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ファンタジー系

異なる世界 後半差分1

作者:

オリジナルと後半差分2とは物語上の関係性は無くパラレルとかでもないので、別物としてお読みください。

ピピピピピピピピピピピッ!


「ん、ん~……………。ああ、元の世界、か」


懐かしい安っぽい電子音を響かせていた目覚まし時計を止め、きちんと選択されたシーツに包まれる清潔で暖かく、微妙に硬いマッドレスなベッドから降りる。


身体は聞いていた通り、召喚される前と同じ。


元の時間軸に戻るというのは本当だったらしい。


「…………無理か」


部屋は冬の冷気のためブルリッと震えてしまう寒さが充満してるので、試しに防寒の魔法を使おうとしたけど、体内の魔力以外全く感じられず魔法を起動させる事はできない。


魔法使いが仮説で言ってた通りここでは魔法は一切使えないらしいが、旅を始める前の軟弱な身体にこの寒さは堪える。


代わりにエアコンのスイッチを入れたら暖風が流れて部屋を暖めてくれる。


寝間着を脱ぎ捨ててアイロンがかけられてビシッとしてる制服を着こんで、値段の割には精密に動いている腕時計を左手に付ける。


通学鞄の中身を確認した後、鞄を掴んでリビングまで下りたら卵を焼く音と味噌汁の匂いがする。


「あら、今日は随分と早いのね。いつもならまだベッドから出ようともしないのに」


「今日はちょっと用事があるから」


「そう。いつも用事があるなら助かるんだけどね」


いつもよりかなり早く起きてきた俺に驚く母さんだが、特に理由なんて気にしてなかったんだろう。


雑な言い訳をそのまま受け取って流す。


それに便乗して俺も特に言い募らずに食卓についた。


「おはよう――あれ?兄がいる……。え、私寝坊した!?」


「してないわよ。ほら、バカ言ってないでご飯食べなさい」


ご飯を用意する母さんが妹を窘める。


にしても中高と名誉帰宅部として名を馳せる俺とは違って部活をしてる妹は朝練の為にいつも早く起きてるわけだが、こんな風に驚かれるのは不本意としか言えない。


「失礼な奴だな。兄の顔を見て言うセリフがそれか」


「その寝ぼけた頭で自分がいつも起きてる時間を考えてみなよ」


ぐうの音も出ない。


「ていうか兄、風邪引いてない?目が潤んでるみたいなんだけど。ちょっとヤダ、こっちに移さないでよね」


「ん。さっき欠伸したからかな。でも安心しろ、俺が風邪を引くときは兄妹は同じだ」


「一人でくたばれ」


冷やかなセリフ以降、俺に興味を失ったようで早朝で箸の動きが遅い俺とは違い妹はひょいひょいと箸を動かして朝ご飯を片づけてしまう。


「ごちそうさまぁ。んじゃ行って来るね」


「はいはい、気をつけてね」


ドタドタと小走りに玄関に向かう妹、残った食器を片づける母さん。


もっと早く起きたら父さんにも会えたかもだけど、それは夜まで待っておこう。


「ごちそうさま。じゃ、行ってきます」


「はいはい、気をつけてね。ちゃんと寝ぼけずに歩くのよ」


「もう目は覚めてるよ」


家を出ると、本格的に冬の寒さが襲い掛かってくる。


「寒っ。それに空気も不味いというか、悪い?」


科学文明の環境破壊っぷりをこんな形で実感しながらマフラーの位置を調整し、記憶にある以上の静けさのある早朝の通学路を歩く。


大通りの方に出たら車も人もポツポツしか居なかったさっきまでの道とは違って、それなりの数が既に道を歩いたり走ってたりしていてそれなりに騒がしく、空気も更に悪い感じだ。


