蝦夷荒 第五話
“蝦夷荒”という現象が為信治世の津軽で起きたらしい。あまり知られていない事実だが、津軽にはエゾ……つまりアイヌが多く存在し、各々エゾ村を営んでいた。その存在が危ぶまれることがあったからこそ、大浦家に対して反乱を起こしたのだ。
商家長谷川と兼平より今後のことを聞いた他国者ら。そのほとんどが土地を借りることを望み、誰もが雪崩をうってエゾ村へ向かった。……ただし一部の者は大変横暴で、エゾ村へ堂々と押し入り、食料は盗るは娘を奪うなどと狼藉を働いた。もちろんエゾ衆は“約束が違うぞと”いきり立つ。
そして津軽衆を含め、和人……を信用できなくなったエゾ衆は、武器を持った。
入植する誰もが都合の良いようにとらえ、その顛末はこの様だ。結局は他国者からすればエゾ衆は“狄”でしかなく、津軽衆以上に違う存在。風俗も違えば言葉もわからぬ、まるで動物のよう。角兵衛らからすればそのような目線となってしまう。だからこそ “土地を借りて耕してもよい” と許された時には、エゾ衆に感謝する心よりも、そこで暮らす彼らを教え諭そうという意識の方が上回った。残念ながら“この”あたりが津軽衆と感覚が違っていた。津軽衆……在来の民からすれば、同じ土地に暮らす仲間。風俗は違えど互いの言葉はなんとなくわかるし、さらには血縁がある者もいるほど。長い年月を経て、明確にどこからがエゾ衆でどこからが津軽衆か、その境界があやふやになっている村も確かにあった。それでも坂東や上方からやってきた他国者からすれば、明らかに違うように見えたのだろう。そして彼らを下に見た。その意識を持っているからこそ、“教え諭そう”という行動へとつながる。そして“教える側”なのだから、土地の耕作者としてエゾ衆に我らと同じように鍬を持たせようとした。エゾ衆の存在を軽く見たからこそ、先の村を焼く事件が起きたともいえる。
他国者らは兼平と商家長谷川が申したと建前を口にし、我が物顔で村へと入る。そしてエゾ衆をこき使おうとし、お前らは“教わる側”なのだから俺らに従えと……。
残念なことに、エゾ衆から見れば津軽衆と他国者は似た者同士。津軽衆とは近しいが、同じ和人でしかない。嘘をついたことに変わりない。生命の危機ならば……徹底的に抗おう。
こうしてエゾ衆は蜂起し、戦の収まった津軽に新たなる火種が生まれた。




