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五神唄  作者: 成倉爻哀
第一章
6/29

五神の源(4)


各神の道場はそれぞれの要素が元になった作りになっている。

敷地の広さやその場所は様々だが、殆どが屋敷の中に作られている。

水杵の道場は、溜め池のような水場の中心に石膏で作られた土台の上に畳がいくつか敷いてあり、金樺の道場は、壁や床が全て金属で出来ていた。

木櫟の道場は、森林のようになっているし、もちろん、土輝邸の道場は、一面が土壌だ。

しかし、火遁の場合は、道場に火は無い。

火神は元子が出せる為、道場に要素をおく必要が無かった。

だから、火遁の場合はどの道場でも特別不便する事も無く、自分の技を磨く為の修行が出来たのだ。

「…誰かと思えば」

ふいに聞こえた声に、火遁が動きを止める。

道場の入り口にもたれていたのは智功だ。

「…智功」

「久しぶりだな、火の子坊主」

智功の言葉に、火遁は眉を潜めた。

火遁と智功が顔を合わせるのはこれで二度目になる。

初めの出会いは、水杵の成人の儀の時。智功が二十二、火遁がまだ十二の時だ。

この頃まだ、火遁は神になる意識が薄く、十二国土の中に快く思っているものが少なかった。

他の四神の子供達の態度が、幼い頃から神になる意識を表していたのが原因でもある。

特に元から統率心が薄く、喧嘩っ早い智功は火遁の存在を最も快く思っていない。

そんな2人の出会いはお世辞にも良いものだとは言えなった。



□□□□



水杵が成人の儀を向かえる前日、北国の闘王が本国に顔を見せていた。

十二国土の闘王もまた、属する神の新たな誕生により、正式にその命を授かることが多かった。

まだ火遁は水杵の元に弟子入りしていなかったが、水杵が炎遁の弟子として火凰邸に住んでいた為、水杵は自分の仕事の合間を縫っては、少しづつだが火遁に技を教えていた。

だから、火遁は自然と水杵と行動する事が多かったのだ。

それ以前に、各神の成人の儀の際、その時点の五神全て、その子供や妻も行動を共にする。

つまり今の五神、そして金樺以外の親兄弟が水龍邸に集まっていた事になる。

南国の闘王とは幼い頃から面識のあった火遁だが、他の国の闘王と顔を合わせるのは初めてだった。

北国の闘王は、丑ノ国の夜壬よみ、亥ノ国の黒斗こくと、そして、子ノ国の智功。

皆水杵よりも年上で、智功を覗く2人は温和な性格だった。

特に夜壬はゆったりとした性格で、不思議とその雰囲気に飲まれてしまう。

身長の低さを気にして、いつも15cmを超える厚底の靴を履いている性格からも、戦闘時には3mを越す革鞭を用い、猛獣を操る姿は、普段の夜壬からは想像もつかなかった。

様々な闘王の技を見ていた水杵でさえも、初めて夜壬の技を見たときは、冷や汗が出たほどだ。

黒斗は口数が少なく、あまり周りと進んで交流するタイプではなかった。

騒がしい場所が嫌いで、こんな行事でもなければ、殆ど自国から足を出さない黒斗だが、唯一、白來とだけは気があって自国に訪れた白來と茶を楽しんでいる姿を見た。

二人も火遁を認めたわけではなかったが、顔にソレを出すことも無い。

特に子供が好きな夜壬は、このくらいの歳で神を意識するという事が出来にくい事を知っていた。

確かに神家に生まれた子供は他の子供より「家業」を継ぐ意識は高いものだろう。

しかし、それは子供自体の捉え方ひとつで変わるもので、普通の子の様に、意識し始めるのが早い子も、遅い子もいるのだ。

もう少しすれば、自ら自覚して成長するだろうと思っていた。

だが、智功だけは違う。

幼い頃から英才といわれた両親の期待に答えるべく、毎日勉学に励み、親に必死に追いつこうとしていた智功にとって、それを意識しないなどという考えは微塵も無かった。

水龍邸で水杵の横に座っていた火遁を見るなり、眉を潜めた。

