五神の源(2)
火凰邸はいつもとなんら変わりなかった。
水杵が金虎邸にいる間、用心の為に火遁は修行を一時中断して家に戻っているが、特にすることも無く、屋根の上でぼうっと空を見上げている。
ふと、勢い良く駆け込んできた水杵達の姿が横目に見えた。
火遁は体を起こすと、下を覗き込む。
「師匠?皆してどうしたんだ?」
少し息を弾ませた水杵が上を向く。
「火遁、炎遁様は?」
「え?親父なら部屋にいるけど?」
「良かった。お前も来い。緊急事態だ」
「あ、はい」
火遁が屋根から飛び降りてくると、家の奥にある炎遁の部屋に向かう。
火凰邸は十数部屋があったが、火遁がたまに帰る時に使う為にそのままにしている部屋と、炎遁の部屋、手伝いの女人の寝室に、道場、炊事場とあまり生活に使われている部屋はそれ程多くない。
明雀の部屋の荷物は2年後に炎遁が住むための家に運んでしまったから、何も置いていない、使っていない部屋の方が多いだろう。
「炎遁様、水杵です」
戸を叩く音に、炎遁が少し間を置いて扉をあける。
神を譲った後の五神は隠居と呼ばれる家に住み、新しい五神の仕事に関して口を挟む事もあまりしないしないし、それほどやる事は少なかった。
炎遁はまだ火神であるが、水杵を初めとし、他の五神の結束が高まった今、よほどの緊急事態で無ければ首を突っ込む事は無い。
1日のうち殆どの時間、特にする事も無く家にいる事が多かった。。
「どうした?」
「陰国の策略がわかりました」
「陰国の?ああ、金樺の国の事か。それで?」
「火神の門を狙っていると思われます」
炎遁は水杵の意外な言葉に眉をしかめた。
「火門?しかし、火門は…」
「金樺が本国を離れている今、僅かながら、五神の門締は力が弱まっている。そして、炎遁様から火遁へと力の受け継ぐこの時期、火門は他の門より圧倒的に封印が弱くなっているはずです」
土紬が入れた補足に、炎遁は、水杵の横にいる火遁をへ目線を移す。
そんな炎遁の視線に気がついたのか、火遁は水杵の袖を軽く引く。
「なんだ?」
「その門締が破られると、どうなるんだ?」
「お前、そんな事も知らないのか?」
水杵はあきれ気味に火遁を見る。
通常なら技以外の知識は、五神が個人的に勉強することが多い。
それらの資料は親が代々息子に渡し、自然と学んでいくのだが、火遁の性格であれば、それを進んでやっているとは思えなかった。
かといって、つきっきりなって勉強を1から教えていては埒が明かない。
「水杵、こんな所で油を売ってる場合じゃないんじゃないのか?」
水杵は土紬の言葉に火遁から炎遁へ目線を戻す。
「そうだな。炎遁様、陰国が狙うと確定されたわけではありませんが、警戒するには越した事はありません。金樺がいない状態では、完璧な状態ともいえませんし」
「…一度、視察に行くか」
「はい」
□□□□
神門は、各神殿からそう離れていない、その属性に関した場所にある。
水の門は湖の中、木の門は林の中といった具合だ。
その入り口を示す鳥居をくぐると、両脇に松明が転々と灯っている。
50センチ程の小さな社の周辺を岩が囲み、その岩の周りをしめ縄で結ってある。
「これが火門?」
「そう。今くぐった鳥居からが「門締」だ」
火遁は不思議そうに岩に囲まれた小さな社を覗き込む。
「え、あの鳥居から?それじゃあ、ここが見つかったらこんな門簡単に壊されちまうんじゃないのか?」
そんな火遁の言葉に、土紬が苦笑いをもらす。
そんな基礎知識も解っていないのか。
そう思ったが、土紬は口にはしなかった。
火遁は以前に比べれば、感情を前面に押し出す事は無くなったが、無闇に神経を逆撫でしていては、後々厄介な自体にもなりかねない。
