悪評 第一話
その夜、為信は小笠原とその家族を城下の長勝寺に呼び、主君として命を伝える。いや本来ならば為信当人が伝えなくてもよい話。家族内で小笠原が娘に申し聞かせればいいだけの事だった。それをわざわざ……いらぬ手間をかけて自ら話す。もちろん小笠原が寡黙であまり話したがらないという性をもっている。でも同じ家族なのだから、そのくらいは伝えてもらうべきところ。
詰まるところ、為信はその娘に会いたかったのだ。未だ諦めきれず……かといって会ったところで、先に繋がるというわけではないのだが、顔を見れるうちに見ておきたい。側室の輿入れを差し置いてでも。
……境内にホタルが入り込む。ぼんやりと輝くその光が一つ。つられて他の光も寄ってきて、池の周りにて動き回る。まばゆく遊ぶさまはかつての童心を思い出したりする。
その様を開け放たれた襖から見つつ、為信は……娘に対して申し聞かせる。
「どうか多田玄蕃という男に嫁いではくれまいか。三々目内の館主で、そのあたりの土地を治めている若い者だ。共に六羽川合戦を戦い、生き残った運良き男だ。」
娘は……隣にいる父と母を見る。父である小笠原は……黙ったまま一言も発しない。母は……すでに聞かされていたのもあるが、笑顔を作ると同時に、なにやら哀しげな表情もする。もちろん想像はつく。せっかく離れ離れだった父と暮らし始めたのに、すぐに嫁いで行ってしまうとは……。どうであれ、娘の答えは決まっているのだから、悩むこと自体無駄なのだが。
「はい……。お受けいたします。」
為信は一つ頷く。そして再び娘に話す。
「うむ。もし嫌だというなら、断るのも悪くはない。もし断っても他の嫁ぎ先はあるだろうし……心を落ち着かせるまでの刻が必要なら、遅らせればいい。私でよければ話の相手になろう。」




