五神の源(1)
火遁が水杵の元に素直に住み、修行を始めてから一ヶ月。
特に何の問題も無く、穏便な日々が続いていた。
朝早くに金虎邸の窓際に1羽の鳥がおりたった。
鳥が家の周りに集まるのは珍しい事でもない。金樺の配下は西方。領土には「酉ノ国」があるからだ。
酉ノ国は伝達に鳥を使う事が多かった。伝書を足に似た色の紙で括ってしまえば、余程、目に自信がある者でなければ見分けがつかないだろう。
伝達に来た鳥を見れば、誰からのものか、金樺と風啼は風を開けずともわかる。
金樺は窓を開け、鳥を見る。鳥の足に括られている。
頭をそっと撫でると伝書を解いて、小さな豆粒を窓際に置いてやる。
しかし、金樺はその鳥が誰のものなのか判断がつけられなかった。
おそらく、位の高い王族の者ではない。
だとしたら、態々自分に直接伝えようと使者をよこしたのは誰だろうか?
金樺は鳥の足に括られていた1枚の紙を開くと、眉をひそめた。
「…これは」
これが本当の事だとしたら、いち早く五神につたえねばならない。
居間の柱にかけられた月めくりに目をやり、紙を懐にしまい込む。
□□□□
水龍邸は静かだった。
時刻が早いせいもあるだろうが、顔を出しにくれば、火遁の元気の良い声が道場から漏れてきて、それに答えるように水杵の術の声が響いた。
金樺は水杵に紙を差し出す。
「酉ノ国に陰国の影?差出人は?」
「おそらく、義胡ではない。あいつなら俺に直接、緊急を伝える可能性は無くも無いが、あいつは使者を他の鳥に任せる事はしないからな」
「陰国に悟られぬよう他の鳥を使ったとは?」
金樺は首を横に振る。
義胡の酉は珍しい赤と黒の入り混じった艶やかな酉だ。
それに西方”酉の国”の守護や本国に行き来するのも義胡。
「それも考えたが、違うみたいだな。それならば、義胡は鳥ではない方法をとるだろう。それにこれはあいつの字じゃないよ」
水杵は小さな手紙に目を落とす。
確かに、十二国土を守る為に選ばれた闘王は、戦闘・知能のおいてかなり能力が高い人間だ。
金樺は六つの時から数年、酉ノ国で過ごしていたから、義胡とは親友で、それなりに字や書き方のくせをよく知っている。
その戦闘能力も然る事ながら、酉ノ国の義胡は水杵の配下である北国の子ノ国の闘王、智功に告ぐ頭の良さを誇る。
「これが本当の事であれば、十二国土全てに。と考えた方が妥当だろうな。火遁の事が引き金になったのだとしたら、態々俺の領下の西方だけというのは疑問がある。
あいつらからすれば、狙いやすいのは、まだ神のいない南方の方が距離的にも都合が良い」
陽国の国は土紬の土輝邸を中心にし、北方に水杵の水龍邸、東に木櫟の木武邸、南に火遁(炎遁)の火凰邸、西に金樺の金虎邸が配置されている。
その周りに十二国土が配置され、それぞれに配下にある神国がいる。
北に亥子丑、東に虎卯辰、南に巳牛未、西に申酉戌という三国づつ。
陰国はさらに北下にあり、北東に天照御殿、風啼の風神邸という配置だ。
「しかし、妙だな…」
「ん?」
「通達なら風啼様に出す筈だ。伝達鳥の力であれば、お前の家で力尽きる。という事も無いだろう。いくら緊急とはいっても、直接お前に使者を出すのは変じゃないか?