「すんなり通れたのは、僕らが五神だからだよ、火遁」
「え?そうなの?」
「通常の人間なら、あの門は通れない。見えない壁があって、体が跳ね飛ばされるんだ」
「ふうん?」
火遁は後方に聳える鳥居を見つめる。
どこにでもありそうな赤い鳥居は、長い間そこに聳えていた事を示すように薄汚れていて、とてもそんな力がありそうには思えなかった。
「火遁、さっき門締が壊されるとどうなるかと聞いていたな」
「え?あ、はい」
「通常は、ここには神家の者しか入れない。が、万が一門締を破られたとしても、その社の周りに岩締が第二の封印になってるんだ」
「第二の封印…」
「それぞれの社には、その属性の神の者しか近づけない。岩締の力は、門締の数十倍になる。他の五神の力を持っていても、かなう事は無い。今、この火門はお前と炎遁様の2つの力を半分づつ吸収している状態になるが、お前が火神になるまで、お前はその社に入る事を許されないんだよ」
「補足をすれば、天照様も入れるけどね」
火遁は小さく頷いて、門から炎遁に目線を投げる。
「つまり、親父しかこの岩の先には入れないってことか」
火遁は与えられた知識の飲み込みが人一倍早かった。
まともに勉強しようと思えば、僅かな期間で知識を蓄えることができるだろう。
「でも、師匠。俺と親父の力が半分づつ吸収されてるんだろ?それなら火門は他の門より強いはずじゃないのか?狙われてるっていうのは何故だ?」
「そうじゃない。炎遁様の火神の力は、お前が神になる時に比べて何十分の一ではあるが、神と凡人の力を比べる事は出来ない。いくら力が強いとはいえ、凡人の状態のお前の神としての力は、炎遁様の力の足元にも及ばない。
しかし、お前の八割はもう神を受入れる状態になっている。門は今、炎遁様からお前に切り替える準備をしてるんだ」
「…攻撃力はあっても、守備力が脆いって事か」
「そうだな」
土紬は、火遁の処理能力の高さに関心していた。
門に関しての資料を読んでいる時、その本当の意味を理解するまで、本の隅々まで目を通して、相当な時間を要した。
しかし、水杵のほんの二、三言を聞いただけで、火遁は理解してしまう。
それが、土紬にはうらやましく思えた。
戦闘能力だけではなく、頭も良い。
人一倍努力して、周りに追いついたと思えば、回りはその先に行ってしまっている。
それでも常に努力して、常に駆け足で付いていく。
そうやって自身を肉体的にも精神的にも鍛える事で、土紬は自身の神の立場を実感しているのだ。
「…土紬、大丈夫?顔色良く無いよ」
ふいに木櫟に肩を叩かれ、土紬は顔を上げる。
「え?そうかな。別になんとも無いよ」
「でも、凄い汗だよ」
そう木櫟に言われて、土紬は初めて、自分が顎から滴り落ちるほどの汗をかいている事に気がついた。
「どうした、木櫟」
「土紬が具合悪そうだから」
炎遁が土紬の顔を見て、頬を軽くさする。
「大丈夫か?」
「はい、だいじょう…」
急に両足から力が抜け、あたりの風景が落ちる。
それが、周りの風景ではなく、自分の体が崩れた事に気がついた時には、全身にまったく力が入らなくなっていた。
「土紬、大丈夫か!!」
「土紬!!」
木櫟に体を支えられて、ようやく、上を向ける状態だ。
土紬は自身に何が起こっているのか理解できず、苦しい呼吸で必死に喘ぐ。
「…まさか」
「炎遁様?」
「土紬を土輝邸に運ぶ。木櫟、風啼のところに行って、中央神の収集を頼んできてくれ」
「あ、は、はいっ」
炎遁が土紬を背中に背負うと、木櫟が勢い良く駆け出した。
「中央神を収集って…まさか」
水杵は炎遁の僅かな頷きに、眉をしかめた。
「どういうことだよ、親父」
「行けば解る事だ。急ぐぞ」
□□□□
炎遁の予感が的中した。
