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津軽藩起始 油川編 (1581-1585)  作者: かんから
第六章 堤弾正、暗殺 天正十二年(1584)秋
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始まりの合図 第四話

 奥瀬(おくせ)善九郎(ぜんくろう)の長子と為信の長女富子との婚姻……。歳は九歳と七歳。結ばれるには早すぎるが、戦国の世を見渡す限り珍しくない。今は亡き織田信長だって、娘の婿取り相手を四歳の時に決め、八歳になって送り出した。誰が見ても政略結婚だが、津軽と外ヶ浜(そとがはま)の無事の為なら致し方ない……。


 この話を沼田祐光に向けて(したた)めるは久慈信勝。彼は今でも白取(しらとり)氏と大浦氏が姻戚になったことで、津軽の平和が保たれたと信じている。あくまで他の要因によるものでしかないのだが……信勝の骨折りは無に等しい。かえって事態を複雑なものにしているともいえようか。



 雪が津軽の大地に降り始めた頃……沼田は何重にも(わら)を身に着け、密かに浪岡の長谷川(はせがわ)三郎兵衛(さぶろうひょうえ)の屋敷へ。寒い夜長、他の隠れ住む野郎どもと語らいつつ、信勝のやってくるのを待つのだが、ずっと信勝の空回りぶりを野郎どもは嘲笑う。その様子を見て沼田は微妙な気持ちになったが、ある意味で信勝がこれからも頑張ってくれるおかげで “策” が成り立つのだから、途轍(とてつ)もなく可哀そうな話である……。


 そして信勝は(ふすま)をあけ、皆々に軽く会釈をしつつ、暗い一室に入った。沼田の姿は一番奥に、真正面には明るく光る火鉢。同じくして野郎どもは笑うのをやめた。それでも少しだけ、声が漏れてしまう。信勝は……そのわけも気になるが、それよりもまず沼田と話さねばならない。



「書状にも書いたが、奥瀬と大浦の婚姻。もし兄上がご納得なさるのなら私は油川を訪ね、奥瀬殿にもお話をさせて頂きますが。」




 沼田は……彼の空回りぶりを可哀そうに思う。終戦の責任と諸将の恨みを一心に引き受け、心が枯れても浪岡に詰めるいじらしさ。ああ、私がまだ占い師ならば救ってやりたい。だがそれは無理な話。信勝をあくまで “駒” として扱うが軍師の本領。


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