それに十二国土には、どこかにしろ天照様がいるはずだ。この時期に陰国がそんな温い手を使うと思うか?」
「確かに…。というと、やはり罠か?」
水杵は金樺が見せた紙切れを机において、眉をしかめた。
「しかし、何の罠だ?この手紙をお前が他の五神、風啼様に見せないわけがない。
火遁ならまだしも、お前が早とちりな性格ではない事も承知だろう?こんな見え透いたものに私達が騙されると思っているようなタマではないだろう?」
確かに、これが陰国の罠だとしても、それが何をする為なのかは検討がつかない。
「とりあえず、風啼様に相談しにいった方が良いだろう。俺達だけでどうにかなる問題でもないしな」
「そうだな」
□□□□
風神邸の中、風啼は水杵が出した紙を見つめて、口に手を当てる。
「確かに、妙だな。十二国土との連絡は、今朝したばかりだ。どの国も異常はないと。酉ノ国の使者は、ちゃんと義胡の赤鳥だった。あいつの使者は他に見ない鳥だからな、見間違いは無い。
それに、酉ノ国は陰国がそう易々と、攻撃をしかけられる国ではない。義胡は十二国土の中でも指折りの剣士だ。それは陰国も解っているだろう」
「そうですね。どの国においても、十二国土の闘王達は、私達に引けをとる事はない。その結束も揺るぐ事は無い…。陰国の策、どう思いますか、風啼様」
水杵の問いに、風啼は小さくうなる。
「…火遁よりも難題だな。陰国のやる事には統一性が無い。考えられるとすれば…気を反らせる、もしくは、西に注意を引かせるという事か」
「…注意を?」
「あくまでも推測だ。ただ、混乱させるという意味かもしれない。しかし、西にしたのは何らかの意図があるのだろう。
しかし、実際に攻撃にあっても、それ程大事に至ることには及ばないだろう。念の為だ、しばらく西国を厳重に警戒する様に」
「はい」
風神邸を後に、2人はしばらく黙ったまま歩いていく。
風啼には何かしろ策があるのかもしれないが、求めていた答えが少し乏しい様に思える。
今までのように、全てを促すような、風啼の言い方ではなかった。
それがなんとなく心に隙間を空けられたような、妙な不安感を与える。
確かに、この先、風啼のいう事だけを頼りに行動するわけにも行かないという事は解っていた。
しかし、それがあまりにも急すぎて、水杵は少し混乱していた。
火遁の事がついこないだ終わったばかりで、水杵にはまもなく生まれ様としている新たな五神の指揮をどうしていくかという事で頭がいっぱいなのだ。
心配そうに眉を潜めた水杵の肩を金樺が軽く叩く。
「風啼様の言うとおりだ。白來・義胡・狐衣の3人は陰国の下っ端程度には負けはしない。俺が保障する」
「…そうだな。相手の策が解らない状態では、出る方法も解らぬか」
水杵があから様にほっとした様な表情を浮かべる。
金樺も、水杵の心境がわからないわけではなかった。
悪く言えば、金樺は水杵に指揮する立場を譲った事で、五神をどうするかという考える時間に余裕が出来た。
しかし、その代わりに、人一倍水杵をサポートしていかねばならない点もある。
「でも、まあ、注意を呼びかけるに越した事は無いか。俺、三国に出向いてくるよ」
「え?お前がか?」
「万が一、何かあったとしたら、三国の闘王が不在っていうのは不味いだろ。もしかすれば、そこを狙っているかもしれない。逆に、本国は俺がいなくても、火遁はもう神にすぐにでもなれる状態だ。危険は少ない」
「…しかし…」
顔を曇らせる水杵に、金樺は笑いを漏らした。
「大丈夫だって。俺そんなに軟じゃないぜ?それに何ヶ月もいないわけじゃない」
水杵は、金樺の言葉に、言葉を詰まらせた。
金樺は近い場所にいるようで、時折物凄い高い場所にいる様に思えた。
最初に神になった金樺は、確かに自分より早くにそれを受入れ、理解した。
事実を受入れた時期は変わらない。なのに、金樺は、自分よりも遥かに考えがしっかりしていた。
何事も冷静に受け入れ、前を見て、最良の判断を下す。
精神が自分よりも何倍も強いのだ。
水杵は少しうつむく。
