まつろわぬ民 第五話
日は完全に開け切った。しかしながら霧はさらに立ち込めて、城の辺りだけでなく油川の町の方への流れいき、浄満寺や明行寺の辺りも霞んでいる。加えて空気がひんやりとした冷たい朝。誰もが眠らずに疲れはてており、手で目ヤニを取りつつ、近くに流れる天田内川で顔を洗うのだ。そうして気を再び引き締めて、持ち場へと戻る。次に自分の代わりに今度は別の者が川へと向かい、朝餉を喰らう。……包囲されている側からすれば、このようにはいかないだろうが。
予定通り朝のうちに、大浦軍より使者が浄満寺へ派遣された。戻ってきた使者が言うことには、寺に籠る者らは所詮大将を決めてもいない烏合の衆である。ただし共通の意志のもと動いているようで。はっきりと “従わぬ” と言い渡されたという。昨晩長きにわたり戦った勢いのまま。疲れこそあれど士気は未だ高い。これは絶対に挫かなくてはならぬ……。
ならばと霧が抜けた巳の刻ほどか。隣の明行寺ならびに浄満寺を包囲する大浦軍併せ兵千五百は、浄満寺へ向けて一斉に矢を放った。外側から壁を越えて境内へ。止むことのないその矢の嵐に、籠る者らは慌てて建物の中へ避難する。……確かに中へ逃げてしまえば矢に当たることはない。しかし風が揺さぶられる音は中の者らを十分に怯えさせた。いつしか障子は破れ、木戸には何百本もの矢が刺さり、地面には無雑作に落ちている矢の哀れな姿が散らばる。その横には逃げ遅れた兵や民の体が横たわり、すでに声も発せぬ彼らは、生きている者らの心に十分な陰を落とす。
今にも攻めて来るのか、来ないのか……。矢が飛んでくるばかりで来ないようだが……。
”南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……”
中に籠る者。誰もが口ずさみて、難の過ぎ去るのを待つ。
そのうち矢の降りやまぬ外を思い、誰かが叫んだ。
”南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、これを何遍となえれば、極楽浄土へ行けるやら”
油川の辻辺で、かつて尼の妙誓が皮肉を込めて唱えていた言葉……。真宗ひいては仏門全体をからかっている。当時はむりやり出家させられたばかりで、非常に荒れていたころだったはず。南無阿弥陀仏を繰り返し唱えるだけで、もしくは経典をそらんじることで幸せになれるのかと、師匠である頼英に生意気にも食って掛かったことがあった。その光景を……この者は印象深く覚えていたのだろう。
現に我らは攻めたてられて、幸せになどなっていないではないか。死んだところで果たして極楽浄土へ行けるのかと。世の中のすべては……嘘でまみれている。