「こいつがボンクラ火の子坊主か。将来の火神にしちゃ、随分寝ぼけた顔してるな」

そんな智功の言葉に、火遁はピクリと眉を動かした。

父親と比べられる事は多かったが、それだけ、五神、そして炎遁が偉大であるという事も解っていた。

だが、こんなにはっきりと罵倒の言葉を口にされたのは初めてだ。

「口が過ぎるぞ、智功」

水杵が表情を曇らせた。

「本当の事だろ?まだ神になる心の準備も出来ていない尻の青いガキンチョだ」

「なんだと?」

水杵は火遁の腕を掴んで、智功をにらむ。

智功が喧嘩をふっかけるのを見るのは初めてではない。

ゴロツキの集まる酒場でおもしろおかしくからかい、こてんぱんに叩きのめす事が好きだったからだ。

「智功、時と場所を選べ。火遁はまだ十二だ。順に神への意識も強まる」

「十二だからなんだ?俺は十三の時には闘王になって人を切っていた」

「皆がお前と同じというわけではない。火遁が神になればお前よりも目上になる身だ。口を慎め」

「無事に神になるかもわかんねぇのにか?俺はこんなガキに膝をつくのはごめんだね」

思わず立ち上がった火遁の腕をきつく引き寄せ、水杵は火遁の頭を抑える。

火遁にとって智功の言葉がどれだけ屈辱的なのかは解る。

しかし、内輪もめしてもろくなことにならない事ばかりだ。

「何も言いかえさねえのかよ、火の子坊主。守られてばっかりだな。自分で戦いもできねぇのか」

「…て…めぇ…」

手を拱いて挑発する智功の頬を痛烈な一発が襲った。

それは火遁の手でもなく、水杵の手でもなかった。

「…黒斗」

智功の前に立っていたのは黒斗だ。

普段、いざこざが起きても、絶対割って入らない黒斗が、表情を硬くしている。

「痛ぇな…」

「口を慎め。水杵様は、もう今までの様な存在ではない。我々の従神様だ」

水杵の向かい側で茶を飲んでいた夜壬も顔を上げる。

「そうだね。火遁にはまだしも、水杵様にその口は無い。謝りなさい、智功」

「うるせえな…」

そっぽを向いて、部屋を出て行く智功に、黒斗は弱いため息をついた。

「もうしわけありません、水杵様。後から私達が言って聞かせます」

頭を下げる夜壬に、水杵は首を横に振った。

「智功の性格は良く知っているよ。明日から私が目上になるという事を受入れられないこともな」

「しかし、水杵様が我々の従神になる事はだいぶ前から解っていた事です。智功だって子供じゃない。それ位は理解できるはずです。ましてや、あいつは我々より頭が良いのですから」

黒斗の言葉に、水杵は小さく笑みを漏らした。

「頭がいいから、戸惑っているのだよ」

「え?」

「夜壬や黒斗は、私や智功より経験が多いだろう。だから、物事をちゃんと整理してみる事が出来る。しかし、智功は私と二つしか歳が違わないし、あいつは幼い頃から親という目標の元、勉学を中心にした生活に生きてきた。余計に外部と接触という経験が少なかったんだ」

「頭脳と現実が食い合わないのか…」

闘王として智功と行動を共にする様になってから、もう数年たつが、黒斗はまだ智功の正確が掴みきれていない。

経験を優先し、北国の闘王の先陣をきっているのに、智功にはまったく統率心がなく、心の中を見せようとはしなかった。

同じ任務にあたっている時も、智功は早々と一人で片付けてしまう。

水杵は火遁の頭を軽く叩き、また笑みを漏らした。

「よく耐えたな、火遁。道場でストレス発散しておいで。多分、炎遁様がいるはずだ」

水杵が手を離すと、火遁は小さく頷いて部屋を出て行った。

「…さっきの様子じゃ今にも噛み付きそうだったけどな」

夜壬が不思議そうに水杵を見る。

「一昔前なら、最初の一言で突っかかって行っただろうな。あそこまで罵倒されて立ち上がるだけで済んだのも、成長だよ。内輪もめはろくなことにならない。これから罵倒される事はたくさんあるだろう。だが、それに冷静に立ち向かうことも神になる第一歩だと、散々言い聞かせていたからな。