その中に混じって歩いていたが、ふと目に付いたコンビニに立ち寄って漫画雑誌とコーラにチキンとかを買った。


それらを鞄に放り込んで再び道を歩く人の群れに合流する。


道すがら久々に触ったスマフォを弄るが操作法を思い出すまで苦労して、最早記憶の彼方に埋もれていたガラケーの簡単操作を思い出して懐かしく思ったりもした。


そうしてる内に学校に到着する。


以外と毎日歩いていた道は忘れないものだった。


「懐かし。卒業生が母校にくる感じってこんなかな?」


普通に通えばまだ一年以上もあるわけだが。


家でノートに書かれていたクラスの位置を案内板で確認して教室に向かえば、案の定まだ誰も来ていなかった。


「さて、誰も来ない内に済ませないとな」


久々の教室でドアを閉めてまず第一に行ったのは、端から机の中身を確認する事。


これは別に泥棒するとかイタズラするとかが目的じゃなくて、単純に自分の席の場所を忘れてしまったが故の緊急手段であるのを確かにしておきたい。


誰かに言い訳しながら確認していくと、遂に俺の名前が書かれた教科書達を発見して無事自分の席の特定が済む。


窓側から二列目の後ろの二番目、微妙な位置だった。


確認が済んだ後は特にやる事も無い。


買ってきた漫画雑誌を読みつつ、チキンを齧る。


久々のジャンクなチキンは長年食用に品種改良されてきた鳥なだけあって旨く、また喉を通る炭酸の刺激と合わさって母さんの朝ご飯とはまた別に美味しかった。


対して漫画雑誌の方はあまり面白く感じないのが多い。


別に前の話のストーリーを忘れたからとかではない。


ただなんというか、ギャグのノリについていけない感じだ。


「……歳を取ったからかねぇ」


身体は元に戻ってるけど実体験で密度の高い経験を年単位過ごしてきた。


精神年齢はすでに二十歳を超えてるわけで、少年と頭に付く漫画雑誌の掲載の対象年齢から外れたのが原因かもしれない。


「精神年齢は戻らないんだもんな。なんという弊害」


仕方なしに漫画雑誌をゴミ箱に放り込んでスマフォを取り出す。


アプリを起動してゲームを始めると、こっちは中々どうして。


以外と今でも普通に楽しめる。


普通のゲーム機で出したら手抜きのクソゲーと罵られそうなアプリゲーだが、こうしてスマフォでプレイする分には十分な内容かつ操作性。


時間を潰すのに最適だった。


「お、珍しいな。お前がチャイムが鳴る前にいるなんて」


「あ?」


顔を上げたら懐かしい友人の顔があった。


辺りを見回してみるとクラスメイトも大概登校し終えて、ホームルーム寸前の時間になっていた。


「あー、日直と勘違いして来たら違ってたわ」


「アホか」


「うっせ」


授業中に寝るなよー、と軽く言い残して友人は自分の席に鞄を置きに行った。


内心バグバグと激しく動く心臓を片手で押さえつつ、アプリを終了させてスマフォをポケットにしまう。


正直、ゲームに夢中になってたとはいえ、こんなに集まってるのに気付かなかったのにはゾッとした。


今の身体があの旅をしてた時とは鍛えが違うって分かってたけど、辺りの感知・把握の技能すらもここまで低いモノだとは考えて無かった。


現代社会では必要性が低いスキルと行ってしまえばそれまでだけど、そんな無防備な状態なのにすら気づかずに居たのが、怖い……


「戦場から帰ってきた兵士が日常に馴染めないとかいうけど、これも似たような奴か?きっついわ」


キーンコーンカーンコーン―――


こっちの心内なんて関係なく朝のチャイムが鳴る。


まだ席に着かずにあっちこっちで雑談が続いてるけど、先生まで無視して好き勝手し続ける程クラスのモラルは低くなかった筈だし、担任が来たらそそくさ自分の席に戻るだろう。


