油川入城 第一話
……舟は出る。静まり返った海は、ひたすら暗くて濃い青色。ただし漆黒にはなり切れず、奥底が見えるくらいの透明感を持ち続けている。空のように完全に真っ黒になることはなく、人が浜辺を動けば、しっかりと影をうつす。どんな影でも否応なくうつす。
波が騒げば音は鳴る。浜辺を歩けば草履と砂が擦れる。たまに貝の破片も混ざっているか。ただしどちらも似たような音でしかない。……油川の浜辺はこのような感じだが、田名部ではどうであろうか。……おそらくは同じだろうが。
奥瀬善九郎は舟に乗る。急な話だったので大きな船は用意できないし、奥瀬自身大げさなものを欲しなかった。東の海岸線を伝っていけば南部領。いずれは田名部に付くのだから、わざわざ危険を冒して海のど真ん中へ進む必要はない。小舟で十分。
敗れた将ならば静かに去るべきと、城を出てすぐ浜辺へ向かった。そして元服前の息子と妻を乗せ、後は船頭のみ。ゆっくりと東へ東へと舟は進む。……ただし奥瀬の意に反して一人、また一人と浜辺を歩む人が増える。そしていつしか群れとなり、百人、二百人は同じ方を向き、同じ方へと歩く。油川の殿様を行かせてはならぬ、戻って来いよと叫ぶ者もおり、海に浮かぶ舟へと涙するのだ。
奥瀬はこれではならぬと、わざと彼らに見えぬ方へ進めと船頭へ指示を出した。そしていつしか姿は浜辺から見えなくなり……町衆や将兵らはその場に立ち尽くした。
遠く遠く、さらに遠くへ……。
残るは名残惜しさ。いつしか朝日は上り、民衆は油川へ帰らざるを得ない。彼らは日々の暮らしがあるし、これからも生きていかねばならぬ。領主が変わってもやることは同じ。
……………
同日明朝、大浦為信率いる三千兵は油川へ入った。今羽街道(現、奥州街道)と大豆坂街道の両方より、西と南から侵攻。途中で ”謎の松明が山で掲げられている” との報があれど、こちらへ誰かが攻めてくるような気配はなし。警戒のために歩みを止めていると、油川より降伏の旨が到着。為信弟の久慈信勝と明行寺頼英の連名にて城が明け渡されたとの知らせを受け、本来行うはずだった夜討ちを中止。改めて日が昇ってから入城する運びとなった。
道を進むと町へ入る。所狭しとならぶ町屋の数々、聞くところによると千軒も連ねているらしい。そこに住まう民衆や他国より商いに参っている者と様々だが、怪訝な顔つきで兵が進むのを睨みつける。
そして目の前には開け放たれた城門。脇に控える将兵。誰もが武器を持たず、大浦軍の城へ入るのを誰も止めない。ただし憎しみを抱いているのは十二分に伝わってくる。