土輝邸から程近くの小さな洞窟の中にある土門の門締が破られ、社の岩締が跡形も無く破壊されている。
「なんて事だ…」
水杵は額に手を当て、バラバラになった土門を呆然と眺めている。
「完全に裏をかかれてしまった…」
土輝邸の中、少し状態の落ち着いた土紬は静かに目を閉じていた。
火遁は状況が把握できず、炎遁の顔を見て、顔をゆがめる。
「…親父、中央神って何のことだよ」
「五神の中の火・水・木・金には十二国土による俗神がいるだろう?」
「心枢達の事か?」
「ああ。中心の土は、直接の俗神がいない。代わりに十二国土の中、土と交わる線の上にある国が、土神の守護をするんだ」
「…交わる国…」
火遁は、机の横にあった地図を開く。
本国は中央に土、北に水、東に木、南に火、西に金の配置で俗信が決まる。
北の中心から時計回りに始まった十二国土の配置で、中央にある土と交わる国は、十字を引いた上にある四国。
つまり、北の子、東の卯、南の午、西の酉の4つとなる。
「子、卯、午、酉。その4国の王、つまり十二国土闘王が、土紬の守護者だ」
「その中央神を呼んでどうするんだ?」
水杵が顔を歪ませたまま、静かに部屋に入ってくる。
「どうだった、水杵」
「炎遁様の言うとおりです。土門は、門締は愚か、岩締までもが、無残に打ち砕かれていました」
「え!?」
火遁が水杵の言葉に立ち上がる。
「師匠、どういう事だ?火門が狙われていたんじゃないのか?」
「見事なまでに裏をかかれたとしか言い様が無いよ。中央の土が砕ければ、五神の門は一気に力を弱めることになる」
「それじゃあ、陰国の思う壺になるんじゃないのか」
炎遁は首を小さく横に振る。
「確かに、土門が壊されたことで少なからず、他の門が弱まっている事は確かだ。現に門との疎通が完全になった土紬がまともにそのダメージを食らってしまった。
しかし、金樺がいくら離れているとはいえ、土門を壊すには並大抵の力では敵わない。我々に気が疲れない程度の能力者の存在を送ったと考えられるから、陰国もそれなりの能力と人員を使ったはずだ」
「弱まった我々に本攻撃を仕掛けるのは少し時間があると?」
「五神が本国の力全てだとは思わないだろう。陰国にとってはこれは土台作りに過ぎない。五神は、完璧な力になればなるほど、その結束力から、一部が崩れた時の脆さが大きくなってしまう。それを、形にして見せ付けることで、動揺されるという事かもしれないな」
「奴らの尻尾を掴んでいながら、易々と逃げられたという事か」
火遁が広げていた地図の端を握りこむ。
「汚ねぇ…陰国の奴らに舐めれてたまるか」
「火遁…」
「これ以上、あいつらに舐められてたら駄目ですよ、師匠。そんな事で五神は崩れないって、奴らに見せ付けてやらないと」
炎遁はそんな火遁に小さく笑いを漏らした。
いつの間にか、関心してしまうほどに、火遁は神としての自覚を持っている。
それは、他の神をも上回るだろう。
水杵のように、目の前にある事に動揺するのではなく、相手を威圧する考えを持つ。
「だが、陰国に突っ込んでいくのは駄目だぞ、火遁。
陰国にお前が神になると悟られている以上、五神になるまでは陰国に攻撃は出来ない」
「でも、それじゃあ…」
「戦う事だけが、強さを見せることじゃないんだよ、火遁」
水杵の言葉に、火遁は首をかしげた。
「中央神を呼んだのは、土紬をサポートする為だ。門が元に戻るまで、土紬は術の殆どがつかえない。そして、私達の力も少なからず弱まってしまっている。五神は5人だけの力じゃない。十二国土も含めた陽国の全ての力だと、見せる事。それも強さの表現だ」
「お前の考えも悪いわけじゃない。だが、無闇に突っ込むだけが作戦とはいえないという事だ、火遁」