「…すまない、そういう意味じゃないんだ」
「大丈夫。水杵、お前もっと自身持てよ。五神は全員が揃わなきゃ力が発揮できないわけじゃ無い。1人づつ、ちゃんとした力を持ってるんだ」
「…ああ」
上手くいえたかはわからない。
しかし、金樺は水杵に心地いいだけの空間を与えるだけではいけないとう、気持ちを切り替えをつける事も必要だった。
水杵が五神の頂点に立つ為に、土台に成る自分達もが揺るがない精神が必要になる。
数日後、金樺は西部の三国に向かって本国を出た。
□□□□
酉ノ国にくるのは何年ぶりになるだろうか。
神になってからは本国を出る事はなかったから、最後に訪れたのは確か、十七位だった気がする。
六つから数年、自ら進んで住んでいた国とはいえ、人生の中では本国の方がいた時間は長い。
町並みは記憶に残ったまま、何も変わらなかった。ただ1つ、町行く人々が、自分に深く頭を下げてくる以外は。
本国では、神になったからといって周りの態度が変わるわけではない。
神の家に生まれてから、周りは自分が神になる事を知っているからだ。
だが、十二国土の場合、王家以外の人間が、自分が神の子だと知る物は少なかった。
父親と十二国土を回るという事は無いし、態々いう事でもなかった。
だから、金樺はこの国を選んだ。自分が何れ守る事になる国を知る為の場所として。
「金樺!」
後方から聞こえた声に、金樺が振り返る。
かけながら、こっちに向かってくるのは義胡だ。
この酉ノ国の闘王であり、守護・戦闘の象徴。
薄赤の踝までかかる長い髪を、後頭部で纏めている。生まれてから一度も髪を切らないのは、願掛けをしているといっていた。その願いが何なのかは知らないが、切っていない所を見ると、まだ達成していない様だ。
最後に顔を合わせた時より顔が男らしくなった様な気がする。
年齢は金樺の2つ下。水杵より1つ下だから、差ほど見た目や身長は変わらない。
金樺とは小さな頃からの友だ。数年離れてい様が何時であっても顔は忘れない。
互いに神と王になると知ったのは十五を過ぎた頃だが、それ以来、関係は変わらず続いていた。
「久しぶりだな、義胡。元気そうでよかった」
「そっちこそ。珍しいな、お前が従国にくるなんて」
「やはり、陰国の策略か」
金樺の言葉に、義胡は首をかしげる。
「策略?」
金樺は懐にしまってあった手紙を見せ、事情を手短に説明した。
「…お前らがいるのであれば心配は少ないと思うが、水杵が心配するからな。一応伝えておこうと思って」
「水杵かぁ、懐かしい。あいつも変わらないみたいだな」
「まぁな。でも、火遁の件で大分強くなったよ。師匠として、懸命に火遁を育てている」
「そっか。そういえば、木櫟は?最後に会った時はまだ13位だったよな?もう神になってるんだから随分変わったんだろうな」
「そうでもない。今でも俺にくっついて修行してるよ。ただ、土紬がいるおかげで、多少は楽になったけどな」
義胡は笑いを漏らして、思い出したように手を叩く。
「でも、なんで態々お前が来たんだ?通達を出せば済む話だろ?」
「こんな事態に不謹慎かと思うが、少し骨休めをしたくなったんだ…」
金樺の言葉に、義胡はあきれ気味に笑いを漏らす。
金樺がそうのように、義胡も、金樺の事を良く知っていた。
「相変わらずだな、金樺。神になっても、やっぱり金樺は金樺だ」
「そういわれてしまうと、返す言葉も無い」
「そうだ、白來と狐衣を呼ぼう。久しぶりにゆっくり話そうぜ」
義胡の提案に金樺は鼻先をかく。
「しかし、それでは俺がこっちに来た意味が無い」
「十二国土はそんな軟じゃねーよ。俺らは指揮する立場で、今の援軍はすげーぞ?それに、白來と狐衣は指折りの俊足だ。自国に戻るのなんか一瞬で済む」
一瞬というのは大げさだが、確かに申ノ国の白來と、戌ノ国の狐衣は、名をはせた強者の中でも、上位を争う足を持つ。
金樺が1日かけた道のりも、何十分の一くらいでこなしてしまうだろう。
それに、金樺は、陰国が西国を直接狙ってくるとは考えられなかった。
風啼の言うとおり、気を引かせる為の策だろう。
