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津軽藩起始 油川編 (1581-1585)  作者: かんから
第八章 奥瀬善九郎、田名部へ去る 天正十三年(1585)三月二日未明
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油川入城 第一話


 ……舟は出る。静まり返った海は、ひたすら暗くて濃い青色。ただし漆黒にはなり切れず、奥底が見えるくらいの透明感を持ち続けている。空のように完全に真っ黒になることはなく、人が浜辺を動けば、しっかりと影をうつす。どんな影でも否応(いやおう)なくうつす。



 波が騒げば音は鳴る。浜辺を歩けば草履と砂が擦れる。たまに貝の破片も混ざっているか。ただしどちらも似たような音でしかない。……油川の浜辺はこのような感じだが、田名部(たなぶ)ではどうであろうか。……おそらくは同じだろうが。



 奥瀬(おくせ)善九郎(ぜんくろう)は舟に乗る。急な話だったので大きな船は用意できないし、奥瀬自身大げさなものを(ほっ)しなかった。東の海岸線を(つた)っていけば南部領。いずれは田名部に付くのだから、わざわざ危険を冒して海のど真ん中へ進む必要はない。小舟で十分。


 敗れた将ならば静かに去るべきと、城を出てすぐ浜辺へ向かった。そして元服前の息子と妻を乗せ、後は船頭のみ。ゆっくりと東へ東へと舟は進む。……ただし奥瀬の意に反して一人、また一人と浜辺を歩む人が増える。そしていつしか群れとなり、百人、二百人は同じ方を向き、同じ方へと歩く。油川の殿様を行かせてはならぬ、戻って来いよと叫ぶ者もおり、海に浮かぶ舟へと涙するのだ。


 奥瀬はこれではならぬと、わざと彼らに見えぬ方へ進めと船頭へ指示を出した。そしていつしか姿は浜辺から見えなくなり……町衆や将兵らはその場に立ち尽くした。



 遠く遠く、さらに遠くへ……。


 残るは名残惜しさ。いつしか朝日は上り、民衆は油川へ帰らざるを得ない。彼らは日々の暮らしがあるし、これからも生きていかねばならぬ。領主が変わってもやることは同じ。



 ……………






 同日明朝、大浦為信率いる三千兵は油川へ入った。今羽街道(現、奥州街道)と大豆坂(まめさか)街道の両方より、西と南から侵攻。途中で ”謎の松明が山で掲げられている” との報があれど、こちらへ誰かが攻めてくるような気配はなし。警戒のために歩みを止めていると、油川より降伏の旨が到着。為信弟の久慈信勝と明行寺(みょうこうじ)頼英(らいえい)の連名にて城が明け渡されたとの知らせを受け、本来行うはずだった夜討ちを中止。改めて日が昇ってから入城する運びとなった。


 道を進むと町へ入る。所狭しとならぶ町屋の数々、聞くところによると千軒も連ねているらしい。そこに住まう民衆や他国より商いに参っている者と様々だが、怪訝な顔つきで兵が進むのを睨みつける。


 そして目の前には開け放たれた城門。脇に控える将兵。誰もが武器を持たず、大浦軍の城へ入るのを誰も止めない。ただし憎しみを抱いているのは十二分に伝わってくる。



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