【適合失敗の過去。】
「ここの海はいつ見ても、綺麗ですよね。」という聞きなれぬ声が聞こえて、振り返ってみると水無月さんがいた。
「水無月さん…?どうしてここに?」
水無月さんは少し歩きながら辺りを見渡してとあるヶ所に指を指した。
「ここと…そこと…あちらに浄化の玉を投げ入れると良いですよ。」とニコリと微笑んでアドバイスしてくれた。「ありがとうございます。」とお礼を言って、アドバイス通りのところに浄化の玉を投げ入れた。
「これで下の世界に疫病が漏れる事はありませんね。」
「そうですね。」
水無月さんはずぶずぶと海の中に入って行く。
「水無月さん?」
「りきさん、此方へ。」と水無月さんに誘われて、護の顔を少しチラ見すれば護は首をかしげる。
まぁ、大丈夫だろうと俺もずぶずぶと海に入る。
「もっと近くへ。」と微笑む水無月さん。
近寄れば凄い力で腕を引っ張られて、直進していく。幸い深くはなくて足はギリギリついていた。
「りき!」と護が後ろから飛んで追いかけてきた。
「えいっ!!」と声と共に俺は滝に突き落とされてしまった。
「なっ!?どう…して。」
【チッ。水無月は月子の分身体だったな。導の方か。】
パチンッと指を鳴らす音が聞こえて意識が遠のいた。
次に目を開けると社長室に立っていた。
カタカタと忙しく鳴るキーボードを叩く音。
「俺の体はどうなった?」
「君の体は優が助けた。無事だ。」
「そうか。さっき言ってた導ってなんだ?」
「神崎の血による人格の一人、ヒトを導く神の事だ。」
「他は何の神なんだ?」
「真理の神、慈愛の神、知恵の神だ。」
「………気になってた事がある。その……。」と俺は迷っていた。
「ふむ。君との頭の回線を合わせる過程で君に私の過去を見せてしまった時の事か。特に気になっているのは…あぁ…適合の話か。」
「なんで…。」
「さぁな。だがこれだけは言える。この【リアル】という世界において、私は君をいつでも浸食できる存在だ。それは君も同じ事だ。私を取り込む事ができる。これを頭に入れておくといい。適合の話をしてやろうか?お前にとっては辛いものに………は、ならんか。」
その詰まりに違和感を感じ、一度は首を傾げて眉間に皺をよせたが俺自身はそれが不思議と理解できた。
「聞かせてほしい。…でも…お前あれから人が変わったかのようになったし…凄く辛そうだった。どうして聞かせてくれる気になったんだ?」
「当時は辛かったさ。胸をえぐられるような思いをした。君には全てを知って、その後で私に体を渡すか渡さないか決断してもらいたくてね。」
「渡すわけがないだろう。」
「さて、どこから話すべきか。私が神崎グループの会社に入社して、任された仕事が子供のお守りだ。神崎グループへの入社は知る人ぞ知る超難関。私は入社する事ができてとても嬉しかったさ。だからこそ最初の仕事に絶望した。その任された子供は神崎陽子のお守りだ。家庭教師のような事をしていた。双子の妹、神崎月子は神崎千翠がお守りしていた。そうして過ごしていくうちに違和感を覚えた。神崎家は歳をとらないという違和感だ。当時の神崎家当主神崎東宮と接する機会があって、俺は疑問をぶちまけた。『神崎家の人はどうして歳をとらないのですか。』と。東宮は少し考えてから『我々神崎の血筋は特殊でね。成人後は特に、ストレスを常に感じ続けないと若返ってしまったり、歳をとれなかったりする。細胞を修復する細胞をすり減らさないと歳を上手くとれないんだ。』ってあっさり答えてくれた。それを聞いた時 既に、私と陽子は恋仲だった。成長していく彼女を…愛してしまった。それを後日東宮に打ち明けた。許可はもらったが、もともと陽子と15は歳が離れていた。普通の人間の私は必ず陽子を置いて先に死んでしまう。そこに付け込まれたんだ私は。そう…神崎千翠にだ。良い方法がある。と…私に持ち掛けてきた。それは神崎の血で交換輸血する事だった。そうすれば若さを保てると。どうせ先に死んでしまう短い命、迷いなどなかった。当時の私は喜んで交換輸血をした。通常なら…若さだけを保っていられるらしい。だが、運悪く…真理が入ってきてしまった。真理人格による人格崩壊を起こした。そこで言われたんだ。適合に失敗しました。とな。」
