王族の最期
残酷な描写があります。
ご注意ください。
「うわあ!」
「なぜだ!? どうして魔術が発動しないんだ!」
「やっぱり使者様の言っていたことは本当だったんだ! この力は戦争には利用できないって、言っていたじゃないか!」
「なんだと!? 俺はそんなの聞いてねぇぞ!」
「くそ、そうと知っていてなぜ国王はこんなことを……」
「うわあああああーっ!」
開戦の合図と共に双方が攻撃を開始したが、アルバトリスタ側は大混乱に陥っていた。
魔術師を中心として軍隊を組んでいたのに、肝心の魔術が全く発動しなかったからである。
対して相手国は、魔術という力を手に入れた愚王が治める隣国に常に警戒を怠らずいつでも戦える用意をしていた。
それゆえ、いきなりの開戦にも動じずに攻撃を開始できたのである。
その結果、アルバトリスタ側が大敗を喫することになるのは至極当然のことであった。
「なんだと! 我が軍が壊滅!?」
「……壊滅、との報はまだ届いておりませんが、絶望的かと。使者様のおっしゃっていた通り、魔術は戦争時において全く発動せず多大な攻撃を受けているとの第一報が届きました。陛下のご命令通り、魔術師には防具や武器も大して持たせていませんでしたので今頃はおそらく……」
国王の怒鳴り声を全く意に関せず、感情のない声で宰相は報告した。
いつもならその態度にも、使者『様』と呼ぶことにも激怒する国王だが、今はさすがにそんな余裕はなかった。
「そ、そんなバカなことがあるか……今まで苦労して育ててきた魔術師団の精鋭たちが、壊滅? 余は、余はどうすればいいのだ……」
青ざめてぶつぶつと一人言のように呟く国王を宰相は冷めた目で見つめた。
何が育ててきた、だ。
一体貴様が何をやったというのだ、ただ偉そうにそこでふんぞり返っていただけ、むしろ使者様を殺せ殺せとうるさくしてこちらの邪魔ばかりしてきたどうしようもない愚王。
戦争を始める前から、いや、即位する前から、この男はどうしようもない恥れ者だった。
国王としてふさわしくないことは明白だったが、国の法としてはこの愚か者を王と認める他なかった。
だが……もういい加減、終わりにしなければならない。
この男は国を導くことができる器では到底ない。
むしろ食いつくすことしかできない馬鹿王だ。
王妃や王子も同じ。
いずれも魔力に目覚めることもなく、贅沢だけを当たり前に享受し人に寄生するしか能がない。
彼は以前から計画していたことを実行すべき時だと悟ったのだった。
──その深夜。
寝静まっているはずの国王の寝室に、黒装束に身を包んだ三人の賊が押し入った。
「……ほう、起きていたのか。いつもならぐっすり眠っている癖に、さすがに狙われる心当たりがあると見える」
「な、なっ、なっ、何者だ! 余を、余を誰だと……おい! 誰かおらぬのか! 見張りはどうした!? 今日はしっかり見張っておくようにと、あれほど……」
ベッドの上で護身用の剣を抱き抱え、狼狽えながら無様に震える国王が言った言葉に賊の一人がクッと笑いを漏らす。
「残念だがな、……そりゃ俺だ」
口元を覆っていた布を剥がして顔を見せた賊は、王の寝室を守るはずの騎士だった。
「な……」
王はさすがに愕然としてそれ以上言葉を発することはできなかった。
「おい」
「いいじゃねえか、どうせもう殺すんだろ。……俺にやらせてくれよ」
男がスラリと剣を抜く。
薄暗い部屋の中、月明かりを受けてキラリと輝くその剣はとても切れ味が良さそうだった。
国王は護身用の剣をいっそう強く抱きしめた。
その剣は国宝であり、芸術的にも実用的にも素晴らしいものであったが、使う者に全く心得がなくてはなまくらとなんら変わらない。
