禅譲 第三話
信勝は固まったまま。怒りたいのだが……耐えがたい疲弊感、徒労に終わったすべての事が嫌になり、結局は何もなしえずに終わる哀しさ、己を抜きにして事は進んでいく。
そんな信勝をよそに、兄の為信は矢継ぎ早に家来らへと指示を出していく。
「兼平、お前は民の動揺を鎮めよ。他国者がむやみに暴れぬよう、商家長谷川にも令をだせ。」
「金は今羽街道を、小笠原は大豆坂街道を押さえ、知らせが油川や横内に伝わらぬように封鎖せよ。森岡は梵珠山から北方に兵を散らばせ、怪しい者がすり抜けて油川へ行きつかぬように手を配れ。」
それぞれの家来らは “はっ” と威勢よく返事し、各々散らばっていく。彼ら全員を信勝は知っているが、忙しいためか信勝にわざわざ触れようとはしなかった。
そして……
「沼田。最後の頼みだ。御所号が落ち着かれたら、館野越へお移りいただけ。土地は用意しておるから、子孫代々そちらでお過ごしになればよろしい。特に当人には謀反の気はない。道すがら殺すなどということは考えぬように。」
沼田は少しだけ苦笑し、
「もちろんでございます。殿が御所号の地位を継いだのですから、彼もまた立派な御一門でございます。無碍なことは致しますまい。」
為信は頷き返し、沼田はさっそく奥の方へと消えていった。白取も浪岡城内の使用人らへ説明するためにその場を去り、主だった者で残るは為信と信勝……。
信勝は残る気力を振り絞り……兄を睨んだ。兄は真顔を貫き、信勝と相対する。
「……もしや同じ奉行衆の東殿を油川へ準備に行かせたのも……この企みのためでございますか。」
「その通りだ。残る奉行はお前と千徳殿のみ。千徳殿を企みには混ぜていないが、こうなってはご納得していただくほかないだろう。」
信勝の身体は小刻みに震え……無意識に拳を握っていた。




