開戦、再び
その後、魔術という力を得たアルバトリスタは劇的な回復を遂げていった。
人間たちが魔力を流し植物を育てたおかげで食糧事情は大きく改善され、民が飢えることはなくなった。
魔術は『魔石』という鉱物を作ることもでき、それは宝石のように美しくまた様々な効果を持つので経済の流れを大きく動かす素材にもなった。
そんな素晴らしい力を人々に与えた『精霊王の使者』であるアイリスの人気は、凄まじいものになっていった。
『今の生活があるのはあの方のおかげだ』
『素晴らしい方だよな』
『長い戦争を終わらせてくれたんだ』
『魔術の力も他の人間とは比べ物にならないらしい』
『あの方が王になればいいのに……』
そんな声が国中のあちこちから聞こえるようになり、国王は自室でイライラとテーブルを叩いた。
「全くふざけた話だ! 国王はこの余であるというのに、あのような生意気なだけの平民の娘が感謝され、あまつさえ『王になればいい』だと!?」
「落ち着いてくださいませ陛下。この国の王は世襲制。次期国王は我が息子と決まっています。馬鹿な国民の戯れ言でございましょう?」
王妃は魔術師の臣下数人がかりで一週間かけて作らせた魔石の指輪をうっとりと眺めながら、国民の言葉など全く興味がなさそうにそう言った。
「そうだよ。次の国王はボクがなるって決まってるのに、みんなバカなのかなぁ?」
成人して久しいにも関わらず全く国務に関心を持たない王子も、女性と遊ぶことにしか興味がない。
「そんなことは当然だ! だが、国王である余を崇めずあのような小娘をありがたがるなど、不愉快極まりないと言っているのだ! すぐに魔術で痛い目に合わせろと言ったのに、まだ魔力のコントロールが不十分だのと言って未だに野放しであるのが腹立たしいのよ!」
国王は再びドンとテーブルを叩いた。
「では十分に準備ができてから処分すればいい話ではありませんか。この美しい魔石を得る技術をもたらしてくれたことは感謝してあげてもいいけれど、もう用済みですもの。陛下のお好きになさればいいわ」
「うん、気の強い子は好みじゃないからボクもいらな~い」
「ふん! 当然だ」
今に見ていろ、と呟きながら、国王はたるんだ頬を醜い笑みの形に歪めた。
──一年後。
人々にとって魔術はなくてはならない物になっていた。
少ない労力で水が得られる。
火が起こせる。
食べ物などを冷やせる。
動物を狩れる。
魔力に目覚めた者は高い地位を約束され、生活の心配をする必要はなくなり、色々な場所で重宝されるようになった。
魔力の扱いはまだまだ拙いながらも、魔術は国民の生活へすっかり浸透していたのだ。
「──再び戦争を?」
国王の言葉に耳を疑った宰相は、不覚にも同じ言葉を聞き返してしまった。
普段ならそんなことをすれば間違いなく嫌みが怒涛のように飛んで来るはずだが、今日の国王は機嫌がいいのか、そのことには触れなかった。
「そうだ。魔力のある者を集めた『魔術師団』もできたことだし、魔術の力があれば隣国のあの鉱山を手に入れることも容易いだろう。魔術であの娘には敵わないと言うのなら、せめてあの土地を手に入れろ」
いいことを思いついたと言わんばかりに国王はご機嫌にそう言った。
いくら言っても魔術師たちはあの娘の処分に動こうとしない。
自分たちに魔力を与えてくれた恩を感じているのか、本当にまだ束になっても敵わないからなのか、それの両方なのか。
一年が過ぎ、国王もだんだんと頭が冷えてきた。
あの娘に罰を与えてやれないのは癪だが、それにこだわって魔術によって得られるはずの他の利益を追わないのはもったいないと思うようになったのだ。
「しかし、使者さ……使者は、この力は戦争には利用できないと言っていました。精霊たちは戦争が嫌いだからと」
「ハッ! そんなもの、戦争をさせないためのハッタリに決まっておろうが! あやつは魔術の力を与えるのと引き換えにするほど戦争を嫌がっておったのだからな。実際魔術での戦闘訓練はできているのだから、敵に攻撃はできるということだろう!」
「しかし、使者は……」
「使者使者と、いい加減にしろ! この余がやれと言っているのだ! この国の国王は誰だと思っているのだ!? お前らがあの娘には敵わないと言うから、別の提案をしとるんだろうが!」
宰相は唇を噛みしめ、「かしこまりました」と言ってその場を退出するしかなかった。
──一方、アイリスは。
一時の平和な生活を楽しんでいた。
毎日のように愛しいシスイの元へ通い、家に帰れば弟同然に愛するルトがいる。
食べ物には困らない、いつ襲われるか、奪われるか、死ぬかと恐れずに済む生活。
精霊王の使者と名乗ってしまったので少し周囲からの扱いが仰々しいものになってしまったこと以外は、平穏な日々を送っていた。
そんな生活が、約一年続いた頃。
今日もまた、アイリスはシスイのいる泉に訪れていた。
《ははは、アイリスは本当に面白いな。どうしてそんなことを考えるの?》
「何よー、そんなに笑うことないじゃない」
膨れながら文句を言うアイリスだが、その瞳は恋をする乙女そのものだった。
そして、彼女の勘違いでなければ、シスイの瞳にも自分と似た想いが宿っていることを、アイリスは感じていた。
シスイは人間ではないので二人が結ばれることはないとわかっていても、アイリスは幸せだった。
「──アイリス! シスイ! 大変だよ!」
「ルト!?」
「ルト、いらっしゃい」
ルトも自由にこの泉に来られるようになっていたけれど、アイリスがいる時に来るのは珍しい。
大概は、シスイに魔術を習いに一人で訪れるだけだったのだ。
「……っ、また、戦争が始まるって……」
「え!?」
先ほど、宣戦布告がなされた。
すでに魔術師団が相手国へ攻撃を開始しているらしい。
「そんな、まさかまた戦争を始めるなんて……私がちゃんと、二度としないようにって言わなかったから」
おろおろと取り乱すアイリスを、ルトは優しく抱きしめた。
「落ち着いて、アイリス。ごめん、俺も思わず焦ってこんなところまで来ちゃって。よく考えたら、アイリスの力があればもしまた戦争になってもきっと大丈夫だよね」
「ルト……」
アイリスは自分を宥めるように抱きしめてくれるルトに、彼女も少し安心したように体を預けた。
《…………》
ルトはシスイを見た。そうだよね、と確認したくて。
けれど、その言葉が口から出ることはなかった。
シスイの様子に衝撃を受けたからだ。
シスイははっきりと羨望の眼差しで自分のことを見ていた。
しかし自分に対する嫉妬や妬みはなく、ただ羨ましい、とその目は語っていた。
アイリスを抱きしめることができる、ただそのことに対して。
シスイが少なからずアイリスに好意を持っていることには気づいていた。
この精霊王という存在は、なんて美しいのだろうか。
見た目だけでなく、心まで。
きっと人間が、自分が持つような醜い嫉妬心なんてものは持ち合わせていないんだろう、とルトは苦笑した。
「……でも、確かに困ったことになったかもしれないね」
「え?」
シスイは思案げに首を傾げた。
「言ったでしょう? 小精霊たちは戦争に手を貸さない。攻撃に向かったのが魔術師団なら、まずいことになっているかもしれないよ」




