【借りと約束。】
完全に体の感覚が戻った。戻ると重さを感じる。
「これで解決ですね。」
「世話になった。まさかミルフィオレの方々が助けにきてくれるとは・・・。」とヨハンさん。
「あの人達は、色んなギルドに依頼を出して神聖帝国に誘いこんで・・・殺戮して、報酬を得てたみたいですね。」
【君の選択は正しいといえるだろう。神聖帝国は多くの人が集まる地だったはずだ。そこを助けたとなると、偉大な功績として残せるだろう。賊が救援者をペナルティ送りにさせるスピードと功績による圧でのログアウト…どちらが効率良いかと聞かれれば後者だろう。】とアイツの言葉が響く。
そう俺は本当に賊を討伐して良かったのか?と悩んでいた。この選択はあっていたのだろうかと。アイツの知能を借りても悩んでいた。それを察したアイツが答えをくれて気持ちが軽くなった。
「なんて奴らだ。しかし、まさかギルドの平和を破られてしまうとは…。」とヨハンさん。
「恐らく、ギル員の中に裏切り者がいるんでしょうね。こんな大帝国のバトル王に会おうと思ったら、ギル員になるしかないですからね。」
「そうだな。その通りだ。…しかし良くもあの強力な魅惑を打ち破れたな。」とヨハンさんは自分の長い顎鬚を触りながら俺を見る。
「はい。うちのギルドに優秀な薬剤師がいて、その人お手製の薬です。」
「ほう。となるとシンカ君あたりかね?」とヨハンさんに当てられて俺は目を大きく見開いてしまう。
「その通りです。驚きました。シンカさんを知ってるんですか?」
「はっはっはっ。何度か会ってはいるさ。優秀なAIだ。実に優秀。私らがミルフィオレに何度かちょっかいをかけようとした時に毎回現れる。全ての話を聞いていたかのようにな。脅し、もしくは有益な情報や薬の提供…それらによって幾度となく阻止され続けていてな。今回の件で完全に手が出せなくなったどころか同盟を組ませてもらうレベルだよ。そうか、私はまた、あのAIに助けられたのだな。」とヨハンさんは何度か小さく頷く。
「そういえば、国は元に戻りましたか?」
「おぉ。そうだったね。国自体は元に戻ったはずだ。うちで匿っているNPC達を外へうつしてやらねば。それから…消えてしまったギル員達にもメールを送ろう。住民のユーザーにもな。忙しくなるなぁ。」とヨハンさんは持っていた杖をしまった。すると、ヨハンさんの姿がすぅーっと変わって、若いエルフ型の男性に早変わりした。髭すらもない…髪の毛も黒色だ。
「えぇ!?ヨハンさん!?」
「ん?なんだね?」ときょとんとした顔を見せて首を傾げる男性。
「え…いや、その見た目が…。」
「あぁ!」と言って、もう一度杖を持つと年配の姿に戻った。
「武器の効果ですか!?」
「そうだよ。ある日突然この杖がインベントリに入っていてね。しかもバトル王が実装されたその日にね。速攻でこの町をとったよ。」
【バトル王が決まり次第、優秀な人材にはチート武器を配って国が落とされないように調整していたからな。】
なるほど…
「そうだったんですか。驚きました。」
「さて、報酬は追って送っておくよ。」とヨハンさんに言われて、俺の口がアイツに変わった。
「いえ。お金や物は要りません。ただ…1つだけ俺の願いを聞いてほしいです。」
「願い?なんだね?」
「俺が今って言ったタイミングでログアウトをギルド員の全員に強制してほしいんです。」
「はい?」
「無理なタイミングでは言いません。確実な安全が確保されている時にです。」
「聞いてあげたい気持ちはあるが……あぁ、なんと言おうか…実は…ログアウトできないんだ。」と言った瞬間ヨハンさんは目を大きく見開いて口を抑えた。
「どうしました?」
「今までログアウトができない事を口にしようとした時、絶対に口が動かなくなっていたのに…。」とヨハンさん。
「今はまだログアウトはできません。でも、必ずできる時が訪れます。それを俺が合図します。ですからその時はギルドの方々にも呼び掛けて強制してほしいんです。」とヨハンさんの目を見る。