火遁は頭が悪いわけじゃない。ただ、私達より「神」の存在を上手く捕らえきれていないのだよ。炎遁様は、火遁に火神になることを無理強いしているわけじゃないからね」

「流石、金樺様が頭に推薦しただけの事はある…」

「どこでそれを?」

自分が五神の頭になるという事は、明日の儀式まで周りの人間に告知する事は無い。

ただ、本来その立場になるべき金樺がその存在を少し保留すると言っていたから、少なからず、それが水杵になると感じている人間はいたようだったが。

黒斗は笑いを漏らして水杵を見る。

「白來がしょっちゅう口にしていたので。白來にとって、最初に神になった金樺様が頭になると信じていたから。水杵様を頭にと言い出した時、顔を合わせる度に言ってましたから。自分の従神が頭になるかならないかでは、対応が随分と違いますからね」

「白來が…。それは悪い事をしたな」

「いえ。今の水杵様を見れば納得するでしょう」

「そうか?」

黒斗につられて、夜壬も笑いを漏らした。

「安心して、貴方をお守りする事が出来そうですよ」


回の様に水が巡回している水杵の道場。

道場の真ん中にある足場に炎遁がいる。

炎遁にとって、今日は水杵が自分の下から巣立つ時でもある。

師弟関係はそのままだし、指導する事もあるだろう。これから関係が急激に変わるというわけでもないが、これから火遁が神になるまでの間、八年間、二人の立場は同等となる。

「親父」

「火遁、どうした?」

そう問わなくても、何か問題があった事は火遁の顔を見ればわかる。

そして、その原因が何かも、予測が付いた。

我が子ながら、本当に表情で何もかもわかってしまう。

「…智功に何か言われたか?」

「…なんで」

「智功は今の俺でも手を焼くよ。あいつは小さい頃からあんな性格だったからな」

炎遁は笑いながら、掌に出した火子をお手玉の様に宙に投げる。

「なんで、天照大神は智功を闘王にしようと思ったんだろう?」

そんな火遁の質問に、炎遁は苦笑を漏らした。

時期五神の場合、各神の第一男子になる事が多いが、どの子供に素質があるかを見極め、命を下すのは、現在の五神、つまりは父親が決める。

例えば、第二子の誕生が十年以上離れていたとしても、そちらの方が素質があると感じる場合もあるし、男の子供が産まれない場合や、女子に神の座を任せる事が最良という判断状況にもなるからだ。

