第42話-2 アトリの告白【アトリ】
ルードの手を握り返し、手を引かれるままに歩き出す。
たぶん、ベッドに連れていってくれるんだと思う。
『いい加減認めたら? ルードのことが好きやってこと』
別れ際に耳打ちされたパノンの言葉が、何度も何度も頭の中で反響する。
パノンの言う『好き』って、やっぱり異性としてって意味……だよね。
この言葉の後に『自覚してくれた方が、ウチも遠慮なくルードにアタックできるし』って言ってたし……。
いい加減認めたらって言われるくらいだから、私ってそんなにルードのことが……す、『好き』だっていう風に、見えるのかな?
『好き』って、目に見えてわかるものなのかな?
不意にルードが立ち止まり、私の手を下の方に引っ張り始めたので、『好き』について考えることを中断する。
引っ張られた先にあったのはやっぱりベッドで、パノンが用意してくれたサラサラのシーツとフカフカの毛布の感触が手のひらに伝わってくる。
ベッドがちょっと固いことを差し引いても、これなら気持ちよく眠れそう。
もちろん、傷の痛みを無視できればの話だけど……。
靴を脱いでベッドに横になると、ルードが離れようとする気配を感じ取ったので、思わず上体を起こし、手を伸ばして彼の服――感触的に袖のあたりだと思う――を掴んで引き留めてしまう。
本当に思わず引き留めちゃったけど、なにがしたいの私!?
怪我をしたせいで一人だと心細いのは否定しないけど……ルードのことだから、きっと同じ部屋で寝てくれるだろうし……だから、やっぱり心細いのとは違う気がする……。
どちらかというと、ただ一緒にいてほしいような……そんな気持ち、かも。
もしかして……こういうのが、目に見えて『好き』ってことなの……かな?
ルードがベッドの隅っこに腰を下ろし、手を握ってくる。
やっぱりルードから見た私は『心細い』って思ってるように見えるのかな? 見えるんだろうなぁ……。
だって、ルードの手の握り方、すごく優しいから……。
このままでも充分安心するというか、心が満たされるような気分だけど……少し物足りないような気分にもなってくる。
満たされてるのに物足りない……明らかに矛盾してるけど、そうとしか表現しようがなくて…………さっきからどうしちゃったんだろう、私……。
『好き』のことを考え始めてから、ちょっとだけ、なにかがおかしくなってる気がする……。
いつもの私じゃないような……けれど、間違いなくそれも私だって思えるような……不思議な感か――ぅぅっ。
今、頭がクラッてきたぁ……。
傷が痛むのもつらいけど、血を流したせいでたまにクラッとくるのも、つらい……。
……待って。クラッとしたの、ルードに伝わってないよね?
伝わってたら、余計な心配をさせちゃうから、伝わってないことを祈――って、ルルルルルルルード!?
どうして、ベッドの中に入り込んでくるの!?
い、一緒に寝ようとしてるの!?
私と!?
どうして!?――って、わかっちゃった!
さっき頭がクラッてした時、私、ルードをこっちに引っ張ってた!
それで、たぶん、ルードは私が『一緒に寝たい』と伝えてきたと勘違いしちゃって……とととにかく伝えなきゃ!
『違う』って伝えなきゃ!
でも、どうやって『違う』を伝えたらいいのぉ……。
「あ……」
思わず、声を漏らしてしまう。
『違う』を伝える方法を思いついたから漏れた声じゃなくて……その……ベッドに入ったルードが私に背中を向けるのが、触れ合った感触でわかっちゃって……少しだけ残念に思っちゃって……。
そんなこと思っちゃうってことは……やっぱり私、ルードのことが『好き』……なのかなぁ……。
このままじゃ、ずっとこんな感じでモヤモヤするだけだし、なによりパノンに対して不誠実だと思うし、ちゃんと答えを出さなきゃ……だよね。
……コホン。
今から私がやることは、あくまでも『好き』を確かめるためであって、告白とかそういうのじゃなくて……とにかく私は、なけなしの勇気を振り絞って、ルードの背中に向かって言ってみることにした。
「……『好き』」
確かめるように出した言葉は、不思議と物足りなさを感じた。
「ううん……好き」
心を込めて言ってみると……胸がドキドキしてきて、居ても立ってもいられなくなってきて……すごく、満たされた心地になってくる。
どうしよう……ニヤけちゃう……全然頬に力が入らない……。
もっともっと「好き」って言ってみたくなる。
「好き……好き……」
パノンがルードに向かって公然と「好き」って言ってた気持ち、ちょっとだけわかっちゃったかも。
ルードに向かって「好き」って言うだけで、幸せな気分になってくる。
ルードに聞こえないとわかっているからこそ言える、私からしたらすごく大胆で、パノンからしたらすごく臆病な「好き」かもしれないけど、
「やっぱり……私……そうなんだ……」
ルードに向かってその言葉をぶつけて、ようやく自覚することができた。
私はルードのことが、
「大……好き……えへへ……」
どうしよう……頬が緩んじゃう……やめられない……病みつきになってるぅ……。
自覚した途端、堰を切ったように、ルードへの「好き」が止まらなくなってるぅ……。
でも……自覚した今だからこそ確信できたことがある。
一目惚れという言葉は私には縁のない言葉だと思ってたけど、どちらかというと一耳惚れって言った方が正しいのかもしれないけど……間違いない。
私たちの旅の始まりとなった、あの夜……この手を握られた時、私はルードに、
「一目惚れ……してたみたい」
自覚する前は、ルードを「好き」になってしまったら、不純に思われるかもとか、ふしだらに思われるかもとか心配してたけど、自覚した今は、そんな心配をするどころか、直接伝えられたらいいなぁとか思っちゃう。
でも、思っちゃった途端になんだか物凄く恥ずかしくなってきて、私は思わずルードに背中を向けてしまう。
心臓が爆発しそうなくらいドッキンドッキンしてて、そのせいで傷が余計に痛みを訴えてくるけど、頬の緩みだけはどうしても抑えることができなかった。
私は今、捧唱の旅をしている。
世界の命運がかかった旅をしている。
それはわかってる。
こんな浮ついた気持ちのまま、旅を続けちゃいけないこともわかってる。
だけど今夜だけは、「好き」がわかった今夜だけは、明日ルードとどんな風に接しようとか、不自然にならないよう気をつけようとか……人並みに、好きな人のことで思い悩むことを許してくださいと、世界の人たちとオルビスに向かって謝った。