【ヤツデ】
………一ヶ月後………
僕は黄金洞窟に一ヶ月という長期間続けて籠り続けて…最後の1日を終えた夜…
「ふっ…最初は立ってるのがやっとだったというのに。良く成長しましたね。」と千翠さんに褒められるまでになった。
「すごいよねー!りき君やるぅ!まぁー1回だけ強制ログアウトしちゃってたけどね!」と千翠さんの副官イズールさんにも褒められた。
とりあえずクエストが終わったから地面に座った…。
「りきさん!凄いです!」と声をかけられて「ありがとう。」と言おうと顔をあげると…水色の髪の…ルナさんを中学生にしたようなAIが…でも…名前に澪って…
「え…もしかして…澪さん…ですか?」
「はい!今回の経験値でレベルアップしました!」
ほんとにAIは成長していくんだ…と驚いた。
「誰か…わかりませんでした。えっと…おめでとうございます。」
「ありがとうございます!」とニッコリ無邪気に笑う澪さん。
あぁ…たしかに…澪さんがルナさんみたいになるのかと思うと惜しい気がする。
僕は…休みなく…一ヶ月も籠り続けたのか…まぁ…一回だけ強制ログアウトをくらってしまったので一ヶ月まるまる籠ったわけではないけど。
そろそろ現実世界の方に戻らないといけない気もする…スマホで現実世界の時間を確認する。
「ん?どうかしましたか?」と千翠さんに聞かれた。
「いえ。現実世界は何時かなと思って…。」
「アップデートごとに…時間の圧縮が進んでいるからな。365日が1分とかになる勢いだ。恐いゲームだよ。」
時間は22時だった。
「あ。りき君もしかして時間表示つけてないの?設定でちゃんと時間表示つけておいた方がいいよー?現実世界に戻ったらおしっこ漏らしちゃってるかも。」
「ゴホンッ…その心配はないでしょう。体に異常があれば強制ログアウトになりますから。」
「あはは…。ゲーム始める前にトイレには行っておいたんで大丈夫だと思います。」
「ですが、常に表示にしておいた方が良いですよ。たまに現実世界と同じ時間の過ぎ方をする事がありますから。」
「あー!あったねー。急いでログアウトしたけど朝になってて、寝不足で仕事いったよぉ。」
「やっときます…。」
僕は急いで常に表示にした…すると腕を見ると小さなホログラム画面が現実世界の時計を表示していた。
「邪魔になるかと思ってましたけど…時計みたいになってるんですね。」
「そりゃ時計だし。」
いつも通りギルドハウスに戻って晩餐を終え…ベッドに潜りこむ…このベッドのおかげで一ヶ月耐えれた気がする…とベッドに感謝した。
あの埃っぽい匂いも今ではすっかり消えて…花の甘い匂いがするし…。
……この匂い…好きだ。………咲を…感じられるから。
もう…少し…もう少しだから…
そして翌日…
黄金洞窟の報酬で30BP入っていた。
恐らく…開催期間全部回せば…50BPくらいになってたのかな。
もう一生籠りたくないけど…あの強制ログアウトがなかったら…40Pいってた…かな。
コンコンとドアをノックされる音がして…急いでパジャマから普通の装備に戻して…ドアを開けると…久しぶりにシンさんが朝食を持って立っていた。
「あ…えっと…お久しぶりですね。おはようございます。」
「ぷふっ(笑)ずいぶんとオシャレな部屋になったね。何?そういう趣味?」
「ちっ違いますよ!……えっと…シンカさんに一式買うように勧められて…。」
「ふーん…通りで趣味が悪いと思ったよ。ま…香は嫌いじゃないけどさ。」とシンさんは部屋に入ってテーブルの上に朝食をおいてくれた。
最近はずっとルゥさんが持ってきてくれてたから…急いで装備戻したけど…シンさんでなんかほっとした…。
「…あの…なんかすみません…毎朝朝食用意してもらって…。」
「え?気づいてる?日に日に魔力値上がってる事に。」
