第50話-2 〈オルビスの傷痕〉を越えて【アトリ】
私たちは大勢の騎兵さんと一緒に、お馬さんに乗って〈オルビスの傷痕〉へ移動する。
私はいつもどおりルードの後ろに乗せてもらっているけど、脇腹の傷が完治していないことはパノンから聞いていたので、少しでもルードの負担を軽くするために、胸の辺りに手を回す形で掴まり、到着の時を待った。
そして――
「ほんまに、裂け目スレスレまで行くなアカンのか?」
心配そうに訊ねてくるパノンに、私はコクリと頷き返す。
「そうしないと始点がわからないから」
「……わかった。ウチがきっちりエスコートしたるわ」
「うんっ」
「ほな、行こか――って、なんやルード?」
どうやらルードはパノンに何か話があるらしく、トン・ズー・トン……と、地面を使ったトン・ツーの音が聞こえてくる。
そんなに長い話じゃないようで、ほどなくしてトン・ツーの音が止み、パノンが話しかけてくる。
「ルードからの伝言。『アトリならやれる』……やってさ」
ルードが……『アトリならやれる』って……どうしよう……ルードからの伝言、ルードに信頼してもらえたみたいで、すごく……嬉しい。
今は気を引き締めなくちゃいけないのに、頬が緩んじゃいそうなくらい……嬉しい。
「パノン……ルードへのお返しの言葉、お願いしていいかな?」
「もちろんやで。何て伝えればええん?」
「『まかせて』って、伝えて」
「りょ~かい」
少しして、伝言を伝え終えたパノンが私の手を握ってくる。
「ほな、今度こそ行こか」
「うん……!」
パノンに手を引いてもらいながら、〈オルビスの傷痕〉に近づいていく。
〈オルビスの傷痕〉は大地の裂け目で、必然的に耳よりも低い位置にあるから把握しづらいんだろうなぁって思ってたんだけど…………わかる。
地面の下に向かって吸い込まれるように吹き込んでいく風の流れが、音の反響に頼るまでもなく地面よりもはるか下から聞こえてくる風の音が、目の見えない私に〈オルビスの傷痕〉の雄大さを教えてくれる。
行く先にある地面がゴッソリとなくなっていることを、肌と耳で感じ取ることができる。
本当に凄くて、凄すぎて、ちょっとこわくなってきたけど……大丈夫。
ルードは『アトリならやれる』って言ってくれた。
私のことを信頼してくれた。
だから、大丈夫。
こわくても、大丈夫。
「着いたで。といっても、〈オルビスの傷痕〉からはまだ二十歩くらい離れてるけど」
そう言って、パノンは一度私の手を離し、紐状の〝なにか〟を私の体に巻き付けてくる。
「命綱や。万が一落っこちそうになっても、ウチが絶対に引き止めたる。せやから、アトリは橋を架けることだけに集中しぃ」
そんな頼もしい言葉を聞いて、思わず笑みを零してしまう。
「なんや? この期に及んで笑えるなんて、けっこう余裕あるやん」
「ううん。余裕なんて全然ないよ。けど、ルードが信頼してくれて、パノンが傍にいてくれて……こわくても、余裕がなくても、なんとかできちゃう気がしてきたの」
「そか。そう言ってもらえると、ウチも嬉しいわ」
なんとなくだけど、パノンは今笑ってる……そんな気がした。
それからパノンは、地面になにか――たぶん命綱を結ぶための杭だと思う――を打ちつけてから私の手を取り、再び歩き出す。
裂け目に近いせいもあって、一歩一歩慎重に歩いて行き……パノンは制するように私の体に手を添え、足を止めた。
「ストップ。ここから三歩ほど歩いた先に、〈オルビスの傷痕〉の縁があるわ」
首肯を返し、パノンから手を離す。
一度深呼吸をして……なんとなく足りない気がしたからもう一度深呼吸をして……地面に膝をつく。
そして、四つん這いになって行き先の地面をまさぐりながら少しずつ少しずつ前に進んでいき……ほどなくして、指先から地面の感触が消える。
ここが〈オルビスの傷痕〉……大地の裂け目の縁。
裂け目の縁の角っこはもっと切り立った感じになってると予想してたけど思いの外なだらかで、これならどれだけまさぐっても指を切ったりすることはなさそう、かな。
入念に裂け目の縁を確認した後、指先が縁の手前にくる形で、拡げた両手を地面につける。
そして、マイアの大地とエーレクトラの大地を繋ぐ橋をイメージを――……う~ん、やっぱり橋だと崩れる可能性があるかもだし……うん、決めた!
こっちのイメージでいこう!
こっちなら、多少形が変になっても問題ないし!
もう一度だけ深呼吸をして、イメージと覚悟を固めた私は決然と〝テラアルケミー〟を唱う。
「《大地よ大地 あなたの力を僕らに分けてくださいな》」




