心の在処 第五話
夏の盛りの日……。北国の短い夏に、これでもかというくらいに蝉やら他の名の知らぬ虫が鳴く。汗が静かに頬をつたい、扇子で仰ごうにも一時に風を起こすばかりで、結局は暑い。だから諦めてしまって、汗をそのままに本などを読む。為信はそんな感じだったが、他の家来衆は忙しそうに “婚礼” の準備をしている。
……使いが大浦城の西ノ丸に到着。長い烏帽子をかぶった正装の八木橋は、恭しく首を下げた。
「原別の白取家より、側室となられる栄子様ご到着。」
……式自体は明日なので、前入りして支度や各所に挨拶をする必要があろう。為信は “うむ、わかった” とだけ伝え、下に置いてあった書物を手に取って読もうとする。……家来がすべてやってくれているので為信が何かするとかはないのだが……どうも適当な感じを受ける。八木橋は若干の違和感を持ちながら、伺いをたてた。
「それで……姫にお会いになりますか。」
やはり側室になる娘なのだから、式の前日に顔合わせをするのが普通だ。だが為信は静かに首を振り、口を開いた。
「これから小笠原のところへ行かねばならない。なんでも小笠原は娘にいまだ嫁として送ることを伝えていぬようで……私自身が伝えようと思ってな。」
真顔でそう返した。何だか……己の婚礼より家臣の事を優先させる、一見よいことにも思えるが……少し会うだけでもよいではないか。姫に会うのは夜でもいいわけだし……今は日の高い未の刻(午後2時)。いかにもそのこと自体を軽く見ているような……。
いや、これはもしや
「……正室の徳様を慮ってのことですか。」
そう八木橋が問うと、為信は不思議そうにしつつ言葉を返した。
「いや、あ奴は昔から “武家の習い” というものを知っている。"運命" を受け入れることに慣れている故、きっと大丈夫ではないか。」




