心の在処 第三話
奉行職の久慈信勝は自分に力があるかのように錯覚し、代官である白取にしきりに話してくるのだ。そしてしまいには……
浪岡四日町の私邸へなんとも仰々しく首を下げに来る。夜中の屋敷前にずっといられても仕方ないので、自ら手燭で持ち歩く方を明るくし、もう片方の手で彼を迎え入れるのだ。……元をただせばこの屋敷は商家長谷川から提供されたもの。屋敷や財物を贈ることにより、浪岡での商売を続けることを許されていた。
……信勝は言う。
「他国者からは日々の不安を聞かされております。何でも……不作であれば他国者から米を多く取るとは本当ですか。同じ浪岡の民であることには変わりないでしょう。」
……白取もここまでしつこいと、イライラしてくる。元々短気な性があるので、それでも代官となったからには抑えねばと頑張ってきた。だがもう……
「どうか白取様。時に白取様には娘がいらっしゃる。その子を大浦方の重臣の御子息でもいかがでしょうか。こうすることにより……。」
気付かぬうちに、白取は信勝を蹴り飛ばしていた。……それは鬼の形相で、何もかも許せぬ。そして刀の鍔に手をかけ……いや。白取はカッとなる性質ではあるが、気が引けるのも早い。一時の癇癪さえ過ぎれば……落ち着いて判断はできる。殺すほどではないだろうと。……そして “話を続けよ” と。汗気の信勝は再び口を開いた。
「……はい。浪岡と大浦が手を結んだところを見せれば、他国者から見れば後ろ盾である大浦が浪岡と仲良くなるのだから、自分たちにも悪いようにはせぬだろうと、黙って耕作に励むことかと存じ上げます。」
そんなことか……馬鹿らしい。白取は信勝の方に顔を向けるのをやめ、後ろざまに言葉を発した。
「あいわかった。お主が他国者を深く考えていること。そして心は浪岡より為信にあることも。よってこれより横内へ出向き、一切のことを主君に伝える。追って沙汰を待て。」
灯りは消え、すべてが暗転する。