「白來と狐衣に会うのも久しぶりだ。楽しみだな」
□□□□
義胡の家も、昔とかわらなった。
ただ、この家にいることは今では殆どないという。1日の殆どは国の偵察に費やしている為だ。
義胡が鳥達に通達を頼んでから数時間後、義胡の家の扉を叩く音が聞こえる。
「来た来た」
玄関の方に消えた義胡と共に戻ってきたのは、申ノ国の白來だ。
真っ白な短髪に、気の強そうな整った顔。歳は金樺より1つ上。
金樺より身長が10センチ程高かったが、今もその差は開いていない様だった。
昔は髪が腰下まであって、よく女に間違えられる事も多かった。
「金樺、久しぶりだな」
「白來、元気そうでよかった。髪、切ったんだな」
「いつまでも女に間違われるのはごめんだ」
軽く手を握って笑みを見せる。
「狐衣はまだこねえのかな?」
義胡が窓から外を眺める。
「あいつの鈍足じゃまだだろう」
「だぁれが鈍足だって?」
突然後ろから聞こえた声に、金樺は肩を跳ねさせる。
机の横から顔を出したのは狐衣だ。
金色の腰までかかる髪に、少し子供っぽい顔。
金樺と同い年だが、内巻きがかった前髪も手伝ってか、2人並ぶと、間違いなく2、3つ下に間違われる。
「お前の事だよ、狐衣」
「なんだとっ白來!もう一回言ってみろ!」
「そんなに聞きたければ、何度でも言ってやろう。ドンガメ」
「このっ!!」
身を乗り出した狐衣の首元を掴んで金樺は笑いを漏らす。
昔から何かといえば喧嘩をする事が多い。
「かわらないなぁ、お前らの犬猿ぶりも」
「白來がいちいち鼻につくような態度とるからだよっ」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い」
「てめぇーっ!!」
「ストップ!!」
義胡が2人の間に手を入れ、静止する。
これもかわらなかった。
西国の中で一番歳が下である義胡が一番しっかりしている様に思える。
「久しぶりに金樺が来たって言うのに、お前らは…。それに狐衣、挨拶もしてないだろ」
狐衣が金樺に頭を下げる。
「久しぶり、金樺。何年ぶりだっけ?」
「最後に戌ノ国に言ったのは17だな。だから…」
「…11年…?」
「十年だろ、馬鹿狐衣」
横からちゃちを入れる白來の口を義胡が塞ぐ。
「まったく、お前は、ひと言多い!今日は楽しくやろうぜ。な、金樺」
「ああ…」
何も変わらないように思えた。
歳はとっていても、自分がこの国に住んでいたあの頃と、何も…。
□□□□
酔いつぶれて派手な寝息を響かせている義胡と狐衣を横目に、金樺は脇で涼しい顔をしながら酒を飲む白來を見る。
こうして"酒"を酌み交わすのは初めてのことだ。
「昔は茶でこうしていたものだったな」
「白來は酒に強いな」
「お前だって、顔色ひとつ変えないじゃないか」
「昔からの慣れだ。何かと祝いの席が多いからな、神家は」
苦笑いを漏らしながら、金樺は器の酒を一口飲み込む。
本国で、酒を飲むのは神家の席だけだった。
水杵は下戸だし、土紬や木櫟もそれ程飲めなかった。
炎遁の酒豪からすれば火遁もそうとう強そうだが、多分、酒を酌み交わす暇もなくなりそうな気がした。
「何も変わらないな、皆」
「そうか?結構変わったぞ?俺は結婚したし、子もいる」
「え?いつ?」
「結婚したのは2年前になるよ、お前も知ってるだろう、紗衣だよ。去年男の子が生まれた」
少し意外だった。昔から女には無頓着で、一時は男色の疑いもかけられた白來がもう、一児の父。
「亥ノ国の黒斗と、丑ノ国の夜壬も、もうすぐ婚姻する」
「…皆、家庭持ちか。取り残されたみたいだな」
「そんな事はない。十二国土だって殆どが独り者だ。尻の青い狐衣なんかいつになるか」
金樺は頬に手をついて笑いを漏らした。
「昔に戻ったみたいだ。本国は気が抜ける場所が無いからな。家にいる時も…」
金樺の額を軽く叩いて、白來は笑みを浮かべる。
「気張りすぎてるだけだよ、お前は」
「え?」
「確かに今の五神の頭の水杵がいまいち頼りがいが無いのはわかるが、お前は影で支える役目を選んだんだろう?