「…それで、中央神を呼ぶって事か」
「そうだ」
火遁はあっさりと自分なりに考えを纏めて納得したのだろう。
1人で考える事は苦手だが、最も適切な補足があれば、火遁は理解するのが早かった。
「しかし、炎遁様。あそこまで土門が破壊されたのでは、修復には時間がかかりそうです」
「そんなに酷いのか」
「試しに術をいくつか出しましたが、いつのも威力の半分も出れば良い状態です。土紬は、一番弱い技も出せない状況でしょう。火門の位置で立ち上がれない程にダメージを食らってしまった事を考えれば、土輝邸から出る事もしばらくは出来ないと思います」
炎遁は目の前で横になっている土紬を見て、弱くため息をつく。
土紬が神になる為、そしてなった時からも、人一倍の努力をしている事を炎遁は知っていた。
中央の土神は、水杵の立場よりも過酷である。
戦闘においては常に中心に立ち、何事も最終的に判断を下すのは土紬の役目だ。
だだでさえ、生まれ持った荷の重い役割なのに、土紬は然程精神が強くない。
その役目を自覚し、背負っていく為に、土紬は自分に鞭を打って成長しているのだ。
目が覚めたとき、自分の術が一時的にでも使えなくなったと知ったら、土紬は計り知れないショックを受けることになるだろう。
今まで自分が積み上げてきた物が、一瞬にして消え去ってしまうのだから。
程なく、木櫟が部屋に顔を覗かせた。
「土紬、大丈夫ですか?」
「ああ。土門が破壊されたダメージが来たみたいだ。門が治るまでは動くのが辛いと思うが、治れば問題は無いよ」
「よかった」
水杵に頭を軽く撫でられ、木櫟がほっとしたような笑顔を浮かべ、土紬の枕元にしゃがみこむ。
「風啼様には?」
「一緒に来てるよ、ほら」
後から顔を覗かせた、風啼の姿に、炎遁が立ち上がる。
風啼もまた、父親から今の立場を受け継ぎ、炎遁達と「同期」にあたる。
五神ほどの繋がりは無いが、良い親友同士だった。
「話はおおまかに木櫟から聞いたよ。中央神も明朝には着くだろう。やはり、土門が狙われたか」
「俺達の代じゃ、門が狙われる事が無かったからな…」
「…申し訳ありません。俺の判断が至りませんでした」
風啼は首を横に振って笑みを見せた。
「いいや。陰国の攻撃がどこに来るのかは私も判断に困った。大丈夫、土紬は強い子だよ」
そんな風啼の言葉に、水杵は唇を噛む。
自分がそうだった様に、風啼も弟子である土紬の事を子供のように思っていた。
まだ「愛神」の愛朱との間に子供のいない風啼にとってはそれは尚更だろう。
「炎遁、私達の力で少しは土門を直せるだろう。力を貸してくれ」
「ああ」
「炎遁様、俺、火門の所にいってきます」
「何故?もう火門は破壊されないぞ?」
「いえ、多分、金樺がそちらに向かっていると思うので。誰もいないとなると」
金樺であれば誰もいないと思えば、状況が変わったと判断して、どこかにしろ集まっていると判断して、誰かの家に行くだろう。
しかし、炎遁は、水杵の表情に浮かんだ不安を見逃さなかった。
神になったとはいえ、まだ精神的には不完全だ。
水杵の父親も似たような性格だった。
引っ張って行くような性格であるのに、中身が人一倍脆い。
「…そうだな。火遁。中央神の部屋の用意をしていてくれ。見た感じ土紬もあまり部屋を使っていないだろうから、適当に割り当てれば良いだろう。俺も今日はここに泊まるから」
「解った。なあ、親父、土紬の親には連絡しなくて良いのか?」
「この話は五神の問題だ。現役から退いてる者に無闇に首を突っ込ませるわけには行かない。それに土紬は死ぬわけじゃないからな」
火遁は損な炎遁の言葉に、言葉を詰まらせる。
