常識とズレた発言
元仲間の天才魔法使いミストは、今や、お尻を狙ってくる注意すべき敵だ。
貞操が心配なので、ダッシュで隣街まで戻り、無一文の俺は後払いができる馴染みの宿で一泊。元勇者のイオは、馬よりも早く走れる。おっと、もう遊び人な。
「くはーっ。やっべ、寝すぎたろ?なんて怠惰なんだ俺。遊び人の才能が、有り過ぎる。もう朝日が登ってるぜ。」
【遊び人の心得その1、ゆっくり起きる】だったな。我ながら、完璧だ。
ニヤニヤと悦に浸る元勇者イオは、勇者になってモテたいという痛くシンプルな理由で、幼少の頃から鍛えまくっていた。
昨日まで、朝日が登る前に500回の素振りを終えるのが、日課だった。(彼にとっては)ゆっくりと、1秒に1回、心を込めて勇者の剣を振る。すると1時間ちょっとで終わり、終わる頃には朝日が拝める。そんな異常な毎日を、過ごしていた。最強かなんだか知らないが、正直、ちょっとキモい。
異常な事をしていた自覚が無いから、モテなかったし、少し常識とズレた発言になる。
きちんと着替え、顔を洗って、宿を出ると、女将さんに会った。
「おんや、久しぶりに、こっちに帰ってきたと思ったら、今日はあんたにしちゃ、ゆっくりだね。あたしが、勝っちゃったよ。」
「おっ、分かるぅ。遊び人になっちまったから、ゆっくりなのよ。」
「え?遊び人?え?」
「ははは、初日から気付かれるなんてな。遊び人の才能がありすぎだろ。女将さん、ちょっとギルドで稼いでくるよ。」
ご機嫌なイオは知らない。遊び人は夕方まで寝てるし、こんな朝早くからギルドに来る真面目な冒険者も珍しい事を。
遊び人といえば、ギャンブルだ。ギャンブルで1番重要な事を知っているか?俺は知っている。聞いたからな、ええと、タネ銭がいるんだ。【遊び人の心得その2、タネ銭を作れ】多くあるといいらしい。だから、まずは、慣れたクエストを受けよう。俺から言わせれば、道に落ちてる金を拾うようなイージーな内容だ。
というわけで、遊び人の本懐であるギャンブルと女遊びは、ちょっと我慢だ。少し待っててくれ。
ギルドに入ると、顔馴染みギルドマスターが、わざわざ出てきた。これも勇者待遇だ。いや、正直こんなオッサンより、可愛い受付嬢に出迎えて欲しいんだが、勇者待遇は、それを許さない。1番偉い人、つまりオッサンが出てくる。
「おぉっ、これは勇者イオ様。お久しぶりです。実は、やって頂きたい案件が、山程。」
「悪いが、人違いだ。俺は、遊び人イオだ。勇者特価(善意で格安)は、受け付けていないから。」
「え、いや、いやー、ご冗談を。お手持ちのカードを拝見っと。なっ、なんだと。本当に、遊び人カードだと!悪魔に魂を売り渡したのか、この守銭奴め。」
「はぁ?勇者の剣も持って無いし、ごくごく普通の遊び人だから。」
「ちっ、金にならんヤツの相手をする程、ギルドマスターは、暇では無いんだ。誰か、相手をしとけ。」
そうだ、そうだ。その意見に賛成。オッサンとは知り合って長いが、初めて良い事言ったな。俺は、遊び人になったのだ。さぁ、他の冒険者のように、可愛い受付嬢を出して貰おうじゃないか。
「ギルドマスターが失礼しました。受付のアレッサです、よろしくお願いします。」
「可愛いね、彼氏いるの?まぁいいや、よろしく、遊び人のイオです。報酬の高い依頼から見せて貰える?」
「え、え、はい。特に高いのが、エンシェントドラゴンの討伐。コカトリスの討伐。ミスリルゴーレムの討伐。ですが。」
「なら、コカトリスの討伐と、ハイオークの討伐、ゴブリンの巣の殲滅の3つね。」
「え?本当に受けるんですか?コカトリスですよ。最も、還らずの渓谷にいるから、冗談では無く、入るだけで死ぬんですよ。」
「心配してくれんの?やっべ、この感覚は久しぶりだ。嬉しい。泣きそうだ。あー、俺さ、元勇者だから問題無いよ。」
「そうなんですね。でも、流石にエンシェントドラゴンは選ばないんですね。」
「あーなんか、エンシェントドラゴンは、可愛いだろ?討伐なんて出来ねぇよ。ダチみたいなのもいるしさ。それに、その依頼のミスリルゴーレムは、おそらく劣化版だ。表面だけコートしてあるニセモノだから、報酬で揉めそうなんで、この3つなら、これ1択になるのさ。」
「え、え?」
「では、行ってくるよ、アレッサちゃん。」
「あ、あの武器は?仲間は?」
「いらない。そのための、依頼構成さ。」
「は、はい。行ってらっしゃい。」
コカトリスの討伐
ハイオークの討伐
ゴブリンの巣の殲滅
受付嬢は、依頼構成の意味を少し考え、何かに気付いた。縦読みすると、コハゴ。どこかで聞いた事があるような。そうだ!分かりました。これは「コリトスの葉、5枚」の略称です。つまり、初級の定番の依頼を受けるよって意味なんだ。
それなら武器も仲間もいらないですよね。さすが、遊び人のイオさん、面白いジョークだわ。
本気で、3つの依頼を、全部達成するなら、有名ギルドが総力を上げて、1年仕事だもん。からかわれていると思い、くすりと笑うアレッサ。