「おい。お前のせいで一体何人の国民が死んだと思う? 数えてみようと思ったことはあるか? 名前を知ろうと思ったことはあるか? 悼もうと思ったことはあるか? ないんだろうな、お前なんかには」
騎士の男は国王を憎しみの籠った目で見下ろしながら、言葉を続ける。
「俺の両親も、妹も、親友も、お前が起こした戦争で死んでいったよ。恋人は、お前に目をつけられたせいで自殺した。興味はないだろうがな、俺はいつかお前を殺したくて騎士になったんだ。まさかクーデターの実行犯としてお前を手にかけられるとは、望外の僥倖だ」
「や、やめろ! こんなことをして、どうなるかわかっているのか!? 余を、こ、殺すなど、お前らは国賊だぞ!」
今度は別の賊がクスッと笑いを漏らした。
「もちろん、この件は歴史的にも闇に葬られることになります。今のあなた方に味方する国民などいませんよ。一晩で王族が全員死んだとて、追及する者などいないでしょう。民心の動きなど、気にも留めていなかったでしょうがね」
「……お前は王にふさわしくない。消えろ」
騎士の男が剣を振り上げると、国王は目を見開いて震え上がった。
「ややややめろーっ! やめ……」
ザシュッという音と共に、大量の血が噴き出した。
「がっ…………」
ドサッと血溜まりに倒れた国王は、それからピクリとも動くことはなかった。
賊の一人が国王の脈を確認する。
「……間違いなく死んでいます。次に行きましょう」
「ああ、まだ終わってない」
「……わかったよ」
「きゃああああーっ! 誰か、誰かーっ!」
王妃は国王の部屋と扉続きになっている自室で眠っていたが、隣室から聞こえた物音で目を覚ましていた。
しかし外へ出る扉は開かないようにしていたので部屋から出ることもできず、震えながらクローゼットに隠れているところを発見された。
「やめなさい、やめなさい! わたくしを誰だと思っているのです!?」
クローゼットの中で真っ青な顔で震えながら虚勢を張る王妃の姿は、とても惨めなものだった。
「何も考えず無茶な要求を繰り返し贅沢の限りを尽くすことしか興味ない、頭カラッポの王妃、かな?」
「……的を得ている」
「悪いですが、無駄話をする気はありません。さよならです」
「ひっ……」
短刀を振り上げる賊の姿に恐れをなして、ヒュッと喉を鳴らした王妃は録な抵抗をすることもできなかった。
「ぎゃああああーっ!」
耳障りな断末魔を上げ、ガクリと首を垂れた王妃は二度とその顔を上げることができないことは明白だった。
「……さて、向こうも終わったでしょうか」
血に濡れた短刀を捨て、賊たちは王子のいる離宮の方角へ視線を向けた。
「このクズ王妃と馬鹿王子が他の妃や兄弟を全て暗殺していったおかげで、王族は今やバカ王子あと一人というわけだな。楽でいい」
くくく、と騎士の男は笑った。
「……終わったのか」
王子の部屋から薄着で出てきた女の体は、返り血でべっとりと汚れていた。
「もちろん。簡単だったわよ。いつもの通り夜部屋に呼ばれたから行っただけ。刃物を持ってね」
女性は自分の体を見て苦笑した。
「見てよこれ。あいつの血がベッタリ。……まあ、もともと汚れた体だから今さらね」
「……」
男は無言で女を抱きしめた。
「ちょっ、汚れるわよ」
「お前は汚れてなどいない。汚れていたのは、あの腐った男だけだ」
「…………」
男が珍しく見せた優しさに、女はクスッと笑みをこぼした。
「……ありがと」
これで、終わったのだ。
腐った王族に縛られる日々が。
これから大変な毎日になることは分かっていたが、今よりはきっと未来は明るいものになるに違いない。
この日クーデターは成り、アルバトリスタの王族の血は絶えたのである。