一先ず学校にいる間は特に危険とかも無いだろうし、抱える問題は脇に置いとく事にしてホームルームを待つことにした。







時間は過ぎて昼休み。


魔法の勉強やら軍議とかに比べたら学校の授業の何と眠くなる事か。


聴いてなくても命に直接関係しないとなると、集中力がどうしても続かない。


それに大分授業の内容も忘れてたみたいで、特に数学とかは小テストがあったら一桁台を覚悟しなきゃいけないぐらいだった。


それでもなんとか眠気を我慢して午前中を乗り切った。


限定的であれど晴れて一時自由の身であり、待ちに待った昼飯の時間な訳だが、元々購買派だったのでパンを買いに行かないといけない。


サイフを持って案内板に行き、購買の場所と自販機がありそうな場所を探す。


記憶が確かなら、購買は混みはするけど買う物を気にしなければ何も買えないって事は無い。


人混みは避けたいからまずは飲み物を買いに目星を付けた出入り口付近の所へ足を向ける。


行く先は購買から然程距離の無い武道場に繋がる渡り廊下下の出入り口。


目星通り、赤や青に塗られた自販機が有ったのでお金を入れて適当なジュースのボタンを押す。


ガシャコン


冷たく冷えたソーダ系のジュースを取出しそのまま購買まで行こうと思ったら、何か嫌な感じの声が聞こえてきた。


耳障りのする笑い声のする場所をこっそり覗いてみれば、案の定の光景があった。


ガラも頭も悪そうなの四人が一人の気の弱そうな生徒をいびっている。


「…………」


胸糞が悪くなる。


ちょっと体格は良いが、素人が四人。


他人に悪意を向け慣れて拳も足も軽い連中だろうが、その挙動からして真っ当な戦いは知らないのは分かる。


誰の眼からも明らかにあの四人は悪で、気の弱そうな生徒は被害者である弱者だ。


あっちに居た頃なら勇者という肩書と権力を使って四人を真っ当に潰せただろう。


けど、今の俺にそんな肩書も権力も無い。


もし助けるなら、躾けの無い猿を布施説けるような話術は無い以上、その手段はどうしても戦闘になるだろう。


その気でやれば現状でもあの四人を潰して助ける事はできる。


けどその後は?


人助けの為とはいえ暴力を振るえばその責任はこっちにも来るし、あの四人の誰かの親が権力者ならその責任の比重は善悪はさて置かれる可能性すらある。


その時に、家族はどうなる……?


妹は同じ学校。


母はご近所との付き合いもあって良い噂も悪い噂もすぐに回る。


父は役場の生活安全課に務めている。


「  」


口から音を立てずに空気をゆっくり吐き出す。


否応にも俺の精神年齢は17歳を超えている。


他の事を考えずに正義感に突き動かされるまま、動ける程若くはなかった。


勇者としての振る舞いは、それが保障されたものだからこそ成り立つ。


それがない俺は、のほほんと気楽に暮らしてる其処らに居る普通の高校生と何の違いがある?