「あ…はい。料理…のおかげですか?」
「そ。ヴァルプルギスの戦場前には幹部クラスになってもらう予定らしいからね。ルナ班って幹部クラスばっかりだし。外食は避けてね。」
「は…はい。」むしろ外食を禁じられるなんて…でも美味しいからいいです…それに高価な装備もタダでもらってるし。涙を流しながら料理の味をかみしめる。
「もう100BPたまった?」
「いえ…あと微妙に7ポイント足りなくって。それに一回クエスト中に強制ログアウトしちゃって…それが失敗扱いになってしまったんですよね。」
「ふーん。罰イチか。」
「言い方がっ!?」
「そんな事より。気を付けなよ?君の噂…少しずつ色んな人の耳に入ってきてるからさ。」
「え…。噂?」
「ミルフィオレに春風のタクトを使いこなす凄い新人が現れたってさ。」
「……そうですか。」こんな短期間でそんな噂が…。
「あ…そういえば…前から思ってたんですけど…ラートさんの班ってなんでいつも何も無しなんでしょうか?」
「え?あぁ。あの班は全部お金で…重課金者の班って言えばわかるかな?クエストは一部の物好きか手伝いでしかやらないだろうね。現実世界の金持ちの班。ゲームだからさ、お金でなんでもどうにかなっちゃうみたいだよ。」
「そうだったんですね。」
「でも…課金者も無課金者も平等になるように…クエストでの最上級武器は課金の武器と同じ威力がでるようにはなってるんだ。扱いにくいけどね。まぁ無課金者は罰を背負うリスクが高すぎるとだけ。」
「特別にラートさんの戦闘動画みせてあげよっか。」
「え!?あるんですか?」
「重課金者のラートさんがルナに負けてミルフィオレに入る事になった試合ね。」
ホログラムがテーブルの中央に現れて、ラートさんとルナさんがアトランティスの門の前で睨みあい…試合開始のカウントダウンが0になるのを静かに待っていた。
カウントダウンが0になった瞬間ラートさんの背後に大天使のような6枚の羽がある(先端が細い)大きな大きなロボットが現れて…光と共にラートさんがロボットに吸い込まれていった。どうやらロボットの中に入り込んだようだ。
羽の先端から強烈な光のビームが発射され…口からも虹色のビームが発射され…ルナさんを一点集中で攻める。
ルナさんは傘で防御するが防御しきれないようで避けようとしても避け切れず…そのまま体力を削られてしまって…ドラゴンになった。
ドラゴンとロボットは互角だったけど、ロボットは羽をもがれて…真ん中を割られて…
「え…こんなの…武器が壊れていくなんて…。」
「あ。知らないんだ。武器や防具には耐久度があってさ。各町に修理台があって、壊れても修理できるし耐久度減ってるなら修理しといた方がいいよ。ま、お金はとられるけどね。」
耐久値が減っていくと…こんな壊れるモーションになるのか。
ラートさんがロボットから追い出されてしまって別の武器で戦おうとするが…ルナさんの踏みつけによって負けてしまったようだ。
「こんな…あっさり…ズルじゃないですか…。」
「そうだよ。じゃなきゃ…3000ちょっとの少数ギルドがヴァルプルギスの戦場で1位になれるわけないでしょ。」
「1位!?え…ここって1位なんですか?」
「まぁ…ずっと大手ギルドには勝てずにいてさ…ヴァルプルギスでランキング1位になったのはラートさんが入って班を作ってからかな。」
VTRの最後は…突然ルナさんがショートしたのか元の姿に戻って終わっていた。
「…あれ?シンカさんが止めに入ったんじゃないんですね。」
「あぁ。うん。だってこの頃はまだ僕らいないから。主人の戦闘VTRは鍵のかかってるの以外は自由に閲覧できるんだ。」
てことは…千翠さんが…。
「ラートさん…あの武器いくらしたんでしょう…。」
「1000万って言ってたかな?……ゲーム的ににはまぁ凄いとは思うけど現実はどうなの?」
