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五神唄  作者: 成倉爻哀
第一章
7/29

五神の源(5)

中央神が本国に揃ってから一週間。

ひんやりとした空気に包まれて空気がうっすらと靄に似た蒸気の様に舞い上がる。

朝早くに、門締の洞窟の中で、土紬が座禅を組んでいた。

土紬

「…土紬様?」

ふいに聞こえた声に、土紬はゆっくり目を開ける。

久しぶりの日課に誰かの声が入ることはなかった。

「礼薫殿」

「お体は大丈夫なのですか?」

「ええ。今朝から体が軽い。門締と岩締が修復されたからでしょうかね」

見る影を失っていた2つの封印は、元の姿を取り戻していた。

土紬が地面に手を少しつけて、すぅっと右に動かすと、その軌道を追うように綺麗な草花達が姿を表した。

これが土紬の母の力だ。

真新しいしめ縄がかけられた2つの封印を見て、土紬は小さく笑いを漏らした。

「中央神、そして守護総神様方のおかげですよ。ありがとう」

「いえ、これが我々の仕事です。貴方をお守りする事、そして、陽国を守る事」

礼薫が頭を下げると、土紬はゆっくり腰をあげた。

「陰国の動きが大分活発化している様ですね。何か動きをきいた事は?」

「…智功が陰国については色々調べてはいますが、特別な事は何も」

「情報なら1つあるぜ」

間に割って入ってきたのは智功の声だ。その横には義胡の姿も見える。

礼薫が少し不思議そうに二人を見る。

「どういう事だ、智功、義胡」

「今期の五神の状況は不安定です。天照大神の十二国土訪問がズレたのもあるし、帰国は例年に比べれば早まる。

あくまでも我々の推測でしかないけれど、この先1年…更に絞って、天照大神が本国に戻り、火遁が成人の儀を向かえる半年前からの期間がもっとも危険な期間となるでしょう。陰国は火遁の成人の儀をさせまいと色々手を使ってくるかと思いますよ。本国だけではなく、十二国土にも」

「…付け加えれば、今回は中央を狙ったが、本来の陰国の狙いは東南だと考えてる」

土紬はそんな智功の言葉に首を捻る。

「何故、東南が?」

「北西に比べて、十二国土闘王の力が弱いからですよ。力が劣るとは言いませんが、杏珠や春宗といった女の王がいるという最大の弱みがある。本来女性の王は、戦闘を要して選ばれたのではなく、精神のサポートが重要視されると考えています。実際、北西に比べれば、東南の王の気性は穏やかですからね」

礼薫のそんな言葉に、土紬は眉を顰める。

確かに木櫟の収める東国は穏やかな国風だ。

特に北や西に比べれば、その戦闘意識の差は歴然である。

しかし、東国の闘王の力が他の国と比べて弱いわけではない。

「最大の不安は、木櫟と東だろうな」

「東が?」

義胡が小さく頷いて、土紬を見る。

「木櫟の能力は金樺の元で確かに良い成長を見せている。しかし、火遁の問題があってピリピリしていた南に比べて、東国は木櫟の性格もあって、この件を「穏やか」に捕らえていると思います。春宗様は別としても…」

「土紬様と同様な事があった場合、木櫟がどう行動するか、我々には想像がつきません。それに木櫟は今の時点では、神としての経験が浅い。今回の件、土紬様の疎通は完璧といえますが、木櫟の場合は、少し状況が…。

