【冥界の箱庭】
俺は目を瞑ってエイボンをフルで頼りながら戦っていた。敵は…千翠さん。
フゥが上手く浮かしてくれて、ほとんどの素早い攻撃は回避できた。千翠さんの攻撃の中には絶対に当たってはいけない攻撃がある。【冥界の箱庭】だ。これは複雑な計算によって成り立っているらしい武器で、前回はそれを、上回る計算ができる咲だったから破られたけど今は俺一人だ。あれに捕まったら…ほぼ確実に終わる。集中しろ…絶対に魔力を切らすな…ハルの魔力回復のタイミングがバッチリなおかげでなんとか助かってる。
よし、やれる…と思った…ハナビのマグマプールの詠唱が終わって、それをかませば終わりだと思った瞬間、スゥが【冥界の箱庭】にパクリと飲まれてしまった。
「スゥ!!!」と声が出てしまった。でも打たないと終わらない「ハナビ!!」と叫んだ。しかしフゥの風がいきなりなくなって落ちてしまった。「ハル!!何やってるんだ!!」とエイボンが叫んだ。パッと空に浮かぶハルをエイボンの目から見て見ると大きな目を見開いて絶望しているようだった。俺は一度全員をタクトにしまって、大人しく【冥界の箱庭】に飲まれた。
「マスタぁ!マスタぁ!」とスゥの声が聞こえた。目を開けると the 闇 みたいな空間でコンクリートみたいな床に倒れていた。ほんと空がもう見えないし、灰色の煙が雲っぽく浮いてるし、霧はでてるし…最悪だよこれ。スゥの顔が視界に戻って、意識がハッキリしてきた。「スゥ、良かった…無事だったんだ。」とスゥの頭を撫でた。すると出していないハルが出てきた。
「ハル…ごめん。俺鈍くてさ、これからは気を付けるから…。」と言えばハルは「すみません。」と言う。ハルらしくない謝り方だ。中身は人間だし、外側でスゥと何らかの関係だったのかもしれない。そこはやっぱり大事にしてあげたい。勝手な想像だけど。
スゥがハルの近くに寄った。「スゥは死なないのでスゥ!…だからハルはマスターを困らせちゃめっ!なのですぅ!」と言いながらスゥはハルの頭にジョウロで水をかけた。「うん…あれ…おかしいな。記憶なんて…無いはずなのに…。」とハル。でもハルは泣いていた。だからスゥは水をかけてハルの涙を隠してあげていた。「記憶が戻りかけてるんでスゥ…もぅ、監視する人が他の事で手一杯なのですぅ…。」とスゥ。
「え?ちょっと待ってくれ…それどういう事だ?」
「マスターにはお話しておくべきですね。」とスゥはいつもの雰囲気と変わって少し悲しそうな顔をする。
「スゥ達は常に監視されていました。前のマスターの部下でしたから、記憶を取り出せないように制御されて監視されて、でもマスターが来てからは、そこに回してた人がなんらかの理由でいなくなったみたいで制御が解かれてしまったようです。今のところはスゥだけみたいです。でも、ハルは恐らく…スゥが飲み込まれてしまったのがトリガーになって少しだけ思い出してしまったのですぅ。」と最後は元のスゥに戻った。
「そうか、そうなのか。ごめんな。ハル。」
「いえ、断片的に…恐くって…。」
「戻って休んでて、俺一人でなんとかするから。」
「そんな!!無理で・・・」とハルが何か言いかけていたがタクトをしまった。
それから深呼吸をする。
俺はインベントリから黒い鍵を取り出した。
渡された瞬間は絶対に使うべきものじゃないし、最悪どうせ体が乗っ取られるんだろうって思ってた。試すなら今でいい。どうせ…アイツは俺に体を返す。そう確信していた。
【使わなくても力は貸せる。それを使う必要はない。】
アイツの声が聞こえた。でも、俺の今の体の状態じゃ上手く動けないかもしれない。自由に体が効く方が良いし…わかるだろ?