もし自分がこの立場になったら、炎遁は同じ立場になるのだろうか。
「神ってのは、そういうものか…」
風啼が火遁の頬を軽く撫で、しゃがみ込む。
「火遁、炎遁は情が薄くなったわけじゃないよ。お前達の成長に必要な事なんだ。神は自立した存在で無ければならない。窮地になったからと言って、すぐに「大人」に頼れば良いと思う様な考えを捨てなければ、お前達は自立できないんだ。だから、お前らは弟子入りした場所にしばらく住む事になる」
「…わかってる」
「切り離すわけじゃない。お前らを思ってのことだよ、火遁」
理解するのは早い。
けれど、火遁は考えを纏める前に、思った事を口にしてしまう。
水杵は、火遁を、昔の自分を見ているように思えた。
風啼と炎遁が見えなくなると、水杵は火遁の肩を軽く叩く。
「師匠?」
「…お前も随分成長したな、火遁」
「そうかな?俺にはまだ理解できない事がありすぎる」
「そういうものだ。俺だって未だに理解できない事がたくさんある」
火遁は水杵の言葉に少しびっくりした様に振り返る。
「本当か?」
「こんな事で嘘をつくか。俺達の神の道はまだ長い。ゆっくり覚えていけば良いんだ」
「…そうだな」
水杵は軽く火遁の頭を叩いて、木櫟の肩を叩く。
「すぐに戻ってくるとは思うが、土紬を頼むな」
「はい、お気をつけて」
□□□□
洞窟の中の景色に、炎遁は顔を歪めた。
「しまったな。ここを水杵に見に行かせるんじゃなかった」
「…どうして?」
見る影も無く、バラバラに砕かれた社は想像以上の無残さだった。
火門の件を聞いてから多少は想像していたものの、五神の力の大部分とも言えるこの場所が、こんな姿になってしまうのを目に見るのは、精神的に大打撃だ。
土紬が直接この場面を見なかったのは不幸中の幸いという所だろう。
「門と社ってのは神にとって「絶対」の存在だろ。それが少しの力の歪みでこんなになってしまうとは…。これから先陣を切る水杵にはちょっと酷だったかもしれないな」
「いや、逆だろう。ある意味、この件は水杵や土紬にとっていい事だったのかもしれない」
「何故?」
風啼は首を捻る炎遁を見て小さく笑みを漏らした。
炎遁にはそれが、どこか余裕があるように思えたが、それが何を根拠にしているのかはわからない。
「私は、水杵も金樺も、五神になる最終段階にきていると思うんだ。精神の力的にもな。
それぞれ弟子を取っているとはいえ、まだ人間で言えば子供に足がいる。不安な事は大人になってもあるだろう。しかし、それをどう処理するかは、大人と子供では格段の差が出るからな。火遁が水杵に、木櫟が金樺に弟子入りさせたっていのは、天照様のそういう意図があるんだよ。そんな師匠を見て、あいつらが、より早く大人とは何なのかを見極める為にね」
「…じゃあ、お前に土紬を託したのも」
風啼は砕けた社の破片を手にとって、宙に軽く投げる。
「あの子は、五神の中で一番精神が弱い。「土神」は土台で皆を支える立場だ。土台の力だけに頼るのではなく、五神全ての力に支えなければ、土台だって崩れてしまう。しかし、それぞれの力が上手くバランスを取れれば、その強さは無限大に広がるという事だ。前の五神を支えていた俺がまたあいつらを支えることで、俺が「土台」の見本になるという事だろうな」
「…しかし、お前に子供ができていたらどうする?」
「炎遁…忘れたか、愛朱は天照様の娘だよ」
「まさか、愛朱に子供ができないようにしているのか?」
「そういう事。まあ、火遁が神になるまでの間だけどな。天照様は全てを見越していたんだろうな。五神の行く末全てを」
炎遁は少し間を置いて、貯めていた息を一気に吐き出した。
「解ってはいた事だが、天照様も意地が悪いな。それに愛朱だって50を超えるよな?神家だから、子供ができないというわけではないが…」
