【イザナミとクジラ】
「なんだこれは!!」
次の国シーレナ国は海が綺麗で浜辺の土地が大人気と聞いていたから、美しい景色が見られるのだろうと思った。だからこそ、びっくりした。海が大荒れしていた。大荒れどころじゃない。水の竜巻が何個もできていて、空もドス黒く曇っていて雷が鳴っていた。海の色も黒く濁っていて、これでもかというくらい汚されていた。そして硫黄のような悪臭…。
これは…流石に水龍のせいだってならないんじゃないか?荒れ方が酷すぎる。
【ふむ、水のある国の災害ならば水龍だろうと思ったが、これは…ゲームマスターの私でも理解しかねるな。可能性があるとすれば、風神雷神系のモンスターだろう。水の中に入るぞ。水中にもなんらかの影響があれば更に考えねばならない事が増える。】
こ…この黒い海に入るのか?
【安心しろ。これはゲームだ。】
……酷いゲームだよ。
俺は人魚の呼吸というアイテムを取り出してみると、薄いピンク色の香水みたいな見た目で、上にポンプがついていたので押してみると俺の体全体に何かツルツルした膜のようなものが張り付いてひろがっていく。これが人魚の呼吸か。黒い海にゆっくり足をつける。泥の中に身を投じる気分だ。
ゆっくり、ゆっくり、入っていくとアイツが痺れを切らして体を交代させられた。
泥水の中、目をあけてスイスイ泳いでいく。いくらゲームといえども…感覚も視覚も嗅覚もこれでもかというほど生々しい。俺には耐えられないぞ…。
【ん?あれは…。】とアイツが見てる先にはすすり泣く十二単を纏った陽子だった。どうしてリアルの陽子がここに?その瞬間体が俺に戻って、見えている女性がAI咲の姿に変化した。それを確認すると、再び体がアイツに変わって、また陽子の姿が見えた。
【やはりそうか。好みの異性に姿を変える特徴。期間限定ダンジョンの最終ボスのイザナミだな。】
どうして最終ダンジョンのボスが…。
【なるほど、恐らく適当にボス級のモンスターを各地に出現させているのだろう。可哀想な事にな。】
可哀想?
【これらには全てヒトが使われている。どこの誰か確かめよう。】
アイツは泳ぎ進んで、陽子の姿をしたすすり泣く女性に近づいた。
「失礼、イザナミ様、どうして貴女がここに?」
「スンスン…私やっぱりイザナミなのね?」とポロポロ涙を流す女性。
俺的に少し面白いと思った事があった。アイツがこの上なく悲しい気持ちになっているという事だ。
「はい。中身はどこのどなたですか?」
「シーレナ国の…バトル王です。名前はマリーナ。」と女性が答えた。
「ではシーナ国は現在バトル王は行方不明という事ですか?」
「いいえ…いいえ…私は眠っているのです。これは夢ではないのですか?何をしても覚めなくて困っているのです。」
「ふむ…そうですか。まずは地上にでましょう。俺がマリーナさんを助けます。」と言って俺は手を差し出す。
マリーナさんは泣きながらも手を取ってくれた。地上までマリーナさんを引っ張って泳ぐ。
「貴方は…?」とマリーナさん。
「これは失礼。俺はりきです。ギルドミルフィオレのりき。」
「まぁ!ミルフィオレの!?噂には聞いております。赤い殺人鬼の主であると…。」とマリーナさん。
随分と酷い二つ名が…。アイツもアイツで陽子さんにやりすぎだと思っているようだった。
もうすぐ陸につくというところでアイツは泳ぎなら片手でホログラム画面をだして器用に操作して太極珠を装備した。俺は何をする気だ?と考えた。すぐに答えが頭の中に広がった。
なんてこった・・・。と思った。更に片手で陣を作り始めた。
マリーナさんと共に陸地上がった。その瞬間陣を彼女の体中に張り付かせて凄い炎で彼女の体を燃やした。
本気の悲鳴が聞こえて思わず耳を塞いだ。その意識的なものがアイツにも伝わったのかアイツも耳を塞いだ。
これは…赤い殺人鬼の主そのものだな。と感じてしまった。
綺麗に燃つくされたイザナミ。討伐報酬が届いたので間違えなく討伐しきったのだと確信する。
