カジノ、前半戦
今日は、遂に、この都市の中央に君臨するカジノに出掛ける。すぐには、行かなかった。早る心を抑えて、準備をした。戦いには、入念な準備をしてから行くべきだ。
多くの無能は理解していないが、闘争というものは、準備が8割。始まった時には、だいたい結果が見えている。だからこそ、実力の拮抗した相手との残り2割のせめぎ合いが熱くなる。
そして今、準備は整った。3日間、待たされてやっと届いた高級スーツに袖を通す。とても着心地が良い。まるで体の一部のようだ。
この街でオーダーメイドした有名店の高級スーツで武装し、ドレスコードもバッチリだ。
最初、「12年待ちです。」とかふざけたジョークを言うから、思わず厳つい顔の用心棒を、現金で殴って、いや、ハッキリ言おう。コインの詰まった現金袋で文字通り殴り、床を血でビショビショに濡らしてしまった。
俺のウェットに富んだジョークの返しが効いたのか、なぜかガタガタ震えながら特急で用意してくれるなんて返事をくれたが、3日も待たされた。
おかげで、高級ホテルで酒を飲み上等な食事にマッサージと、すごく退屈な3日間だった。
退廃都市の中央のカジノ。この世の全ての富を集めたかのような綺羅びやかな見た目に、期待が高鳴る。
重厚な入口には、屈強なドアマンが2人、直立不動で立っており、高そうな馬車が、何台も連なって待機していた。
今、泊まっている高級ホテルからは、もっと派手な無料送迎馬車を用意してくれるらしいのだが、どうにも、俺は歩くより遅い乗り物に乗る理由が分からなくてね、スタスタと歩いて行ったのだけど、これが良く無かったらしい。
「ここは、ガキの遊び場じゃねぇんだよ。馬車にも乗れないガキは、しみったれたボロ家に帰りな。」
「はぁ?失礼なヤツだ。悪いのはこのお口か?」
失礼なクリスタルゴーレムのドアマンの顎を片手で軽く握る。おっと、ヤバイ。うっかり粉砕した。沈黙するドアマン。そこまでするつもりは、無かったので、自分の強くなりすぎた力にビックリする。
勇者時代に身につけた心を軽くする魔法を唱える。えーと、彼が話すと皆は不快になるから、これは、そう社会貢献。少しスッキリした。
おおっ、隣のドアマンは、話が分かるヤツらしい。なぜかガタガタ震えながら、恭しく頭を垂れ、ドアを開けてくれた。
ドアマンはドアを開けるべきだ。しかしながら、ただのレベル1の遊び人にまで、この対応。さすが、プロだ。
バカラに、ブラックジャック、ポーカー。ルーレットに、スロットの魔道具。
面白いのは、原始的な賭け事の方が、掛け金が高いらしい。
そして、至るところで、イカサマが行なわれているが、誰も注意していない。そういう遊びなのだろうか。
しまった、遊び人1レベルなので分からない事が多い。遊び方が、分からない。勇者の鍛え過ぎた動体視力、いや正確に言おう、魔眼は、イカサマを見逃さない。
まずは、貧乏人が集まっているスロットから行くか。遊び人レベル1のデビュー戦に、相応しいだろう。キョドりながら、目的地に到着したが、やり方が分からないので、台の前で立ちつくす。なぜ?説明文が書いてないんだ。
「はぁ?遊び方を知らないの?兄ちゃん、コインを入れて、レバーを引き、リールを止めるんだよ。7777と揃えれば、天国よ。さぁ、揃えて、あたしに、奢って。」
「あぁ、ありがとう。」
7777と揃えれば、良いらしい。が、さっきから周りの客は、誰も揃えない。もしかして、そういうゲームなのか?リールを回す為にはまずコインを入れる必要があるらしい。コインを頑張って1枚ずつスロットに入れていく。少し慣れてきた。ドララっと連続で入れる。見てくれっこの華麗なるコインの投入を。遊び人の道へ、また一歩近づいた。