今まで、五神に女系が入った事は無いが、一番側にいる親がその素質を見出すのに最適という事だろう。

十二国土闘王は、天照大神、そして伝達人の風啼が意見を交わして決める事が多かった。

いかに従神を尊徳し、己の命をかけて守る事ができるのか。

そんな人材を探すには、それぞれの国に精通し、時期五神候補とそれぞれの国との疎通を見る為には、天照と風啼が最も最適と考えられる。

子ノ国の智功を推薦したのは風啼だった。

元々、子ノ国の中でも、秀才で有名な家に生まれた一人息子の智功であれば、水杵、そして土紬の二人の命を背負う事の重大さを理解するには最適だろうと思ったのだろう。

実際、その頃の智功は今の様に暴れ者でもなかったし、下手な学者より、豊富な知識を持っていた。

ひと目で病人の症状を見分け、道端で蹲る宿無しの病人にすら、薬草を自ら取りに行って処方してやる様な子供だったのだ。

智功が変わったのは、父親と母親を賊の奇襲で一度に失った頃から。

それまで親がしいていた秀才の道が突然途切れてしまった事と、自分の知能だけでは、救えない人がいる事を目の当たりにした所為だろうと、天照が以前言っていたことがある。

しかし、天照も風啼も、智功を子ノ国の闘王にする事を取りやめなかった。

2つの者を失った悲しみと絶望が、智功が2つの神を守る為の力になるのだと思っていたのだ。

事実、智功はその頃から外で頻繁に喧嘩をするようになっていた。

実践の経験は無かったが、智功は相手の行動パターンをすぐに理解し、人間の急所を全て暗記している。

負ける事がなくなるまで、そう時間はかからなかった。

数年後、自分で考え出した、普段は小さく畳まれ、一振りするだけで自分の身長を超す大鎌を武器にする様になってからは、智功に戦いを挑もうとするものはいなくなっていた。

だが、炎遁はその事は口にしなった。

「智功に何を言われたのかは知らないが、いづれその理由はお前がわかるだろう」

「俺が?」

「ああ。お前が神になるべき時、智功の考えがわかるさ。火遁」

火遁は炎遁を見つめたままだ。

確かに、後に火遁は智功の考えを身をもって実感する事になるとは、この時点では炎遁には想像も付いていなかったが。



□□□□



智功と火遁はしばらく見つめあったまま、ピクリとも動かなかった。

あの時見た時より、火遁は大分身長が伸びた。顔つきや体つきも大人っぽくなっている。

六年もたてばこの位の差にはなるだろう。

実際、自分も多少は落ち着いたと思うことがある。

智功は、火遁の顔の影に、自分と似た色を見る事ができた。

肉親を失う事により、生まれる怒りの力の色。

「少しは成長したか?」

「悪いけど、俺、あんたと戦う気は無い」

「また逃げるのか?」

「そうじゃない。今は土紬様が弱っている。中央神のあんたを痛めつけたら土紬様の回復が遅くなるだけだ」

そんな火遁の言葉に、智功は噴出した。

「お前、俺に勝てると思ってんのかよ。まだ青い尻してるくせに」

「……」

「それとも怖いだけか?自分より強いものに叩きのめされるのが」

火遁は必死に拳を握りこみ、耐えていた。

いくら罵倒されようとも、味方に手を上げることはしてはならない。

その水杵の教えを忠実に守っている。

「お前の性格は母親似だな。守る事ばかり考えて、最後には食われて終わりだ」

瞬間、火遁の顔色が変わった。

智功はその顔に小さく笑みを浮かべる。

誘いに引っかかった証拠だ。

智功は戦いに相手を誘い込む手段を選ばなかった。

火遁が掌に火子を出してから、攻撃に移るまで、一瞬だった。

同時に智功は腰に刺していた鎌を勢い良く振る。

正面で整形された鎌は、火遁の火の粒を全て綺麗に真っ二つにする。

「…ふぅん。多少はやるみたいだな」

鎌の先端に手を置き、智功は笑みを見せる。

「だが、速さが全然足りない。今のが実践であれば、お前の首は今の時点で無いな」

「なんだと…」

「その粒で敵が致命傷を受ける可能性は、運よく心臓を貫いた場合でも二割。だが、敵がまったく動かないとしての確立だ。お前の技は動きが大きい。火子を出してから、敵がお前の首に剣を突き立てる方が早い」

火遁は唇を弱く噛む。

「体の反応っていうのは、腕力と違って、経験がなきゃ身に付くものじゃない。頭を使え。例えば、この鎌だ」

「…鎌?」

「この鎌は俺が十四の時に自分で考え、作った。全部で八十四の部品からできている。普段持ち歩く時は脇差と同じサイズにまで出来るし、開く時は今のように一振り。重量がある分、開く時の攻撃も、振り込んだ時の力もでかい。敵の動きが早くても、敵に向かって正面に振れば、その衝撃で顔の骨を砕く事はできる。相手がひるんだ所に脳天から振り下ろす」

智功が鎌から手を離すと、鎌は正面にまっすぐに倒れる。

その動きに火遁が目をつけた次の瞬間、巨大な鎌の先端が右袖を貫き、首元に僅かに刃が当る。

そのまま、道場の壁まで体を吹き飛ばされた。

「くっ…」

鎌は火遁の袖ごと壁にめり込み、首に刃が当っている為、下手に身動きが取れない。

良く見ると、鎌の取手はバラバラに分解し、刃の横に垂れ下がっていた。

まるで、鎖鎌のような形だ。

「重い武器っていうのは、肉体が弱いと扱いにくい弱点はあるが、逆にそれ自体の重さが武器になる利点がある。高い位置から最も重い部分を振り下ろした時の威力は想像をはるかに超えるからな。

