家族の事 第一話
「父上。今日はたいそう朗らかで、よき頃合いでございますね。」
……城の屋形の縁側にてくつろいでいると、彼の息子が話しかけてくる。六歳になった平太郎は為信の長子だ。大きな病にかからず、よくぞここまで育ったものだと感心する。
「ああ。小笠原に稽古をつけてもらうか。学問は日の晴れぬ時でよかろう。」
平太郎(信建)は満面の笑みで返し、自然と為信の顔も緩む。どうも息子は座っているよりか、体を動かす方が好きと見える。……遅れて平太郎を追ってきた次男の総五郎(信堅)もたいそう可愛らしい限りで、このような日々が続いてほしいといつも思う。娘の富子も三歳のうぶな姿を見せてくれるし、三人をここまで育て上げた徳姫には感謝しかない。もちろんこれまでの経緯を忘れてはいけぬし、わざと蓋をしてしまったこともある。さすがにあの事があったときは、“忘れてなるものか” “不幸の上にこの平和がある” と嫌なくらい思ったものだ。しかし時は残酷で、何度も念じていても次第に薄れゆく。かつて戌姫という妻がいたことなど、普段は思い出さない。もちろん奴が悪いのであるし、殺傷など許されることではない。だからこそ蓋をした。山向こうに移し、姿自体が見えぬように……。
と、久しぶりに頭の中をよぎった。同じことを何か月前に思い出したかなどいちいち覚えているはずもなく。為信は再び平太郎へ目線を移し、子供の背中に手をあてて小笠原の来るであろう方へ歩ませた。平太郎、そして総五郎は門が少し揺れ動いたのがわかると、一目散に駆けていく。「小笠原よ、はようはよう。」小さな二人は屈強な大人の手をそれぞれ掴み、稽古場の方へ進んで連れていく。遠くより小笠原は為信に一つ首を下げ、面を上げるとその愛想のない様を見せた。
そんな彼もしばらく前に家族を信州より呼びよせて、城下に住まわせているという。かつては諸国を浮浪した彼だが、やることはしっかりやっている。