は、どうしてもアイリスが好きなんだ。もう弟としては、そばにいられない」


 私はうつむいていた頭をバッと上げてルトを見た。


「る……ルト?」

「ごめんね、もう、弟としてそばにいるのは辛いんだ。だから、離れさせて」


 離れる?

 ルトが?

 もう会えないの?


「や……っ」


 嫌だ、と言いかけてバッと手で口を塞いだ。

 これは私のわがままだ。ずっと弟としてそばにいてほしいなんて、ルトにとっては辛いことなんだ。


 どうしよう。ルトが離れて行っちゃうの? 私はそれでいいの?


「……アイリス、じゃあ」

「ルト、待って、ここを出て行くの? どこに行くの? もう会えないの?」


 立ち上がりかけたルトの服を掴んで必死で引き留めた。

 ルトは困ったような顔で笑う。


「うん、もう会わない。どこに行くのかも教えないよ。ごめんねアイリス、ずっと弟でいてあげられなくて」


 私は自分の顔が青ざめていくのを感じた。

 ルトにもう会えないなんて嫌。


「わ、わかった、ルトと結婚する。だから、行かないで、ルト……っ」


 ぽろぽろと涙をこぼしながら訴えると、ルトは驚いたように目を見開いて、苦笑した。


「……アイリス、そんな辛そうな顔をして、自分に嘘をつかないで。本当は、俺と結婚なんてしたくないんでしょう?」


 ルトがいつものように優しく私を抱きしめて、宥めるように背中を叩いてくれた。


「だ、だって、ルトがいなくなっちゃうなんて、嫌だよ。シスイにも全然会えないのに、ルトまでいなくなったら、私、どうしたらいいの?」


 ぐすぐす泣きながらルトに訴える。

 男の人として好きなわけじゃないけれど、ルトは私のたった一人の家族だ。

 この広いお城で、唯一安らげる存在。

 ルトがいてくれたから、私は女王として胸を張ることができていたのだ。


「……大丈夫。アイリスならきっと、俺がいなくてもちゃんとやっていけるよ」

「だめ、できない。ルトがいないと、完全に信じられる人がいなくなっちゃうもん。ルトと結婚するから、だから行かないで」

「……アイリス」


 少し体を離して、困ったような、嬉しいような、複雑な表情でルトが私を見た。


「俺が今までアイリスのそばにいられたのはね、異性としてではなくても、アイリスが特別に、俺を好きでいてくれてるのがわかってたからなんだ。ありがとう、アイリス。それだけでも、俺は嬉しかったよ」


 ねえ、どうして、そんなお別れみたいなことを言うの?


「なんで、結婚するって言ってるじゃない。それじゃダメなの? 最初にごめんって言ったから、もうダメなの?」

「そうじゃないよ。でも……アイリス、俺と、キスとかそれ以上のこと、できる?」


 私は目を見開いて固まった。


 結婚するとなると、当然そういうことをするということだ。


 ルトは、できないでしょう、という顔でこちらを見ている。


「で……できるよ。ルトなら、平気だもん」

「……」


 あの隣国の王弟殿下とは絶対に無理だけど、ルトならきっと平気だ。

 ルトは仕方なさそうにため息を吐いて、私の(おとがい)に手を添えた。


「……本当に?」


 ルトの目に欲のようなものが見えた気がして、何だか怖くなってきた。

 手が震えてきたけれど、私はこくりと頷いた。


 ルトの顔がだんだんと近づいてきて、私はギュッと目を瞑った。


 ふわりと、頬に柔らかいものが触れた。

 目を開けると、苦笑いしたルトの顔がすぐ近くにある。


「そんな顔されると、いくらなんでもできないよ。嫌がってるアイリスに、無理強いなんてしたくない」


 そう言って、ルトはまたギュッと私を抱きしめた。


「で、でも、平気だよ。ルトが離れるくらいなら、私……」

「俺が嫌なんだ。そんな風に一緒にいてもらっても、嬉しくない。俺のことを好きでもないのにアイリスに無理矢理結婚なんてさせたら、俺、自分のことが許せないよ」


 私を抱きしめるルトの腕がかすかに震えているように感じる。


 でも、それなら、どうしたらいいの。


 ルトのことを好きになれたらいいのに、私の頭を占めるのは、シスイのことばかりだ。

 ルトに抱きしめられているのに、シスイに会いたいと思ってしまう私はなんて最低な奴なんだろう。


「……アイリス、俺はもう会えないけど、アイリスを忘れるわけじゃないよ。いつもアイリスを想っているし、見守ってるから、アイリスもそれを忘れないで。……それから、これはおまけで教えてあげる。俺がいなくなっても、またすぐアイリスの前に大好きな人が現れるよ。だから、安心して」


 そう言ってにこりと笑ったルトが、私から手を離した。


「や、やだ、ルト」

「……ごめんね、アイリス」

「やだ!!」


 私はがしっとルトにしがみついた。

 これっきり会えないなんて、そんなの嫌!

 絶対に離さない、と力いっぱいルトにしがみついていると、ルトは辛そうな声を出した。


「……俺も、離れたくないよ」


 その声にびくりと体を強ばらせると、ルトは私の体が潰れるんじゃないかというくらい、ぎゅううっと力いっぱいきつく抱きしめてきた。


 いつもの優しい抱きしめ方とは全然違う。

 息ができず苦しくて、ルトの背中をなんとか叩くと、ルトは少しだけ力を緩めた。


「さよなら、アイリス。愛してる」


 耳元で囁くようにそう言って、ルトは私の前からいなくなった。

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