それに、木櫟は女子供を敵視するのが苦手な様ですし」

皆は言葉を慎重に選んでいる。

五神の中では歴代を見ても、木神がもっとも腕力も精神力も弱かった。

それに、気の優しい木櫟が女や子供の場合は陰国の者だからと言って威嚇的に扱う事を余りしない。

確かに、女子供を敵視するのは気が引けることだが、陰国の戦士には、陽国の様に女もいる。

そこにつけ込まれたとしたら、かなり分の悪い事になる。

特に礼薫はその現実を目に見て理解していた。

木櫟の父親も、前代の五神の中ではもっとも力が弱かったし、女子供にも弱った。

「…確かに木櫟が狙われた場合、不安がないともいえないよ。火遁が神になれば、その差は目に見えてわかることだろう。それに、陰国もそれなりに「知恵」をつけている」

「春宗に相談とも思いましたが、あいつはただでさえ、女という立場に不安をもっている。それを増徴させるのは、今の時期、相応ではないかと思いまして」

「…そうだね、いずれは、春宗殿にも言わねばならない事だけれど…」

弱くため息をついた土紬に、義胡が少し間を置いてから口を開く。

「もうすぐ土紬様の体調も完璧までに戻るでしょう。春宗様を残し我々が帰国した後、東国の闘王に収集をかけては?」

「しかし、それでは東国の体制が…」

「大丈夫です。その間、東は我々が守りましょう。いいですよね、礼薫様、智功」

「私は構わないよ。心枢と杏珠がいれば南は心配ない」

智功は少し眉を潜めたが、ゆっくり首を縦に振る。

「黒斗と夜壬も同様。元々俺はあいつらと行動する事もねえしな」

「…皆…」

「これから、本国も十二国土も、結束を強めていかねばなりません。他国を知るいい機会です」

「…そうだね」

土紬は少し安堵した表情を浮かべた。



□□□□



「どこに行ってたんだ、土紬」

家に入るなり、心配そうな表情を浮かべた風啼が出迎えた。

「風啼様。門締の所にいましたが、何か問題が?」

「いや…。姿が見えないから、心配になってな…」

そんな風啼の言葉に、礼薫が笑いを漏らした。

「風啼、お前少し心配性すぎやしないか?土紬様だってもう子供じゃないんだぞ」

「し、しかし…」

「早く子離れしてやらねば、弟子も、一人で外出も出来ぬ子になってしまう」

「…確かに」

思わず笑いを漏らした義胡に、風啼は少し顔を赤くする。

「まあ、子を心配する親の気持ちはわからんでもないがな」

「土紬、もう大丈夫なのか?」

後ろから顔を覗かせた水杵と金樺に、土紬は笑みを見せる。

「大丈夫だよ。大分技も出せるようになった。皆のおかげだよ」

「そういえば、木櫟はどうしたんだ?金樺、お前見てないか?」

「いや?土紬と一緒かと思ってたんだが…」

「今朝は僕の部屋にはいなかったよ。昨日は夜遅くまで春宗様と話していた様だったけど…」

「そういえば、今朝は春宗の顔を見てないな。愛朱、お前知らないか?」

テーブルの上にカップを置きに来た愛朱は首を横に振る。

「まだ起きてないんじゃないのかしら?」

「寝坊か?珍しい…」

「じゃあ、僕見てきますよ」

「ああ」


春宗の部屋の戸を叩いても返事は無かった。

「春宗様、いらっしゃいますか?」

土紬は少し間を置いてからゆっくり戸を開けた。

いくら従弟とはいえ、人妻の寝室に入るのは流石に躊躇する。

戸を開けると、寝具の上に座ったまま目を閉じている春宗の姿が目に入った。

目線を下げると、その太ももを枕にした木櫟の姿が見える。

土紬は苦笑いを漏らして、春宗の肩を叩いた。

「春宗殿、起きて下さい」

少し間を置いてから春宗が目を開いた。

「…ん。土紬様?」

「器用な方ですね。座ったままご就寝なされるとは」

そんな土紬の言葉に、春宗は笑いを漏らす。

「子供が出来ればわかりますよ」

春宗の体の動きに気がついたのか、木櫟が目元を擦る。

「…んー…」

「木櫟、おはよう」

「…土紬?」

寝ぼけ眼の木櫟が顔を上げる。

「いくら従弟関係とはいえ、二十歳を過ぎた男子が婦人の部屋で寝るのはどうかと思うよ…」

「別に構わないわよ。木櫟は小さい頃から良く知ってるもの」

「それはそうですが…」

土紬は、五神の中で一番最後に結婚するのは木櫟だと思った。

周りの環境に女性が少ないというのもあるが、春宗を昔から知っていても、”婦人”の春宗目のやり場に困る。

それがこの位の年齢の素直な反応というものだ。

木櫟は、あまり異性に対してそういった感情が少ないどころか、その感情すら無い様に思う。

元から子供っぽい考えという事は解ってはいるが、木櫟の精神年齢は、実年齢より大分低い。

「そうだ、春宗殿。先ほど他の中央神と決めた事なのですが、私の回復ももう少しで完全となります。中央神の帰国と共に、東国の闘王を収集しようと思い、春宗様にはもうしばらく本国にいて欲しいのですが」