「それを目の前でいえるか?」
「無理だな…」
風啼と炎遁は同時に噴出した。
「まあ、ゆっくり成長を見ようじゃないか。私達はいざとなれば助け舟を出せるんだからな」
「そうだな」
□□□□
誰もいない社の前、水杵は弱くため息をついた。
五神が1つ欠けただけで脆くも崩されてしまった門。
じっとしていると、震えている自分の手が見える。
「…はぁ…」
風啼は、自分があの手紙を持ってたいた時から、この事をわかっていた。
解っていながら、答えを出さなかった。
どの門が狙われているのかが解らないのは本当の事だろう。
だからと言って、門が狙われている事を教えないという理由にはならない。
風啼の情報にだけ頼るだけにはいかない。
そう思っていても、自分で処理しきれるほど、頭は大人になりきれていない。
どうにか処理しきれたと思った時には、もう遅い。
ソレをまざまざと見せ付けられてしまった。
自分一人では結局何もできない。そう言われている気がする。
「水杵?」
「…金樺…」
少し息の上がった金樺の姿に、水杵は零れ出してしまいそうな感情をぐっとこらえた。
昔なら、弱音も吐けただろうが、今は何もかにもが違う。
「皆は?」
「…土輝邸にいる」
「土輝邸に?…まさか」
水杵はただ首を縦に振るだけだった。
頭の中でどうしたら良いのかがまとまらず、何をどういえば良いのか解らない。
金樺は水杵の心中を察してか、両手を水杵に置いて、ふぅと一息ついた。
「俺も外れだな、土紬は?」
「…え、ああ。大丈夫だ。門が修復するまでは外には出れないだろうけど、中央神も呼んだし」
「え?って事は義胡が来るのか」
「あ、そういえば、そうだな…」
金樺は後頭部をかきながら、困ったように首を捻った。
「どうした?」
「俺さ、あいつらに別れ言わないで出てきたんだよな…」
「あいつらって、白來達にも会ったのか?」
「守護隊が強くなってるから大丈夫だって飲んでたんだけど、義胡と狐衣が酔いつぶれちまって。白來には一応、戻るっては言ったんだけど…怒ってるだろうなぁ…」
「なんで、何も言わないで出てきたんだ。白來に託すればいいじゃないか」
金樺は鼻先をかいて罰が悪そうに水杵を見る。
「俺さ、西国にいったの、励まして貰おうと思ってたんだよ」
「へ?」
「なんか気が抜けてるって言うか、ここんとこお前にも自分自身に締りがないなぁーって思っててさ。だから、活でも入れるっていうか」
ぽかんと口を開けた水杵に頭を下げ、金樺は両手を頭の上であわせる。
「ごめん!まさか、土門が狙われるとは思わなかったから」
少し間を置いて、水杵が噴出した。
「…水杵?」
「同じだな」
「え?」
「俺もお前も一緒だな。結局、俺達が本国に揃っていても、事態は指してかわらなったという事だ」
「え、でも俺が本国を離れたから土門が…」
水杵は首を横に振って、岩締を指差す。
「確かにお前がいない所為で門締がよわまっていたのもあるだろう。でも、どうやら岩締自体が弱まっていた所為もあるみたいだ」
「どういうことだ?」
「考えても見ろ。確かに火門は陰国の下っ端にでも壊せるスキはあっただろう。だが、土門は別だ。土紬が神になって3年、土門は完璧に土紬と融合していた。お前が離れたとしてそう簡単に壊せるものじゃ無い。だが、封印自体が弱まっていたのだとしたら話は別だ。見てみろ」
水杵の指差す先に顔を近づけた金樺が小さく声を上げる。
「しめ縄が…」
「門は見て無いが、多分同じ事だ。しめ縄自体そんな強いものじゃない。封印はこのしめ縄がなきゃ半減するといっても良いからな」
「成程…陰国は長い年月をかけてコレを狙っていたわけか」