更にこれは間接が多い分、柔軟性がある。横に振れば更に力が加わるって事だ」

智功は火遁の前まで歩み寄ると、頬を軽く叩く。

「お前の技の弱点は火子を出してから攻撃に移るまでの動作だ。だが、利点は火をどこにでも出す事ができるという事。例えば、土の中の僅かな隙間も、火は通る事が出来る」

「…土の中…?」

「わかんねえのか?つまり、土の中で火子を敵の下まで移動させりゃ、相手に気づかれる事無く直に接近戦が出来るって事だよ。土紬の土振どしんと同じ原理だ」

「…あ」

「目に見える実力だけじゃ倒せない敵もいるって事だ。たまには、こうやってだまし討ちするような方法も考えないとな」

道場の入り口から、礼薫達が駆け込んできた。

「智功!何をしている!!」

礼薫の声に、智功がゆっくり振り返る。

「何もしてませんよ。稽古をつけてやってただけです」

火遁の袖に突き刺さった鎌を引き抜くと、素早く折りたたみ、脇に刺すと火遁を見る。

「悪かったな」

「…え?」

「お前の母親を侮辱した事、謝る。俺も両親を賊に殺されてるから、お前の気持ちはわかるんだよ。お前が俺と同じ目をしている事もな」

智功はくるりと振り返ると、道場を後にする。

目で合図をして、礼薫がその後を追った。

壁にへばりついたままの火遁の元に水杵と義胡が駆け寄ってくる。

「大丈夫か、火遁」

「大丈夫です。服は駄目みたいだけど」

ぱっくりと割れた袖を開き、火遁が苦笑を見せると、義胡が火遁の首元についた薄い切り傷を見て、小さく笑いを漏らした。

「まだ智功にかないそうにはないね、火遁」

「え?」

「どういう事だ、義胡」

「普通、こういう攻撃をした時、智功は間違いなく相手の首を切断するだけの力で鎌を投げる。だが、あえて動けない位置で止めるように力を加減してる。

この距離で、相手が攻撃に気づいたとしても、どれだけの力で投げればこうなるか、智功は全てわかってるんだ」

「…あの時間の間で?」

「まあ、この攻撃方法を知らなかった、火遁にしては簡単な事だったろうけどな。もし気が付いたとしても、飛ん来る武器に対して起こす行動は大抵横に避けるかしゃがむ位だ」

水杵は小さくため息を漏らして、火遁の頭を叩く。

「一体、何があった?」

「…母上の事を言われたので…」

「…明雀様の事を?」

水杵は一瞬、眉を潜めた。

智功が敵を挑発する時は手段を問わない事は知っているが、まさか、同じ境遇にある火遁の傷をえぐる様な事をするとは考えられなかったからだ。

「でも…」

「ん?」

「智功は、俺に実践のアドバイスをくれたんです。それに、最後にその事を謝りました。俺が、同じ目をしていると…」

義胡は水杵と顔を見合わせる。

智功が他人にまともな稽古をつけたというだけでも珍しいのに、更に謝ったと言うのだ。

「…確かに、智功の両親は昔、盗賊に教われて命を落としている。今の智功の力と、お前の力は似ているのかもしれないな」

「師匠…俺、少しわかった気がします」

「何を?」

「なんで智功があんな態度をとるのか、親父は俺が神になるべきときに解るといってたんです…。

きっと、智功は、意図的に昔の俺を演じてるのだと思います」

「…昔のお前を?」

水杵は少し首をかしげた。

昔の火遁を演じるとはどういうことだろう。

「きっと、弱い自分を、見せたくないんだと思う…。本当は、親がいなくなった事が寂しくて、辛い。だけど、それを思わせない自分を演じてる…。きっと…泣く場所がないから」

