還らずの渓谷
最後の目的地は、還らずの渓谷。そこは、深い霧と、特殊な磁場がある自然の張り巡らす悪意に充ちた天然の罠。難攻不落のこの場所の生還率は、たったの10%。
この渓谷の攻略が難しいのは、カラクリがある。一見無害に見える木々が知らない内に動くのだ。攻撃はしてこないが、死体の養分を吸う迷い木という無害な木にしか見えないモンスターが、そこかしこに生えている、天然の悪意に充ちた出口の無い迷路。これが生還率10%の還らずの渓谷の秘密。森では無いため、木に注意する者はいない。
そんな場所をルンルンと歩く元勇者イオ。規格外の彼は、危険極まる魔の領域を、真っ直ぐに、ルンルンと歩く。
ブォン、ブォンとキングアックスを振りながら、行く手を阻む木々を粉砕しながら、進む。進む。全ての道は、イオに通ずる。
迷い木は、恐れをなして近寄らない。だから、彼にとっては、普通の森より、はるかに歩きやすい。
「いやー、やっぱ斧はいいね。一撃でいけて、剣より楽だ。勇者の剣の呪縛から解き放たれて、サイコーだぁぁ。それに、なんか歩きやすいから、この還らずの渓谷は好き。」
勇者の剣。いちおう魔剣だ。効果は不壊、どんな使い方をしても折れない。序盤は最強の武器なんだが、中盤になると、もっといい武器が出てくる。言ってしまえば、しょせん壊れないだけのナマクラな剣。
だけど、勇者はそれ以外の武器を、公の場で使うと、国の人が出て来て、ネチネチと注意を言われる呪われた武器なのだ。
それに、俺の爺ちゃんは木こりだ。ご先祖様の血が、斧を使えと言っている。斧は、楽しいなぁ。
「グギョギョョョョーーォッ」
コカトリスの鳴き声が聴こえる。精神汚染の効果があるが、イオには、目印にしかならない。
コカトリスは、視線が合うと、相手を石化する兇悪な魔獣だ。流石のイオも、石化の魔眼を、無効化する事は、出来ない。過去に、うっかりくらって、肩コリになった事がある、2時間も凝ったのだ、めちゃくちゃ痛かった。
さらに、このコカトリスは、死ぬ間際に、死の呪いをばら撒く、厄介な魔獣。最後に、黒い汚染された霧を、大量に撒き散らす。常人なら、強烈な精神汚染で、廃人になるらしい。
当時の戦いを思い出す。その時は、女騎士レオナと2人で旅をしていた。俺はまだ弱かった。「汚れるのが、嫌だ」という理由で、街に残した女騎士の元に、1人激戦の末に魔獣コカトリスを倒して満身創痍になりながら帰還した俺は、「黒い霧は、耐えたけど、石化の魔眼が防御を貫通した。なぁ、石化のせいで、肩が、めっちゃ凝ってる。痛い。泣きそうだ。レオナさん、一生のお願いだから、肩揉みをしてくれませんか?」女騎士に、お願いしたんだ。「すまない、勇者。私は、男には、触れない。ジンマシンが出る。」と断られた。俺は、泣いた。
コカトリスは、死してなお、死の呪いをばら撒く恐ろしい魔獣だ。
過去から学ぶ男、遊び人イオ。コカトリスの対策はバッチリだ。目を瞑りながら、戦えばいい。
ブォン、ブォンとキングアックスを振りながら、行く手を阻む木々と一緒に、コカトリスを粉砕っ。
「グギョギョョョョーーォッンン。」
見なくても大丈夫。斧を振りながら、鳴き声の方向に、ルンルン歩くと、次第に泣き声に変わる。そして、断末魔が聴こえたら、目を開けていい合図だ。なっ、簡単だろ?今度コカトリスに会ったら、ぜひ試してみてくれ。
砕けた木のいい香りと、魔獣の血の臭いが混ざる。黒い呪いの霧は、視界が悪くなるだけで、臭いはない。今回は、楽勝だった。
しかし、イオは、重要な事に気付いてしまい、後悔する。失敗した?
コカトリスの羽を獲得した。×5
コカトリスの毒袋を獲得した。×6
石化の魔眼を獲得した。×2
怪鳥の天鱗を獲得した。×1
薪を獲得した×156
選別の枝を獲得した×2
コカトリスを討伐した。
「あぁ、しまった。ちくしょう。俺とした事が、失敗してしまった。今の戦いは、遊び人ぽくないような気がする。」
そもそも、遊び人は、戦わないのだが、彼は知らない。少し常識が無い。それは、少年時代を修行に全てを費やした悲しき代償である。