隣の残念なお姉さんに倣って、ワザと外すのを繰り返していたが、だんだん飽きてきた。もう、揃えてみるか。リールを止めるボタンを4回押すだけだ。
べしっ、べしっ、べしっ、べしっ。
7779。ほぅ、確実に押したが、最後のリールが、あからさまに滑った。言っておくが、元最強勇者のスペックは並ではない。女運を除き、技術はもちろん、幸運もある。最後のリールも最初は予定の位置で止めたんだ。そこから、怪しい挙動で、ブルルンッとずれた。くくく、血が騒ぐ。
「お、惜しかったね、兄ちゃん。」
「まぁ、見てろ。」
気合いを入れる。集中力を高める、それだけじゃ駄目だ。幸運で引き寄せて、威圧で止める。俺の本気の威圧で止まらないヤツなんて、まずいない。高速飛行しているドラゴンだって、ピタリと止まる。このくらい楽勝だ。
べしっ、べしっ、べしっ、べしっ。
ほらな、7777。
ジャジャーンッッ!!ドララララ
ヤバイ。魔道具が壊れた。大きな音をたてて、せっかく1枚ずつ、ちまちまと、入れた硬貨を次々と吐き出してくる。ちょっと待て、さっき30分かけて、入れたんだぞ。俺の努力が。
「何、ボサッとしての!兄ちゃん、箱。箱。この箱に入れるんだよ。」
箱を次々と渡してくれる残姉さん。箱から溢れたものは、拾っていいルールらしく、群がるハイエナ共。遊び人にも戦場はあるらしい。
積み上がるドル箱。なかなかに、圧巻だ。数字は、揃えて良かったらしい。「すっげぇ」とか称賛の声が心地よい。「あの、遊び人やるな」だと、そうだ俺は遊び人だ。これは最高の称賛。これは、もしかして伝説の遊び人に近付いてきたのではないか。ニヤニヤする。
「やったね、兄ちゃん。それで、その。」
「分かっている、ご祝儀だな。」
2箱、残姉さんに、渡す。え?驚いた顔だ。もしや、全然足りないのか、遊び人のルールがよく分からない。倍プッシュだ。さらに2箱、計4箱だ。どうだ?
「あ、困る。多いよ、兄ちゃん。こういうのは、1掴み分ぐらいで、いいんだよ。こんなに渡されたら困るって。」
「そうか。では、もう少し困ってくれ。」
「あ、あ、あ。」
いたずら心が刺激されたのでさらに、2箱、計6箱を渡して、石化の魔法をかけられたかのように固まる残姉さんを放置し、残りのドル箱の山を、店員に、チップに替えて貰う。
お次は、替えて貰った山盛りのチップを高く積んで、ルーレットだ。ディーラーが狙って投げているみたいだが、こいつが、かなり下手くそで、見ててドキドキする。ほら、また外れた。でかく賭けたスポットに入ってしまったではないか。おかげで、半分ぐらいにチップを減らす予定だったのが、逆に少し増えちまった。失敗だ。少しカジノに勝たせてやるのがコツだとか、俺の知っている遊び人は言っていたというのに。
だから、ディーラーさんよ、手が震えすぎなんだ。さっきまで普通に投げれたのを思い出すといい。まさか、俺の剣気に当てられているのか?まさかな?息を止め、気配をゼロにする。ピタリと止まる震え。くそっ、無意識で漏れる剣気は、勇者スキルだ。これは、遊び人、失格じゃねぇか。
よく見ると、ルーレットの球も、剣気の影響をうけるらしく、変な所で止まる。駄目だっ、当たりすぎる。ルーレットは終わりっ。
仕方ないので換金すると、周りの人が羨ましそうに見てきた。その中から気さくに話しかけてくる賭博師と見られる白髪の男。
「大儲けだな、兄さん。なに?初めて?こんなビギナーズラック聞いた事がねぇ。」
「いやいや、モンスターハントの方が儲かる。なぜ、羨ましがるのだ?」
「ははは、お兄さん、ジョークまで、でかいなんて、参った、この白カラスも完敗だ。」
一太刀で、1週間分を楽に稼ぐ元勇者イオには分からない。彼は、金銭感覚もぶっ壊れていた。