義胡はそんな火遁の言葉に声を詰まらせる。

北国の中で一番年下でありながら、智功は、一番初めに闘王に選ばれた。

北国の闘王が揃う頃、智功は先陣を切って戦いに挑んでいた。

何も恐れず、何の感情も持たず。

ただ、戦う事だけを生きる糧にする様に見えた。

「師匠、俺…智功は本当は優しい奴だと思うよ」

「…そうだな」

金にならないのを知っていながら、宿無しの国民の病気を治した。

腹をすかした子供には食事を与えた。

昔から、何も変わっていない。



□□□□



「智功」

土輝邸から少し離れた丘の上に寝転がっている智功の脇に、礼薫が腰を下ろす。

「礼薫様」

「火遁は昔のお前に似ている」

「…そうですか?俺はあんなに頭悪くありませんでしたけど」

礼薫は笑いを漏らして足を組んだ。

「ただ、親の命を奪ったものを倒す為に力をつけ、戦っていたお前に似ているよ」

「……」

「明雀の葬儀で火遁を見たとき、お前の顔が重なったよ。女人に抱かれて呆然としているお前が、またそこに見えているようでな」

心地良い風が頬を撫でた。

「だが、お前はすぐ立ち向かう心を持った。しかし、火遁は塞ぎこんだ。これが違いなのだろうな。

お前も火遁に自分の影を見ているのだろう。だから、弱い火遁が許せない。かつて何も出来なかった自分を見ているようだから」

「…確かに、あいつは昔の俺みたいだ。何も戦う術を知らず、弱くて負けてばかりいた。何にも出来なかった俺みたいだ」

「アドバイスをやる事もいいだろう。それは火遁の力になる。しかし、お前の手口は少々荒すぎる。相手によって手加減をするのも、大切な事だぞ」

智功は黙ったまま、礼薫を見つめる。

「人は、それぞれ違う人格だ。同じような生き方でも、考え方は違うからな。

お前が火遁を成長させたいのであれば、それはそれで構わないが、せめて水杵にはその意図を伝えるべきだな。

今の時点では火遁はまだ火神ではないが、神になった後に、こんな行動をされては回りに乱れが生じる事もあるあろう。もう少し、仲間を信じる事も必要だぞ、智功」

「…わかってはいますよ。仲間じゃなければ、俺はアドバイスなんかしませんから」

礼薫はそんな智功の言葉にまた笑い声をあげる。

「まあ、それもお前の表現なのだろうな」



□□□□



木櫟に支えられて、土紬が広間に顔を見せると、首に包帯を巻かれている火遁が目に飛び込んでくる。

「どうしたんだ、火遁」

「ちょっと智功に手荒い修行をされてな」

「大丈夫なのか?」

心配そうに顔を覗き込んでくる土紬に笑みを返し、火遁は掌を軽く左右に振る。

「平気です。少し切っただけだし」

「それに、智功がつんできた薬草に、切り傷に効くものがあった。最初からこうなると解っていたみたいだな」

土紬が腰を下ろすと、火遁は、何か思い出した様に手を叩く。

「あ!そうだ、土紬様」

「何?」

「もう少し回復してからで構いませんけど、土振のやり方を教えてもらえませんか?」

「え?土振を?」

土紬が不思議そうに火遁を見る。

見せてくれと頼まれる事はあっても、やり方を聞いてくる。とは聞いたことがなかった。

「さっき智功に教えてもらったんですよ。俺の技は火子を出してからの行動が大きすぎるから、敵に隙を見せやすいと。だから、土の中に火子を出す方法があるって」

「…なるほど。神技の応用か。それなら敵に直に攻撃が当る上に、相手にも気が付かれ難いな」

「神技の応用?」

義胡の言葉に、水杵が首をかしげた。

聞きなれない言葉だ。

「他の神の技の形態を自分の技に組み合わせる事だよ。自分の要素でその攻撃が使える場合、その方法で自分の技にする事ができるんだ。多分、同じ方法で水杵も技を作る事ができる。ただし、土は水を吸い込むから、成功確立は結構シビアだけどな。

そうだ、たとえば朝露を経由して敵に当てたりな」

「そんな事ができるのか」

「何の話だ?」

広間に入ってきた金樺が輪の中に入る。

そういえば、途中から金樺の姿が見えなかった。

「どこ行ってたんだ、金樺」

「途中で春宗様に捕まって、夕飯の材料を運ばされてた。火遁、大丈夫か?」

「はい。大丈夫です」

「で、何の話だ?」

「智功が意外と良い奴だって話だよ」

「はぁ?」

金樺が首をかしげると、皆は揃って笑いを漏らす。

「なんなんだよ、皆して」

「いいんだよ。さ、土紬も早く元気になる様にしっかり飯食わないとな」

一人取り残された金樺は不満げな表情を浮かべている。


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