「え?なんで東国の闘王を?」

木櫟が不思議そうに首をかしげた。

「この先の状況、狙われるのは南か東だ。少し作戦を練ろうかと思ってね」

「…そうね。しかし、その間の東の警護は?」

「中央神が代わりを」

春宗は小さく笑みを浮かべる。

「解ったわ」

「じゃあ、仁討じんとう達にも会えるんだ」

「そういう事だな。これから十二国土の顔ぶれとも顔を合わせる機会も多くなりそうだね」

広間に戻ると、朝食が机に並んでいる。

土紬の後に顔を見せた木櫟と春宗の姿に、水杵が眉を潜める。

「木櫟、お前、春宗様の部屋で寝てたのか?」

「はい」

「勇気のある奴だな…」

「そうですか?だって、卯ノ国に行ってた時はいつも一緒に寝てましたよ」

「それはお前が子供の頃の話だろう…」

金樺が苦笑いを漏らして横に座った木櫟の頭を軽く叩く。

「土紬。東国への通達、いつ出すんだ?」

風啼の質問に、土紬は口元に手を当てる。

「そうですね。もう2、3日すれば、僕も完全に戻りそうです。中央神がそちらについてから出立すると考えると、明日辺りには出した方がよいのではないでしょうか?どちらにしろ、義胡以外の足を考えると、僕が回復する日位には準備も出来ると思いますし」

「そうだな」

入り口から顔を覗かせた火遁が、水杵に向かって手を振る。

「師匠、火門の門締と岩締かけおわったぜ」

「ご苦労様。これで五神の守りは完璧だな。後は土紬の体が元に戻れば、本国は問題は無しと」

「これから先、また事件が起きそうだな」

義胡の言葉に、金樺が眉を潜める。

「何か予測が?」

「断言できる情報は無いよ。だが、この件が片付いたら、俺と智功で本格的に陰国を調べるつもりだ。今までの陰国と違う点は、何か頭のキレる奴が主導を握っている感じがする。多分、王ではなく、その下の軍関係を動かしてる部分でね」

「軍か…」

義胡は智功に目線を投げ、小さく頷く。

「多分、組織が出来上がってるんだと思うぜ。大まかに言えば、五神と十二国土闘王の様な組織がな。

憶測でしかないが、その組織がかなりの高精度で組まれたとすれば、陰国との問題は火遁の成人の議以降も継続する可能性がある。むしろ、五神が整形された後に激化するかもな」

「…つまり、陰国も「戦争」に向けた塊を作っていると?」

「まあ、あくまでも俺達の憶測だけどな。あっちもこっちの事情がわからなきゃ、こっちもおんなじだ。俺達が調べた所で、解るのは組織の構成だけで、何をしてくるかはわからない」