「超大金ですよ。ほいほいだせる金額じゃ…ないです。」
「へぇ…興味深いや。」
朝食の後、シンさんとゆっくり現実世界のあれやこれやについて喋っていると昼になった。
「っと、もう昼か。ランチ行こっか。」とシンさんに提案されてついていく事にした。
ギルドハウスを出てアトランティスの城下町を歩いているとシンさんからパーティー招待がきた。
「ん?」
「さっきも言ったけど、君…狙われてるから。僕とPT組んどけば単体のパトルにはならないから…。」
「え…そうなんですか?」
「……ほんと知らない事多いよね。パーティー組んでる時はパーティーでのバトルになるから、一対一…つまりタイマンに自信がない人はだいたいパーティー組んだりしてるよ。」
とりあえずパーティーに入った。
「このゲーム…覚える事が多すぎて…。」
「完全な初心者だったら楽だったのにね。チュートリアル学校からスタートするらしいから。」
「聞きました…良いですよね。僕の時はそんなのなかったのに…。ただバトルとクエストするだけのゲームだったはずなのに…。」
シンさんについて歩いていると…一軒の氷に包まれた見覚えのある古風な店にたどりついた。
「どこも氷に包まれてますね。」
「…夜はキラキラして綺麗だって評判だよ。…僕も君のおかげで少し理解できるようになったよ。」
店の中に入ると錆びれた感じの古風なデザインで…僕たちはボロボロの椅子に座った。
「あれ?…ここ…シュガーさんと来た事が…シンさんもいた店ですよね?」
「そう。ここ…覚えといて。基本的に君が食事をとるのはここ。」
「え?」
「いらっしゃいませ。」と声をかけてきたのは…美しい女性店員さん…紫色の長い髪をポニーテールにした超美人なスタイルの良いお姉さんで…名前がなかった…。
「クスッ…なんて顔してんの。あぁ…はじめてだよね。名前の無いAIに会うのは。」
「クスクスッ…ここでは珍しいですよね。はじめまして千年と申します。千翠様のAIです。」
「え……えっと…はじめまして…りきです。」
最初来た時は…AIがどういうものかとか…それどころじゃなかったから全く気付かなかった…。
「大丈夫ですよ。捨てられたわけではないんです。ここでお店を開き続ける事こそが私の使命なのです。」
「千年は…シンカと同じく料理スキルと薬剤スキルが上限値を超えてて…基礎体力と魔力向上の特殊料理が作れるんだ。」
「そうなんですか。」
「はい。お待ちくださいね。」
「AIは一人3体までだからさ。千翠さんは数十体持ってて…育てては切り捨てして色んな国に忍ばせてるんだ。」
「あの…強いAIを作って…か弱い人につけてあげたら…その人凄い強くなるんじゃ…。」
「あるよ。そういうの。でも…僕らにはちゃんと心があるから…切り捨ても簡単じゃないんだ。一度切り捨てられたら…酷いショック状態になって…」
「一度記憶とスキルの出し方…料理のレシピ等々…粉々に砕かれるような感覚になって…そして…使い物にならなくなってしまうんです。」と千年さんが説明しながら料理をテーブルに置いてくれた。
「え…じゃあ…どうやって…。」
「千翠様は切り離したあと…それはそれは手厚い看病をしてくださいました…そのおかげで…8割ほど修復されたのです。」
「これは出回ってない情報だから内緒だけどね。」とシンさんが運ばれてきた料理を食べ始めた。
僕も「いただきます。」と言ってから料理を食べてみると…本当に美味しくて…力が湧いてくるような感覚になった。
「シンカのより美味しいよ。」とシンさんが言う。
「ありがとうございます。」と嬉しそうに微笑む千年さん。
「そういえば、武器は揃った?」
「あー…だいたいは…でも風を操るフゥの武器と温度を温かくする能力があるハルの武器くらい…で…二人には何の武器が良いかがさっぱりで…。」