黒い水が綺麗な色になった。それからドス黒い雲のカミナリがおさまった。しかし、曇り雲と水の竜巻がまだ消えていない。
【飛ぶか。恐らくドラゴンだ。】と言って天馬を出して乗り、雲の中に入った。
すると大きな目が見えた。眼球が俺達と同じかそれ以上かの大きさだ。俺だったら絶対にひるんで震えて墜落していたかもしれない。アイツは即座に陣を作ってドラゴンに当てていく。
「イテテテ!!いてぇーわっ!!やめろ!!話し合いってもんができねぇーのか!?」と男性の大きな声が響いた。
「おっと失礼。殺してしまおうかと思いました。」と真顔な俺。
「殺!?や、やめてくれ!!俺が何をしたっていうんだ!」と大きな声が響く。
「海に水の竜巻が複数できています。アナタのせいではないですか?あと静かに喋ってください。貴方が喋るたびに体力が少し削れます。」
「うぐぐ・・・それはすまねぇ。確かに竜巻を作ってるのは俺だ。水が汚れちまって大変なんだ。だから竜巻を作って汚れだけを取り除いてたんだ。」となるべく静かな声で話すドラゴン。
「で、貴方は誰ですか?俺はミルフィオレのりきです。」
「俺は…シーレナ国の副官デュークだ。」
「デュークさんはどうやってドラゴンに?」
「ドラゴンだぁ!?てめぇの目は節穴か!!」と言ってデュークさんは下に下降した。ついていくと段々と姿が見えてきた。てっきりドラゴンだとばかり思っていたが…巨大なクジラだった。
「これはこれは失礼しました。まさか…クジラとは…。どの国でもドラゴンが悪さしていたものでつい…。」
「って!!水が綺麗になってやがる!?どういうことだ!?」と驚くデュークさん。
「ここシーレナ国ではイザナミというとあるダンジョンのボスが住み着いていました。恐らくバグか何かでしょう。退治しておいたので全て元通りのはずです。」
巨大クジラが少し輝いて消えて、人の姿になって俺の前に現れた。ツンツンした髪の毛は紺色で、筋力数値がやや高そうな良い肉体を持っている。体の先端は青白くなっていて、半魚人型である事がわかる。
「礼を言う。よその国なのにすまねぇなぁ。だがよぉ。うちの姫さんが起きねぇんだ。どれだけ衝撃をおこしてもピクリともしねぇ。」と俯くデュークさん。
「水も綺麗になりましたし、目を覚ましてるかもしれませんよ。」
「…どうだろな。まぁ、一緒に来てくれ。ミルフィオレの事だ。正式な依頼書があってきたんだろ?」とデュークさん。
「はい。もちろんもらってます。」
デュークさんはイルカサイズのクジラの姿になって「乗れ。」と言ってきたので、背中に乗った。そしてそのまま海の中に入った。
「空を飛べるクジラって凄いですね。」と俺が頭で思っていた事をアイツが言ってくれた。
「だろ!?七夕の日にギル長を守れるくらいの力が欲しいって願ったら、空からパンツが振ってきて、それつけたらこうなったんだ。」とデュークさんはイキイキと喋る。
「空からパンツ…ですか。」
「ホエールパンツ。ユニークスキル:クジラの神だ。」
「クジラの神か…あの子が考えそうな事だ。」と俺は言う。アイツの思い浮かべるあの子は陽子だ。
「あの子?」と不思議そうな声で聞くデュークさん。
「すみません。別の事を考えていました。クジラ界隈にも神様っているんですね。」
「そういえば、もう一人同じクジラがうちにはいるぜ。モカっていうんだが、それも俺と同じく副官で今はモカが取り仕切ってる。頭の切れる野郎だ。俺とモカは同じく七夕の日に祈ったんだ。ギル長を一度ペナルティにさせちまって…長い間待ったんだ。俺とモカは引退しかけたんだ。現実世界でテレビ通話繋ぐとさ…ペナルティ作業がよっぽど大変なのか、急いで戻ろうとしてくれてるのか手に傷が増えていってよぉ…。このパンツが来た時にモカと一緒に誓ったんだ。これから先マリーナを…絶対に死なせねぇってな。」と熱く語るデュークさん。良い話だけどパンツという単語が話を台無しにしてる気がする…。