「お前らの力でもか」

智功が小さく頷くと、義胡が金樺へ目線を投げた。

「ただ、組織の全体像が解れば、奴らの考えは凡そわかると思うよ」

「え?」

「例えば、指揮官の数だったりね。その数が十二であったりすれば、奴らは十二国土の総潰しを考えてるとか、そういう事が解る。まあ、それは俺達の調べで解る事だと思う」

水杵が眉を顰め、火遁へ目線を投げる。

「…それならば、北と南にも事情を説明すべきかと思うが…」

礼薫が首を横に振る。

「それなら平気だよ。北は智功が陰国の策を探してるのを知ってる。それに南は私も、大分前から義胡に話を聞いていたからね」

「では、何故東を?」

春宗が軽く右手を上げた。

「東国は穏便な場所だからでしょう。状況を伝えるには、私や木櫟の口から言うより、五神全員に説明してもらった方が飲み込みがいいわ。それに緊迫感が違うだろうし」

「…春宗」

「いいのよ、礼薫。東は戦闘に関して意識が薄い国だもの。それを象徴するのが木櫟。東は、戦より守護を象徴する国だからね」

礼薫が少し表情を曇らせる。

その国も東が弱いというわけではないと解っている。

だが、戦の場においては、その多少の優しさや感情が命取りになる世界なのだ。

「私もこの先、陰国と陽国が戦闘になるとなると、木櫟の事は心配だね。木櫟は人懐こい上に、女子供を疑う事が少ない」

「…それが本国においては重要な位置なのだがな。それが木櫟の利点でもあり、弱点でもあるんだ」

金樺が苦笑いをして木櫟の頭をかるく叩いた。

「まあ、しばらくは陰国も作戦を練る期間だろう。各々違う考えを出し合っていて正解に繋がるわけでもない。智功と義胡の情報を待つとしよう」

水杵が軽く手を叩くと、その場の空気が和らいだ。



□□□□



水龍邸に戻った水杵は書庫の中で陰国に関する書物を探していた。

各神の所有する書物は少なくとも千を超える。

勉強家の土紬に至っては数万に及ぶだろう。

その中から、陰国について最も詳しく記された書物を探し出すのは大変な作業だ。

「師匠」

「…火遁?どうした」

入り口から脚立の上を見上げる火遁に、水杵は数冊の本を持って、脚立を降りる。

机の上に本を置いて、椅子を引き、軽くて招きする。

「陰国の資料?」

「ああ。過去の資料では今回の件に関しての情報にはならないかもしれないが、人物関係はわかるかと思ってな…」

「陰国の人物関係なら、俺、大体知ってるけど」

「え?」

火遁の言葉に水杵は動きを止めた。

「ここの所やる事もなかったし、親父の本を結構読んだんだ。そうだな…二千位」

「二千冊をこの時期にか?」

「うん。大抵は陽国の歴史の本だったけど、その中に陰国の…陽国でいえば総守護神みたいな人物の関係性を纏めた本があったんだ。王族直属配下くらい前なら覚えたよ」

二千という書物も1週間足らずで読んだ事にも驚いたが、陰国の王族直属配下の人物の数はざっと数えても数千世帯、数万人。

おそらく、それははったりでは無いだろう。

火遁はこの数日、手際を教えずとも、陽国の仕来りをこなしていたからだ。

それは注意していなければ気づかないような細やかな行為までに至っていた。

「火遁は記憶力が凄いんだな」

「そうかな?俺は木櫟の方が凄いと思うけど」

「え?木櫟?」

意外な名前に水杵は首を捻る。

「その本読んだ後、木櫟と陰国について少し話したんだ。そしたら、木櫟が問題を出し合おうって言い出してさ。最初は簡単だったんだけど、最後の方はもう全然解んなかった」

「…その問題とは?」

「たしか、陽国の八世紀神家の第四婦人の名前だったかな」

水杵は、その質問内容に一瞬眉を動かした。

「で、答えは?」

「えーと…そう…じゅ、奏儒そうじゅだ。子供が男4人と女2人の6人。四十四年間后を務め、流行病により死去」

水杵はその問題の内容に眉を潜めた。

陽国の歴史を記した本は数多く、歴代の神王はその配偶者や子孫の数は数え切れない。

水杵も人数は把握しているが、その名前までは所々しかわからない。

「そう、木櫟が言ったのか?」

「うん。陽国と陰国の主な王族な死亡時期と原因も暗記してたよ。結構教えてもらった」

水杵はそんな火遁の情報に、小さく笑みを浮かべる。

「成程。どうやら、木櫟の力を少し見縊っていた様だな」

「え?」

「さっき話していただろう?木櫟は守りの顔だけじゃない。五神一の「秀才」という事だよ」

火遁は少し驚いたような表情を浮かべた。

今まで一緒にいて、木櫟が秀才と思うことは無かった。

水杵や金樺、土紬や風啼と集まって話している時、木櫟はあまりその会話に意見する事が無かったからだ。

それは自身が凄いと思うことなく、ごく自然と木櫟が思っていたからだろう。

「木櫟は元から知識をひけらかしたりする性格じゃないからな。少し智功達と話をしてこよう」

「あ、ちょっと待って、師匠」

火遁が立ち上がろうとした水杵の袖を引く。

「なんだ?」

「俺が火神になる前に陰国がせめて来た場合、やっぱり俺じゃなくて親父が戦闘に出るのか?」

そんな火遁の言葉に、水杵は苦笑いを漏らした。

「そうだな…。炎遁さまも、来年には引退の歳。しかし、神の力としては炎遁様がいなければ私達はバラバラだからな…。

今の時点、陰国にはお前が火神になる事は割れているから、お前が戦闘に参加する事は問題は無いだろう。ただし、神の力と今のお前の力では数段の差があることを忘れてはいけないよ、時には暴走を起こす可能性もないわけじゃない」

