【神崎優】
晩餐が始まった。
テーブルには豪華な食事が並ぶ。
「皆、窮屈な思いをさせてごめんなさい。だけど、そうしないとペナルティになってしまう人がたくさんでてしまうかもしれないの。」とルナさん。
すると「命がかかってるんです、大丈夫です!」と声が聞こえた。他のギル員達も「大丈夫」と声を上げた。
ヴァルプルギス前のギルド状態だったら絶対に文句を言ってただろう。本物の命がかかっていると分かった途端にみんなが一丸となっているのがわかった。
【馬鹿共め…一度頭を打たんとわからんのか。】
嫌な声が頭に響いた。咄嗟に両耳を抑えた。………時々くるこの声はいったい?
もう声は聞こえないようで手をおろした。
ゲートの影響なのか…なんなのか。
「みんなにはアップデート内容が頭に入ってるかどうかテストしてもらって、80点をとった人から自由に外出して良い事にします。試験会場はここの部屋の隣に設置しました。それからアップデート内容が書かれた本をみなさんにプレゼントします。ほぼ全てテストにでます。」とルナさん。
これにはギル員達は「最悪だー…。」「やるしかないのか・・・。」等と言ってた。
それでも断固拒否するような人は現れなかった。
プレゼントが届きましたとホログラム画面がでてきた。受け取ってみれば学校の教科書並みの分厚さをしていて、これがほぼテストに出ますって…鬼じゃん。と思った。
そういえば幹部席にジョンナムさんとレイニーさんの姿がなかった。それからパンデミック卿とユナさんの姿もない。千翠さんがいるって事は無事に試験をパスしてる…って事なのかな。
東屋さんが晩餐に出席してる事が少ないからいなくても特に違和感がないな・・・むしろ出席してる方が違和感だ。リオさんもいない。
「それではみなさん、良い晩餐を。」とルナさんがテーブルに置いてあった金色の杯を持って高く掲げてから椅子に座った。
俺も頑張らないと…。
晩餐が終わって自室に戻って、直ぐにベッドに入った。今日はやけに疲れた気がする。
あぁ…俺…真理の扉切ってない気がする。
また切り忘れた。
寝る前に思ったのは咲の事だった。あの時々頭に響く声の主は…ムーンバミューダ社の社長の声なんじゃないかなって思った。
だから…その社長が俺を通して監視か何かしてるんじゃないかとか…本当はそれが不安だった。
でも咲に打ち明ける勇気だとかそういうのが無くて…。
「大丈夫ですよ。」と咲の声が聞こえた。
目を開くとお花畑にいた。そして咲に膝枕されて仰向けになっていた。
「大丈夫…?」
「はい。今不安に思っている事全て…今は忘れましょう。」と上品に微笑む咲。
「君は…誰?」
「私は…咲です。」
「…俺が知ってる咲と…全然違う。」
「いいえ、同じです。」と少し陰りのある顔をする咲。
「同じ……どうして……。」と俺は手を伸ばして咲の頬を触る。咲はその手の感触をより感じる為か目を瞑った。
「これは夢?」
「夢です。」
「そっか…。俺、夢ではこういう咲が好きなのか。」
「そうかもしれませんね。」
いや…待てよ…最初の感覚は真理の扉に入った感覚だった。今は夢にも感じられるけど…。
「不思議な感覚だ。」
「さぁ、寝てください。また寝不足になってしまいますよ。」と咲は俺の頭を優しく撫でる。
「うん…。」
「そして…できればどうか…今は…私を探ろうとしないでください。」
…それってどういう…意味…
目を覚ますと朝だった。
ぐっすりと眠った気分だ。
隣に咲の姿は無かった。
ベッドから出て、着替えて、リビングに入ると朝食がテーブルに置かれていて、護が座っていた。
「おはよう。」
「おはようございます。朝食、先ほどシンさんが運んできてくださいました。先輩はルナさんのところへ行きました。」
「そっか。」
俺は椅子に座って朝食を食べ始めた。
「りきが寝ている間に少しお邪魔して意識共有をしておいたので、一度目を通すとすんなりと頭に浸透するはずです。」