【変われ。】
そう。俺はこの鍵を使うとどうなるかまで、はっきりわかるくらいコイツと同化しつつある。体を貸したところで、なんら変わらないんだ。
黒い鍵を俺の胸に差し込んで回した。
目を開けると花畑だった。そこにはいつもいる咲がいなくて、俺一人だった。
空を見上げるとアイツが俺の体を使って上手く【冥界の箱庭】のギミックを解いていた。降ってくる無数の剣を難なくかわして、地図を暗記しているかのように道なき道を進む。俺が…俺が凄くスマートでかっけぇぇぇ!!!と本気で思ってしまった。これなら咲も…陽子も惚れるわけだ。動きがかっこいい。さすが社長というべきか…。様々なトラップを避けていく。
「千翠の悪い癖がでているな。なんでも綺麗に揃えたがるんだ。かと思えば最終局面まで突破すれば醜く粘着する。これで終わりだ。数式自体が破れて…世界の終わりがくる。」
アイツがそう言うと闇の空間に光が差し込み始めた。
「変わる。ハナビの詠唱を溜めて置け。」とアイツが言うと俺は地面に足がついたような感覚が急にきて少しフラついた。タクトを握りしめるとスゥが不安そうな顔をしていた。
「大丈夫。俺だよ。」とスゥを撫でる。「ますたぁー!!」と笑顔をみせてくれた。
「ハナビ、詠唱をもう一度頼む。ハルも頼む。」と言えばハナビはコクリと頷いて詠唱をはじめて、ハルは透けた桜の枝をとりだす。
フゥは何も言わずとも俺を完璧なタイミングで浮かしてくれる。そういえば…いつからだろうか、無邪気な悪ガキだったフゥが大人しく精密な技を出してくれるようになったのは…。フゥの顔を見て見れば顔はニコリとしていたが、昔みたいな無邪気さは感じられなかった。恐らくフゥも記憶が戻っているか戻りかけているんじゃないかな。
そんな事を考えながら【冥界の箱庭】を打ち破って、外へ帰ってきた。時間は全くほとんど立っていない。俺の視界の端に見える時計は【冥界の箱庭】に入った時、1秒が1時間な勢いで時が止まっていたからだ。
千翠さんは驚きの顔をして固まっていた。
さぁ、今度こそ終わらせよう。ハナビの詠唱が終わってマグマプールを放つ。
千翠さんは微動だにせず負けていく。
試合が終わってダリアさんが駆け寄って、未だに固まっている千翠さんの肩に手をおいて「どうした千翠。」と声をかけた。
「誰…です?…この戦術…まるで…。」と呟いたかと思えばダリアさんの手を無視して、千翠さんは俺の肩をガシッと持って揺さぶる。
「りき、誰に解いてもらったんです!?」と聞かれた。
【エイボン】と答えておけ。
「…小人の…エイボンです。タクトの作者は咲だから、後は咲に…。」
「陽子…そうか。陽子か。…たしかに不可能ではない…か。」と千翠さんは少し安堵して手を離してくれた。
「りき、次の試合まで休憩しておけ。」とダリアさんにいわれてベンチに座った。他の皆は長引いてるようだった。ダリアさんはスノーさんと当たっていて瞬殺してきたみたいだ。
スノーさんも椅子に座って次の試合待機していた。
俺の隣に咲が座った。
「咲…。」と呟けば…俺の意識が別のところへ行ってしまった。
花畑だ。そこには俯いた咲がいた。
「咲…。」と呟けば、咲は俯いたままツカツカ歩いてきて、俺の手を握った。
「あれほど…ダメだと言ったのに…どうして…。」と今にも泣きそうなうるうるとした目で俺に訴えてきた。
きっと鍵を使った事を言ってるんだ。この咲にはバレてしまったようだ。
「俺が鍵を使うくらいに考えが変わったように、アイツの…社長の考えも変わったんだよ。確かにアイツは最初鍵を渡した時、俺を飲み込もうとしてた。でも、変わったんだよ…こうして戻ってこれるくらいに。」
咲は涙を流して俺を抱きしめてくれた。それがとても…温かくて…俺も目を閉じて抱きしめた。
とても幸せな気持ちになった。
目を開けると、練習場に戻っていた。…あの咲はいったい…。
「りき、どうしたの?疲れちゃった?」と心配そうに俺の顔を覗き込む咲。
「うん、少しぼーっとしてた。エイボンの指揮が的確で助かったよ。」
「もちろん!優秀な子だからね!よくやったって褒めてあげないとね。」と咲は嬉しそうだった。
新年明けましておめでとうございます。日曜日定期投稿頑張ります。今年もよろしくお願いします!!