「……わかった。約束しよう。あのままでは私はいつかペナルティになっていたかもしれないからな。」
「ありがとうございます。」と言ってから俺の口の感覚が戻ってきた。
ヨハンさんとの話が終わって、シュトラウスのギルドハウスを出ると石畳で統一されたしっとりとした落ち着いた中世風の街並みが広がっていた。「うわぁ」と思わず声を漏らした。
所々に女神の石像がある。恐らくNPC達はこの女神像に毎日祈りとか捧げたりしてるんだろうな。そんな事を考えながら大規模な農村公園に辿り着いた。草木が美しく何かの模様になるようにカットされていた。際にあるベンチに座って報告書を書いていると人がちらほらと戻ってきたのか建物に明かりが灯きはじめた。少しだけ人の声もする。これが神聖帝国か。立派な国だ。しばらく報告書を書くことに集中していると夜になっていた。ホログラム画面を消して立ち上がった。
【終わったのか?】
「あぁ。もう送った。一回部屋に戻ろう。」
俺達はゲートを出してギルドハウスに戻ってきた。晩餐の時間には間に合わなかったから、24時間営業の食堂でご飯を食べる事にした。
夜も遅いから誰もいないかと思いきや、ちらほらと人がいて驚いた。
「よぉ!りき!!任務上がりか?」と大きな声でシュガーさんに声をかけられた。シュガーさんもご飯を食べていた。
「え?珍しいですね。シュガーさんが晩餐に間に合ってないなんて。」と言いながら食事をのせたオボンを持ってシュガーさんの隣に座った。
「そうでもないぜ。りきは長い間寝てたからな。最近のルナ班はほとんど欠席だ。どこもかしこも国が荒れちまってる。りきも国の救援に行ってたんじゃねぇのか?」
「はい、神聖帝国へ行ってました。」
「神聖帝国?あんな巨大な国にか?」
「はい。俺が着いた頃にはボロボロの廃墟になってましたよ。」
「あんな大国がか…。俺もさっき小さい国に行ってきたんだが、有害な虫が湧きまくってて、すげぇ気色わりぃんだ。なんとか神聖火って効果のある武器で追い払ったんだがな。女だったら卒倒してるレベルだったぜ。」と食べながら語るシュガーさん。
「虫は確かに嫌ですね。聞いてるだけでぞわっとします。」
「だよな。神聖帝国はなんだったんだ?」
「あー…砂の龍が暴れまわってました。本体を仕留めるのが大変で…。」って…俺は何もしてないけど。
「この仕事量じゃ、現実世界で社畜こなしてるのと大差ないぜ…って、やべ。早く食って寝ねぇと。明日早いんだ。」と言って、残りのご飯を流し込んで席を立つシュガーさん。
「お疲れ様です。」と言えば「おう、りきもゆっくり休めや。」と言ってシュガーさんは食堂から出て行った。
辺りを見渡せば、疲れを感じてそうな顔をした人がほとんどだった。それからルナ班の人とShift班の人が多めな事に気が付いた。
耳を澄ましてみればShift班はShiftさんからの無理難題をこなして疲れているのだとか。ルナ班の人は荒れた国の救援がメインだった。
食事を終えて食器を返している時にピンッとメールが届いた音がした。メールを開いて見ると次の任務が書かれていた。
【なるほど。次の任務は水の中か。】
え?水の中?
【シーレナ国。これはスペイン語だ。日本語に直せば人魚の国だな。シーレナの海辺の土地はいつでも凄い値段で取引されているほど美しい国だ。】
へぇ…凄いな。でも水の中って呼吸はどうなってるんだ?
【あそこの海には窒息がある。人魚の呼吸というアイテムを使うしかない。】
人魚の呼吸?持ってないな。
【インベントリを見てみろ。】と言われて見てみれば[人魚の呼吸]というアイテムがインベントリに入っていた。
入れておいてくれたのか?ありがとう。
【戻って早く寝ておけ。明日も忙しくなるぞ。】
あぁ。
俺は自室に戻って眠る事にした。
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