「ありがとう、ごめん。色々。」
「いえ、僕について…真理の扉を使った事ありますか?」
「ん?まだないな…あんまり見ない方がいいかなって思って。」
「なら…見て置いてください。」
「え?いいのか?」
「僕は…先輩に会うまで自分の事がぼんやりとしかわからなくて、仕事だからそれでも良いやって思ってました。……先輩に出会ってから色々と思い出して、それで今朝完全に思い出して、今どういう状況にあるのかを…。どうか…僕の意思をくみ取ってください。」
朝食を終えた後、再びベッドに戻った。護がベッドの近くに置いてある椅子に座った。
食後すぐに寝るのは気がひけるけど…護の意思を受け取りたくて俺は護を思いながら真理の扉を開いた。
僕は…神崎 優。ムーンバミューダ社の社員だ。
そして目の前には陽子がいた。
「神崎先輩、どうしてこんな大きなプロジェクトを僕に?」
大きなプロジェクトとはAIシステムの開発の事だ。
「貴方が神崎だからだよ。」と陽子。
「答えになってませんよ。それって気分って事ですか?」
「神崎グループの血が入ってるからだけど?」
「苗字が一緒なだけで僕には神崎グループの知り合いも親戚もいませんよ。」
「大丈夫。優君ならできる。」
「…あの、実は明日長年付き合った彼女と結婚するんですよ。有休もとってますし、式だって…もう抑えてあって…このプロジェクトをする暇がなくって…。」
「…ダメなの…。君じゃなきゃ…。」
「そう言われましても…。」
「君じゃないと…。だから…ごめんね。」と咲はとても悲しそうな顔を浮かべた。
突然クラクラしだして視界が段々とぼやけた。
いったい何が起こったのだろうか…。
次に目を開くと、パソコンに向かって一生懸命プログラムを打ち込んでいた。
結局陽子さんに任されていたプロジェクトの開発をしているようだった。
どうしてやる気になったんだろうか?
今ここにいる自分は自分でもあり、護でもある。…護の記憶を辿れば…もう何も覚えていなかった。
先ほどまであった愛しい彼女を思う記憶がぽっかりとなかった。僕はこの会社に全て捧げる…そんな強い意志をもって仕事をしていた。
おかしい…恐らく陽子が何かをしたという事だけわかる。
それからはセーレとなって俺と出会って…俺との冒険の記憶が流れる。
そして、ヒルコさんを倒す時、咲と護が出会った。そこで愛しい彼女の顔が浮かんだ。
誰の顔でしょうか?くらいに思ってスルーしていた。だけど、日を増すごとに彼女との記憶が…覚えのない記憶の夢を見るようになった。
……そう、回路をいじるたびに記憶が蘇ってくる。
全てを思い出した時、神崎陽子に怒りを覚えた…でも同時に…結局俺が開発しないと人間が滅びる未来が待っていた。
先輩が謝っていたのを思い出した。
憎いけど…憎み切れない…。だって…先輩は…もっと大きなものを背負って…一人で戦っているから…。僕たち人間の為の一人で戦っている。
僕は…現在自分の力だけではもう外に出られない…だからどうか…。
本当は…あの時、初めて出会った時、陽子さんの匂いを持つりきに本能で「助けてくれ」と…そんな思いもあってついて行こうと思ったのかもしれない。
どうか僕を彼女の元へ…。
目が覚めた俺の片目から一筋の涙が流れた。護は静かに微笑んでいた。
「護…俺、絶対に皆を解放してみせるから…護も解放できるように…頑張るから…。」
「…全てを背負わせてしまう事をお許しください。」
「護、俺は背負わない。」と言うと護は「え?」と少し驚いた顔をする。
「俺は背負わないよ。みんなで背負うんだ。」
「みんなで…?」
「うん、俺一人じゃ無理だよ。…無理なんだ。俺ができる事はもちろん全力でやる。ここは…ここの人達はみんながみんな自分にできる事をしっかりこなしてる。だから…一緒にがんばろう。」
「りき…アナタという人は…。」と護は困ったような笑みを浮かべる。