「はい」

水杵は火遁の頭を軽く叩いて、立ち上がる。

「資料では理解できない事が、この先多くなりそうだ」

水杵が部屋を出て行くと、火遁は机の上に置かれたままの書物を開く。

今前の資料が今後無駄になるという事はないだろう。

水杵の所蔵する書物で、もう少し知識が増えそうだ。


広間と小部屋を繋ぐ通路で、智功と義胡が立ち話をしている。

「二人共、丁度よかった」

「水杵?どうした?」

「お前らに頼みがあるんだ」

「頼み?」

水杵の言葉に、二人は首を捻った。



□□□□



目の前に出された紙を、木櫟が不思議そうに見つめている。

「水杵様、なんですかこれ」

「試験だよ」

「試験ですか?」

木櫟は状況が読み込めず、紙を手にとって不思議そうに見つめる。

「深く考える事はないよ。解る所だけ書いてくれれば良い」

「…解りました」

木櫟は筆を手に取ると、黙々と答えを綴り始めた。

金樺がそんな木櫟から向かいの席に座る義胡と智功へ目線を移し、声を潜めた。

「なんだ、あれ」

「さぁな。ただ、水杵に陽国と陰国の歴史についての問題を百問程考えてくれといわれただけだよ」

「なんで木櫟にやらせるんだろうな…。殆ど博士試験に近い問題だぜ?」

机に戻ってきた水杵の袖を引き、金樺が眉を潜める。

「なんのつもりだ、水杵」

「確信が欲しいだけだよ」

「確信?」

「結果を見れば解る事だ。おそらく、半分…いや、八割以上正解すると思う」

義胡が口元に運びかけていた湯飲み持つ手を止める。

「八割!?お前、あの問題がどれだけ難しいのか解ってるのか!?」

「専門職につく為の人間が挑む問題だぞ、水杵」

「わかってるよ。俺は見せて貰った時殆どわからなかったからな」

三人が顔を見合わせると略同時に、筆を動かす音が止まる。

「水杵様、出来ました」

智功が口に含んでいた茶を思わず噴出す。

「汚ねぇ!!」

「何やってんだよ、智功」

咳き込む智功の背中をさすり、義胡が机の上を布巾で拭く。

「大丈夫ですか?」

「ああ。随分早かったな」

「何問か引っ掛けがありましたけど、そんなに難しい物じゃありませんでした」

思わず、義胡の手が止まる。

「…マジか?」

「お疲れ様。もういいよ」

「はい」

木櫟が広間を出て行くと、水杵は問題用紙を二人に差し出す。

「採点を頼む」

「あ、ああ…」

「…はったりだろ。これ八割以上出来てたら、下手な学者より頭いいぜ?」


数分後。

筆を持ったまま、固まっている智功と義胡の肩を金樺が叩く。

「大丈夫か、お前ら」

「…どういう事だ、水杵」

「しんじらんねぇ…」

眉を潜める智功に、金樺が首を捻る。

「どういう事だ」

「全問正解だ。回答は規定模範より正確。望めば、今すぐ官僚になれるよ」

「え?」

水杵が浮かべた笑みに、金樺が口端を引きつらせる。

「さっき火遁にきいたんだよ。全問正解という所から見ると、陰国と陽国の歴史、凡そ四世紀頃からの王族配下までも人物の記録を木櫟は全て暗記しているみたいだな」

「って…だ、だって、大まかに数えたって億の人数だぞ?」

「木櫟はあまり意見を言わない子だからね。五神、いや、陽国一の秀才といえるだろう、なあ、智功」

「…認めたくはねえけど、流石に俺でもこれをあの時間で全問正解する自信はねえな」

「俺もだ。木櫟の家は弁才家系なのか?」

金樺が首を横に振る。

「そんな話を聞いた事は無い。昔はよく俺の書庫で本を読んではいたが…」

「そういえば、俺の書庫もよく見に来ていたな。おそらく、土紬や炎遁様の所も同様だろう。木櫟は、火遁以上に飲み込みがいい。という事だろうな。文学に限定したという事でだが」

また笑いを漏らす水杵に、三人はあきれ気味にため息をつく。

「東国への相談が楽に済みそうだ」



□□□□



三日後、春宗を除く中央神が本国を出た。

「二日もすれば東国の闘王が着くだろう。話が済めば、また智功と義胡に顔を合わせる事になるけどな」

「何故?」

土紬と風啼の声が重なった。

「詳しい事は東国の皆がくればわかる事だよ。なぁ、木櫟」

「何か緊張しますね」

「どういう事だ、水杵」

炎遁の言葉に、水杵と金樺が顔を見合わせて笑いを漏らす。

「内緒です。皆を驚かせたいですからね」

「なんだよ、水杵」

「後のお楽しみ!」

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