「それぞれ新しくする必要があるそうだ。陰国はしばらくは攻撃はしてこない。土紬がいない事なんかで穴は開かない。それを見せてやら無いとな」
「そうだな」
金樺は後ろから水杵の頭を軽く叩いて、肩を抱きこむ。
「俺達が弱音はいてちゃ、あいつらは大人になれないからな」
「ああ」
□□□□
土輝邸に戻ると、風啼の妻、愛朱が玄関で出迎えていた。
風神邸に訪れることは少なくは無いが、愛朱はあまり人前に顔を出さなかった。
美人で他国にも知られる天照の娘だけあって、その美貌は目にまぶしい程だ。
歳は風啼の1つ下だが、見た目は自分達より幾分か上くらいに見えた。
年齢不詳の天照は、五百を超えているという噂を聞く。
神自体の寿命が三百余り、神以外の「人間」に比べれば、見た目の成長は遅い。
水杵や金樺を子供というのも頷ける。
総守護神である天照がその位の年齢でもおかしいとは思えないが、その母親から生まれたのだから、愛朱の外見には然程疑問は少ない。
思えば、同じ年齢であるにも関わらず、風啼も自分達の親と同年齢とは思えなかった。
「愛朱様、お久しぶりです」
「久しぶりね、水杵。とはいえ、つい先日、姿を見たけれど」
「私達は愛朱様を拝見していませんので」
愛朱の細い笑い声は心を和ませた。
愛神といわれる愛朱は、一緒にいるだけで、どこかほっとすることができた。
「どうして、愛朱様がここに?」
「風啼がここに泊まるという物だから、炊事に女手がいると思ってね」
「え?態々、愛朱様が?土紬の所にも手伝いがいるでしょう?」
「いいえ。あの子はなんでも1人で出来る様に、私に料理を習っていたのよ」
2人は意外な言葉に顔を見合わせた。
確かに土紬は、小さい頃からおっとりとした性格で裁縫も得意、綺麗好きでいつも部屋は綺麗だった。
女と間違われる事も多かったが、考え的にはしっかりとした男な面が多く、時折自分達より男らしく思える場面もあった。
「土紬が料理を…?」
「意外だな…」
「今度作ってもらったら?」
愛朱の笑い声が辺りを和ませる。
「愛朱、もう着いていたのか」
「おかえりなさい」
揃って帰ってきた炎遁と風啼に、2人が頭をさげる。
「帰郷はどうだった?随分久しぶりだろう、西国に行くのは」
「はい。皆元気そうでした。すいません、私の判断でこの様なことに…」
頭を更に下げる金樺の肩を叩いて、炎遁は首を横に振る。
「いいや。色々考える事もできて良かっただろう」
「炎遁様、岩締と門締ごらんになりましたか?」
「ああ。どうかしたか?」
「しめ縄の損傷がかなり激しいです。そろそろ交換時期になるかと」
「良く気がついたね、水杵」
風啼が意外そうな顔で振り返る。
「いえ。もしかしてと思ったんです。火門ならともかく、土門がこうも簡単に破壊される事に納得がいかなかったもので」
風啼は炎遁を横目で見て、笑みを浮かべる。
「良い成長だ、水杵。それだけできれば、お前は五神の頭として十分に機能する。良い弟子をとったよ」
「…ありがとうございます」
金樺が肘で水杵の背中を軽く突く。
「よかったな、水杵」
水杵が顔を上げ、金樺の肩を叩く。
「金樺」
「ん?」
「お前、中央神が泊まる部屋の掃除しとけよ」
「へっ!?」
予想外の水杵の言葉に、金樺は顔を歪める。
「この緊急事態に、態々西国まで骨休めしに行く馬鹿がどこにいるんだよっ」
「それはさっき謝ったじゃないか!!」
「口答えするなっ!なんなら庭の草むしりもしてもらうぞっ」
「ひっ酷ぇっ!!」
そんな2人のやり取りに、愛朱が笑いを漏らす。
「仲が良いですね、あの2人も、昔の2人を見てる様です」
「そうか?」
「ええ、そっくりですよ」
愛朱の柔らかい笑いが辺りに響き渡る。