「風…でしたら江戸の町の天狗城名物「ヤツデ」を購入されるとよろしいかと。」
「あ…そんなオモチャあったね。」とシンさんが細い目をして遠くを眺める。
「風を起こし、強風を吹かせ…竜巻を作ることもできます。ただ…とても使い物にはならないですが…。」
「いえ、僕のフゥにはピッタリかもしれません。」
「あとはー…温度ね…。ちょっと武器に何が欲しいかきいてみよ。」とシンさんに言われたのでタクトを握りしめてハルを呼び出した。
「話は聞いてたよ。武器かぁ。氷と雪を溶かすのには強いけど…あとは…んー…ない…かも。あ…でも!前の主人には桜の木の枝っぽい武器もたしてもらってたような…昔すぎて記憶が曖昧だけどさ!武器の名前も忘れちゃったよ。」
「桜の木の枝っぽい武器…。」
「桜の木の枝っぽい武器か。江戸かサンフラワーらへん…かな。」
「いえ…千翠様なら…こう考えます。木の枝っぽい武器…と。桜の花は淡い桃色です…その武器4は何色か覚えていませんか?」
「色か…あぁ!確かに!灰色っぽい色をしてたかも!でも…淡い桃色にも似てたような…桜のお化けかな。」
「桜のお化け…。」
「桜のお化け…あっ!!…まさか【ラストカントリー】の「ゴーストチェリーブロッサム討伐」最上級のレア報酬…?」
「そのクエストの武器ってどんな効果があるんですか?」
「武器じゃないんだ。睡眠耐性と氷雪体制のついたただの盾なんだ。見た目は淡い桃色の桜の木の枝が透けたような感じ。」
「盾…。」
「中途半端なバトルポイントを補うには丁度良いんじゃない?」
「最上級って事は…24時間以上かかるんですよね?」
「当たり前。あのクエは長いし周回しないと出ないだろうから、近いうち誰か見繕っていくよ。」
見繕うって…
………なんだか…ここ最近はずっと…同じクエストを毎日毎日繰り返ししてたから…こうやってお店でランチなんて久しぶりだ。
「えっと…この後はどこへ行くんですか?」
「江戸。」
食事が終わって店を出て…すぐに【江戸】に飛んだ。
「召喚!冥府の馬!」とシンさんが言うとどこからか紫色の炎のような鬣の白い馬が目の前に出てきた。
「うわっ。どこから…。」
「これはクエストの記念品。記念品ってのは…装備してなくても使えるアイテムの事ね。」
「へぇ…。」
シンさんが軽やかに馬に乗った。
「ちなみに…乗馬スキルが100ないと移動用には使えないから。後ろはスキル無くても乗れるから早く乗って。」
「はい…。」
乗るのも難しい…鐙に足をかけて頑張って乗った。
「じゃ、いくよ。捕まってて。」
馬で町を駆け抜けるのは凄く気持ちよかった。
どんどん山奥に入って行って…最後はお寺のような外見の城にたどり着いた。
そこで馬が消えて僕は尻餅をついた。
「あ。ごめん。」
目の前には石の階段があって…どこまであるかわからないくらいに長そうだった。
「ここ、登った先に…売ってるから。」
想像通り長い階段を30分くらい上がって…やっと門の前について地面に座り込んだ。
シンさんに飽きれ口調で「さっさと買って安全地域に入るよ。」と言われて、立って門の中に入るとすぐそばに[ヤツデ]屋さんがあった。
看板にもヤツデと書いていて…AIの売り子がいた。
「いらっしゃいませ!ヤツデ3000enです!」と言われて3000en分のコインが入った袋を差し出すとヤツデをくれてインベントリに表示されてすぐフゥに装備させてみた。
「じゃ、階段降りて早くギルドハウスに戻るよ。」
「え…階段降りないといけないんですか?」
「はぁ…MAPをよく見なよ。この城の敷地内はゲート禁止区域。」
「そ…そんな設定が…。」
渋々また30分かけて降りて…降り終わった瞬間…
突然バトル開始の画面がうつった。