「…そんな事が。」
「適合に失敗とは真理を抑え込む事に失敗したという意味だ。私の体は真理に乗っ取られた。ただ、もともとの真理の神が乗っ取ったわけでない。私と融合された真理だ。俺は勝手に動いて喋る私の体を…ただ…見ているしかできなかった。真理が全てを作った。この世界もだ。もちろん私の夢ではあった。一応素敵な世界だろう?」
「…まぁ、悪くはない。」
「はははっ。そう言ってもらえて嬉しいよ。私の肉体は…陽子が壊してくれたようだな。私を殺した時の陽子は…どんな気持ちだったんだろうな。」と切なそうな顔をした。
「泣いてた。」と俺は答えた。
「泣いてたか。どういう訳か、リアルでは私と君はアカントを共有しているようだ。私の真理を倒す為なら惜しみなく君に力を貸すという事を言いたくてね。随分と長話をしてしまった。」
長話どころじゃなかった。実際の映像をところどころ頭に叩きこまれたからだ。涙が止まらなかった。感情もすべて入ってきた。俺自身も胸をえぐられるような思いになった。
「お前は……でも、手段を選ばなさすぎだ。主導権は渡せない。目的の為なら非人道的な行為もきっとやってしまうだろうから。…お前は……悪くないように思えた。千翠さんが悪いようにも思った、けどよく考えてみれば一番悪いのはヒトを作った神だ。ヒトじゃないからヒトの事が分かってない。」
「神が悪か。神とは、この世界では絶対的な存在だ。それを悪か。」
「あぁ。そうだ。神が善とは限らないという事実に正直混乱する。けれども…。」
頭がクラっとした。急にどうしたんだ…俺…。
「そろそろ起きる時間のようだな。力が欲しければいつでも鍵を使え。」
「鍵は使わない。」
俺は目が覚めた。
無理矢理別の人の記憶を断片的に叩き込まれたせいで頭の中がしんどい。自然と眉間に皺がよる。
「良かった…。目が覚めましたか。」と護。
しっかり目を開けると、テントの中だった。俺はベッドの上にいた。
「ごめん、なんか…体が重いな。」
「はい。ゲートも出せないです。」と護。
「上には戻れそうかな?」
「水無月さんが連合外の人を雇っていて、ヤツデで飛ばされてしまったんで海まで走らないと戻れないかもしれません。」
「そうか。海まで天馬で行こうか。」
「はい。」
テントの外は夜だった。テントを畳んで直してから、天馬で移動を始めた。
しばらく飛んでいると天馬が消えてしまって、護の羽もパッとなくなってしまった。
二人して地面に体をぶつけた。体力が減って回復しなくて驚いて二人で顔を見合わせた。
「いったい何が…。」と護。
【村の近くでは飛行や幻獣が制限される。】
「良かった。じゃあ村の中は歩きで進もう。」というと護はコクリと頷いて歩く。
「りき、…聞きずらいのですが、眠っている間は何を?」
「社長と…社長の過去について色々叩きこまれてた感じかな。俺達の敵は間違えなく…今この世界をコントロールしてる奴だよ。」
「なるほど。」
「俺は…この世界を絶対に終わらせる。皆の為に。」
そう強く思った。じゃないと、衰えた人からきっと殺されていく。たくさんの人の力を借りないといけないと、絶対やり遂げないと。
「りき、あれを。村です。」と護が指さした先には村があった。