だったらお前は影でいればいいんだ。いちいち水杵を守る必要は無い。水杵は自分の境遇を自覚して、成長しなきゃならないんだ。辛い事も嬉しい事もな。
お前がいないと判断がつけられない様な男では、五神の頭は務まらない。先陣切って突っ込んでいく様な度胸が無いとな。別に水杵を憎むわけじゃない。時には突き放すのも愛情ってものだ」
そんな白來の言葉に金樺はまた苦笑いを浮かべた。
「お前にはなんでも見通されてるな、白來…」
「義胡にお前が来た事と状況を聞いた時から解ってたよ。火遁の事もあったばかりだし、それも仕方ないだろうけどな。
お前は昔から俺達を守ってきた。神と呼ばれる前からな。十二国土を守る上ではそれは正しい事だろう。だが、お前は今、神だ。
守るだけが神の仕事だけではないと、解ってるだろう?」
「…ああ」
白來のさっぱりとした性格が、金樺は少し羨ましかった。
きっと水杵もこんな気持ちなのだろう、昔からよく知っているようで、凄い高い位置にいるような気がする。
経験が1つ2つ違うだけで、人間の差は愕然とするほど開いてしまうのだから。
白來は、金樺の持ってきた手紙を片手に、開いた2つの器に酒を注ぐ。
「…陰国の狙いは門締かもしれないな」
門締とは神・王の力の守護門の封印である。
神や王の力を反動し、源が離れた門締は、一著しくその力を失う。
十二国土は1つの区に3つ門があって隣り合わせに繋がれただけで、1つの門が壊れても、残り2つある。この2つがあれば、力は然程揺らがないし、壊れた門締の修復は簡単だ。
五神の門締は十字を繋いだ位置にあり、互いに全ての門と繋がっていて、1つ崩れると一気に力が弱まる。
特に中心の「土」の門が破壊された場合の力の低下は著しかった。
いづれにせよ、五神の門締の力どれかが弱まった場合、陰国が突く隙が広がるのは明白だ。
「…しかし、俺が離れたといっても門からそう遠い位置じゃない、それにここは「金」の配下の西国だ。いくら通常より弱まっているとはいえ、門の封印はそう易々と破壊出来る物じゃない」
「誰が金の門を狙ってるといった」
「…え?」
「いいか、よく考えろ。五神の門は5つ全てが繋がってるんだ。金の門の力が弱まれば、当然他の門も弱まる。何十分の一だろうけどな。だが、五神と同じ様に、門の封印はある一定の期間で変わるんだ」
「期間…。成人の儀か?」
軽く頷いた白來に、金樺が表情を曇らせる。
「門っていうのは、新しい五神の力を徐々に感じていって、成人の儀、つまり神になった瞬間に全ての力を発揮する事が出来る。つまり、今は炎遁様の力と、火遁の力が五分五分の所で揺らいでる状態だ。炎遁様の力がそれ程弱まっているわけじゃないが、今の火門は、マトモな五神の門に比べれば、悪い言い方だけど、成長途中の子供だ。扱い次第で悪にも善にもなる。
門の封印っていうのは、五神の力を守るためのものじゃない。完成した力が、悪に支配されないように保護するものだ」
白來が机の上にあった水の入ったグラスに箸を1本差し込む。
「今の火門はこれだ」
「…水の中…?」
「お前達四神は、この水が固体、つまり氷だと考える。そして陰国を激しい炎だとする。お前らの門は炎に炙られても水になるだけだ。時期を置けば固体になれる。しかし、火神は水だ。炎に炙られれば…」
