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津軽藩起始 油川編 (1581-1585)  作者: かんから
第二章 多田玄蕃、為信に従う 天正十年(1582)晩夏
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悪評 第三話


 (とく)は密かに書状をしたため、兄の千徳(せんとく)政康(まさやす)へ人を送った。為信と仲睦まじく良妻賢母と誰からも思われている徳は、その裏で為信へ反旗を翻す。表の理由としては、新しく入った側室を不幸にさせぬため。加えて言うならば、狙われている娘を為信のものとさせない……思い通りにさせるものか。裏……本音は、これまで主君として完璧だった為信の崩れるところを見たい。はっきりとそのように考えていた訳ではないが……確実に徳の無意識下はその想いで動いている。



 ありったけの虚言、または本当の話を膨らませ、その書状は実家の浅瀬石(あさせいし)千徳へ。兄の政康は父の政氏(まさうじ)とは違い、義兄の為信を相当憎んでいる。檄文に……乗せられて当然である。

 政康はたいそう驚き、“為信がこのようなことをしようとしている” と家来にばら撒いた。友好のために多田氏に嫁ぐ娘を、あろうことか為信が強奪しようとしている……。これは津軽の為にはならぬし、すでに決まった縁談を覆そうとする暴挙も許せない。……ならば多田玄蕃殿には、早急にその娘を連れて行って頂きたい。大事にならぬうちに……。


 家来に話が伝われば、領民にも噂は広まる。為信はおかしくなった。戦がなくなった途端に緩みだし、果ては他家に嫁ぐはずの娘まで手を出そうとしている……。さらに尾びれがついて、“娘は嫌がっているのに、執拗に求められている” と。


 確かに為信はあの後も相談にのるとして、幾度となく小笠原の娘と会っていた。手出しこそしていないが、何かの拍子に関係が変わるかもしれぬ。嫁いできたばかりの側室の存在を無視してまで、そうなることを為信は望んでいた……。何度も会えば、次の展開が待っているかもしれぬ。でも……と踏ん切りがつかぬうちに、月日は経つ。次第に夜に騒ぐ虫の種類も変わり、鈴虫などが鳴き始めた。


 そしてその日は来た。小笠原の娘が嫁ぐ日取りは正式に決まる前、つまり為信がわざと遅らせていたのだが。多田玄蕃(げんば)は自ら大浦城に参上し、娘を迎えに上がった。その姿は堂々としていて、誰の目にも凛々しく映ったという。


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