漫画や小説の様に、異世界帰りだからと魔法が使えればバレずにどうにかも出来るかもしれないが、ここは現実で俺は魔法が使えないのだから考えるだけ無駄だ。


ソッと目線を外し、教室の方へ向かう。


食欲はもう、無かった。







放課後、あっちこっちに寄り道して回る。


五月蠅い騒音に満ちたゲームセンターでは格ゲーやシューティングをすると、軽い人だかりができる位に勝ち越せた。


あっちで習った身体の動かし方や物の見方がこういう所で役立つのは意外だった。


もっと練習をすれば、冗談抜きにeスポーツで稼げるかもしれない。


その後も、本屋で立ち読みしたりバーガーショップで買い食いしたりゲームショップで無駄に展示されてるパッケージを眺めたりを6時過ぎまで続けた。


家に戻る頃には6時半も少し過ぎた所で、冬の速さで日は落ちていた。


「ただいまー」


「おう、お帰り。今日は随分と遅いじゃないか」


「父さん?そっちは早いね」


公務員だけど帰りが遅い父さんが珍しくリビングで寛いでいた。


「ああ、急ぎのもなかったし定時で帰れた」


「お父さんったら、公務員なんだからいつも時間通りに帰ってきていいのに。若い人に嫌がられますよ」


「好きで残業してるわけじゃないんだけどなぁ。まぁ帰れる時はきちんと帰ってるんだからさ」


「困った人ですね。あんたはこうなっちゃダメよ」


仕事を頑張ってるのに結構な言いぐさだ。


でもまぁ父さんも軽く笑って流してるし、いつもの事ではある。


この後も少し話して着替えに自分の部屋に戻る。


朝はゆっくり見る事も無かったけど、自分の部屋も随分と懐かしい。


制服から部屋着に着替え、パソコンの電源を付ける。


何となくネットを起動させてあっちの世界に関わる単語を幾つか検索をかけて見ると、どれも的外れなヒットばかりで、一部がネット小説やゲームでニアミスしてる程度だった。


「やっぱ無いか。まぁ当然だよな」


あっちの世界の痕跡は、俺の記憶の中だけ。


けどそれを本物と証明するのは、この世界には何処にも、何も無い。


もし誰かに、あっちの世界であった事も、出会った人も、殺し合いをした連中も、何もかもが俺の夢や妄想の中の話だと言われても反論のしようがない程に。


「はぁ、何事も無かった事にするには長く居すぎたな」


額を抑えて上を見上げれば、見えるのは面白味も無い一般家屋の低い天井。


「ご飯よー」


聞こえてくる夕飯を知らせる母さんの声。


妹も帰って来てるんだろう。


イスから立ち上がって、家族の待つ食卓へと向かった。











「…………………ここは」


埃っぽい空気が満ちる天幕の中にある、木の台に申し訳程度に少し薄汚れたシーツを引いた簡易寝台の上。


横には小さな机があって、空の水差しとコップが置かれている。


「ああそうか、夢か」


考えれば戻れた過程無しに戻れる訳が無いんだから当然と言えば当然。


まぁ気づかないから夢な訳だが。


「満ちろ」


魔力を操作すれば、問題無く大気中に漂う魔力に干渉して魔法が発動して水差しの中に冷えた水が並々と注がれた。


その水差しからコップに注いで一気に飲み干すと、冷えた水が喉を癒やしてくれる。


「今は、東の辺境に展開する四天王との合戦中だったな」


現実の魔王軍との戦いは、ゲームの様に少数精鋭と言わんばかりに数名で魔王討伐なんて酔狂な事はなく、互いの軍勢をぶつけ合っての戦い―――戦争だ。


捨て駒となる軍隊が道を切り開いたところを、俺が率いる少数精鋭のパーティが四天王とそれを守っている護衛たちを討ち取るのが仕事。


前の二回はこの首狩り戦術を成功させれば相手の統率も崩れて楽に残りの軍勢も追い込めたが、相手も学習して十分な対策を練られてる事だろう。


でもここの人類にそれ以外の道は無く、首狩り作戦が成功しなければ魔族の支配領域で農奴として過酷に働かされる人達を開放する事は出来ない。


でも、そう。


魔族は無駄・・


「ゲームみたいにただ世界を滅ぼすのが目的の魔の軍団なんて、こっちにだって存在しない。現実にあるのは、元の世界と同じただの勢力争いでしかない」


召喚の際に異世界の壁を抜ける影響で得られる膨大な魔力、これが人類側が勇者召喚なんて行った最大の理由。


要は自分たちの味方となり、イニシアチブを取れる兵器・・が欲しかっただけって訳だ。


戦争が終われば元の世界に返せば後腐れも無い。


報奨も大部分は元の世界の帰還で済ませられるし、そうでなくとも持っていける範囲の財宝で済むのだから出来るのなら、まぁやるだろう。


されたこっちとしては堪ったもんじゃないが。


「はぁ」


すぐ手に取れるよう、新台の横に置いてあった聖剣を取って鞘から抜き取る。


俺の貧困なボキャブラリーだと表現しきれない美しい輝きを持った西洋剣。


人々の願いに堪えて神が授けたというこの聖剣は何代も前の勇者から代々使われ続け、今も俺と共に両手両足の指じゃ足りないぐらいの戦場で魔族を斬り捨ててきたとは思えないぐらいだ。


どんなに過酷に扱っても刃毀れ一つ聖剣は、現実離れした異世界の中でも特にファンタジーを感じさせられる。


「もうだいぶ慣れたというか、色々麻痺ったと思ってたんだけどな。以外と俺も繊細なもんだ」


元の世界や家族の夢を見るのもここ数年は無かった。


それをこうして見たのも、戦い続きで疲れてるせいかもしれない。


「今度、休暇を寄こせと言ってみるか。連中、元の世界に返せるのは自分達だけだと上から目線で行って来るから、その対策も考えないとな」


パーティの騎士団長や魔法使い辺りに相談してみるのもいいだろう。


あいつ等も戦い続きで疲れてるだろうし、真摯に考えてくれそうだ。


けど、それも明日の戦を終えてからだ。


聖剣も鞘に戻して寝台の横に置き直し、寝心地の良くない寝台に横になる。


「さっさと終わらせて、まともな寝床で寝たいもんだな」





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