弟の腐心 第四話
もう小笠原の家族しかいない。誰もがわかる。しかし事情を皆々知っているので、強く言えるはずもなく。長く離れて過ごしざるを得なかった家族と一緒に暮らし始めたばかりなのに、すぐに引きはがすような真似は……避けたい。
周りが思い思いに悩む中、小笠原は目を瞑り……そして開く。一言、“わかり申した” とだけ言い、少しだけ下に俯く。顔色こそ隠せているが、やはり堪えているか。そこで乳井は
「お日柄のこともあるだろうし、今すぐという訳ではない。同じ津軽なのだから、いつでも会えるではないか。」
と隣の小笠原の肩を叩くのだ。無意味に近いが。
一方で為信はというと、その娘とは親しくなる前であるので傷は薄い。大変惜しい限りであるが……大将と言えどこうなれば好き勝手できぬし、諦めるか……と天井を仰ぐ。この意味をその場にいる諸将は知りえないだろう。本人が言わない限りは。
再び小笠原が頷いたところで、沼田は周囲を見回しつつ為信の前へ進み出る。特に恭しく申すのだ。
「ここで娘子の話が出ましたので、お耳に入れたき儀がございます。」
他の者すべての目線は沼田へと注がれる。為信は “申せ” と応えたので、続けて沼田は言う。
「実は浪岡代官の白取様より、お話を頂戴しております。まだ内々の話にて、進むも引くも自由でございます。」
すると沼田は懐より書状を出し、一同の真ん中にて長い紙を広げる。末には “浪岡御所山崎政顕下、南部 堤家臣 白取伊右衛門” の字が。
浪岡御所は天正六年(1578)に大浦家が滅ぼして以降、一旦は大浦家の傀儡政権である水木御所に変わった。しかしこれも翌年の六羽川合戦で、御所号の北畠(水木)利顕が戦死。結果として大浦は南部に再従属に至ったため、南部氏は代わりに北畠遠縁の山崎政顕を御所号として傀儡政権を打ち立てる。その監視役が外ヶ浜の堤氏であり、代官としてその家臣の白取氏が浪岡に入っていた。