「蒸発する…」
「それくらい脆いってことだよ、今の火は。火遁自体の力がいくら強くても、それを制御する門が支えきれなければ、話にならない」
金樺は机の上に置かれた紙をとると、静かに立ち上がる。
「いくのか?」
「ああ、時間が無い。義胡と狐衣にありがとうと伝えてくれ」
「…それは必要ない」
「…え?」
白來が金樺の後ろに回り、静かに背中に手を置く。
「お前は俺達の主だ、金神。俺達はお前を守る。命をかけてな」
「…白來…」
「でも、それと同時に、俺達は友だ。忘れるな」
白來の手が静かに背中を押した。
辛い時は、いつでも戻れ。
そんな暖かい一押し。
「行け、金神。お前が守らねばならないモノの為に」
金樺は小さく頷いて駆け出した。
□□□□
白來は椅子に座りなおして、残ってた酒を口に含む。
1人で飲む酒は苦くて不味かった。
白來もあまり、酔う事の無い酒は好きではなかった。
「…白來」
「義胡、起こしたか?」
「いいや、起きてた。大分前からな」
金樺の座っていた椅子に腰をおろして、義胡は顎に手をつく。
「お前らしい励まし方だよ、白來」
「…金樺は、俺達が思ってる以上の重圧を背負ってるんだろうな。形式上では水杵が頭になってるけど、やっぱり、最初に神になった金樺には、特別なものがあるんだ」
「だから、俺達がいるんだ。あいつが潰れてしまわないように。下で支えてられる俺達がな」
白來は小さく笑いを漏らした。
「近いうちに大きな問題がおきそうだ。黒斗達にも連絡した方がよさそうだな」
「ああ…」
□□□□
金虎邸。
警戒とあわせて、金樺の留守を預かっている水杵の横で、暇を弄ぶように木櫟が机に突っ伏している。
神になった後でも、木櫟は1日に行動する時間の3分の1を金樺の元で修行する事に費やしていた。
「お師匠、いつ帰ってくるんだろぉ…」
「あまり長居はしないといったからな。一国の移動に1日、滞在を半日としても、早くても5日というところだろうな」
「ながいなぁ~…」
「暇そうだね、木櫟」
後ろから聞こえた土紬の声に、木櫟が勢い良く顔をあげる。
金樺からの通達を待つ為、土紬は1日の殆どを風啼の元で過ごしていたから、顔を合わせるのも随分久しぶりな感じがした。
それだけ、木櫟が土紬にくっついて回っているという事だ。
「土紬!」
勢い良く飛びついてきた木櫟を抱きとめ、土紬は笑いを漏らす。
「何か通達か?」
「お待ちかねの金樺からだよ。まあ、正しくは義胡くんからのだけどね」
「義胡?何でまた…」
「金樺が、急いでこっちに戻っているらしいよ。その理由は見たら解ると」
土紬が差し出した書簡を開き、水杵は表情を曇らせた。
「どうしたんですか、水杵様」
「陰国の狙いがわかった」
「狙いが?一体何を?」
首をひねる土紬に水杵は表情を険しくする。
「門締だよ。火神の」
「え?だって、門は…」
土紬が言いかけた言葉を止める。
水杵の言わんとしている事が、土紬には察して取れたのだ。
「火凰邸に急ぐぞ。おそらく、金樺も直接そっちに言ってるはずだ」
勢い良く駆け出した水杵の後を追い、土紬と木櫟が駆け出した。