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第42話-1 アトリの告白【ルード】

 ――グリッツ・リーバーか。また厄介な男に目をつけられたものだな。


 エグレギウス流闘術と呼ばれる武術の使い手で、武器も魔唱もなしにピュトンクラスの魔獣を屠る人外だという噂は目にしたことがある。

 さらに付け加えると、戦闘狂だという噂も。


 ――どちらも噂に違わなかったな。


 幾多の死地を乗り越えて培った勘が、奴と相対している間ずっと、最大級の警鐘を鳴らし続けていた。

 そんな相手など、師匠と、師匠の友人であり護り屋のトップでもある〝あの男〟くらいのものだったが……まだマイアから出てすらいないというのに()()だから、嫌でも世界の広さを痛感させられる。


 正直な話、グリッツの実力がどれほどのものなのか興味はある。が、所詮は興味止まりだ。相手にするつもりは毛頭ない。

 グリッツと〝会話〟するために取り出していた筆談セットをそのまま使うことにした俺は、木の板に白亜を走らせ、パノンに訊ねた。


『パノン、アトリの傷は本当に一週間で治るんだな?』


 その問いに、パノンはトン・ツーで答える。


『アトリの唱力が凄すぎるせいか、もうちょい早く済むかもしれへんで。回復系の魔唱の効果が切れても、唱者の唱力次第では自己治癒力が多少促進されるという話は聞いたことあるけど、アトリのは多少どころの騒ぎやないわ。てか、なんで今それを確認するん?』


『もちろん、十日を迎える前に国境を越えるつもりでいるからだ』


 パノンの口が、噴き出すような動きを見せる。


『やっぱ相手にする気なかったか』


『当然だ』


 ――もっとも、それで逃げ切れるかどうかは別問題だがな。


 一抹の危惧を胸の内に仕舞い込んでいると、おずおずとパノンに話しかけるアトリの姿が目にとまる。

 パノンはしばしの間アトリと話した後、俺にこう伝えてきた。


『アトリが、グリッツのことで話があるって』


『仕合のことなら心配ないと伝えてくれ』


『いや、ウチもそう思て、グリッツの相手はせえへんでって伝えたけど、どうやらそれとは別件みたいやわ』


 別件ということは……アトリはグリッツについて何か知っているのか?


『わかった。詳しく聞いてみてくれ』


 パノンは首肯を返した後、再びアトリと話し始めるも、ややこしい話だったのか『ちょっと筆談セット貸して』と催促してきたので、革袋からもう一セット取り出し、彼女に渡した。


 パノンは難しい顔をしながらアトリの話を聞き、木の板に白亜を走らせ、書き終わると同時に一つ息をついてから俺に見せてくる。


『なんでも、唱巫女の護衛には本命がいるらしくて、そいつらは世界各国から集めた精鋭中の精鋭らしくて、グリッツはその一人やねんて。そんで、ルードを含めた五十人の護衛団は囮にされる予定やったってアトリが言ってたわ。ルードが囮ってのはどういうことやと思ったけど、それ言う前にアトリに「ごめんなさい」って謝られたわ』


 鏖殺(おうさつ)された護衛団が囮として使われる予定だった……そのことに少なからず憤りを覚えたが、それ以上に、腑に落ちてしまった。


 今にして思えば、あの護衛団はたしかに数は揃っているが、唱巫女を護衛するには手練れと言える人間が少なすぎた。

 護衛団のリーダーと副リーダーを務めていた二人が多少できるという程度で、他は並みもいいところだった。

 数を揃えたのは、個々の戦闘力の低さをカバーすると同時に、数の威容をもって唱巫女を襲撃しようとする輩の心を挫くこと、そして、()()()()()が目的だったみたいだな。

 アトリを生死問わずで指名手配する、マイア国王や大臣連中の考えそうなことだ。


『アトリにこう伝えてくれ。「この策は国が考えたものだろう? だからアトリが謝る必要はない」と』


 その言葉をパノンが伝えるも、アトリはまだ後ろめたさを覚えているのか、どこか沈んだ表情をしていた。


 今の今まで黙っていたことを気にしているのか、護衛団を囮にしようとしていたことを気にしているのか、自分もそれに荷担してしまったことを気にしているのか……。


 一つ目に関しては、俺とアトリではコミュニケーションをとること自体が困難なため、伝えるタイミングそのものが極端に少ない。

 だから、これはアトリの気にしすぎだ。

 二つ目と三つ目に関しては、先程伝えたとおり、囮の策は国が考えたものであり、アトリにそれをどうこうできる権利があったわけではないはず。

 荷担というよりは、国から強制させられたという見方が正しいだろう。

 だから、アトリが謝るようなことは一つもない。


 ――だが……。


 それでも心を痛めてしまうのがアトリだ。

 そういう人だからこそ、全てを投げ打ってでも護ってあげたいと思ったのだ。

 俺は先程書いた「」の中の文字を消し、新たに文字を書き加えてから、パノンに木の板を見せる。


『アトリにこう伝えてくれ。「俺は全く気にしていないから、アトリも気にしないでくれ。むしろ、君がそんな顔をしている方が気になる」と』


 先程よりも文字数が増えたことで「」の中が少々狭苦しくなってしまったが、まあいいだろう。

 見づらさのせいでパノンの目が据わっていること以外は、特段問題はない。


 なぜかパノンは、俺に見せつけるように、わざとらしくため息をついた後、先の言葉をアトリに伝える。

 それを聞いたアトリは……なぜか少しだけ頬を赤くしていた。

 そんなアトリがかわいいことはさておき、どうして彼女の頬が赤くなったのか気になったので、今一度自分の言葉を反芻してみる。


 ……『君がそんな顔をしている方が気になる』は、少々気障だったか?

 だが、本当に、アトリには沈んだ顔などしてほしくないから、こればかりは仕方がない。

 そんなことを考えている間に、アトリの返事を聞いたパノンが荒々しい筆致で木の板に文字を書き殴り、その内容を俺に見せつけてくる。


『「わかった。そんな顔をしないようがんばってみる」って、モジモジしながら言われたわ!! はいはいごちそうさまごちそうさま!!』


 その数秒後、俺が読み終わったかどうかも確認しないまま書き殴った文字を全て消し、新たに書き殴った文字を見せつけてくる。


『いい加減ウチは帰るけど、ウチがおらんからってアトリにいかがわしいことすなや!』


 するわけないだろう――と、返事を書こうとしていた俺の手を止めるように、パノンは筆談セットを突っ返してくる。

 俺がそれを革袋に片づけている間、別れの挨拶でもしているのか、パノンはいまだ顔の赤いアトリに何事か耳打ち――やる必要があるのか?――した後、大股でこの建物から立ち去っていった。

 それから少しして、ふと気づく。


『ほな、ウチは村の状況が気になるから一度帰るわ。また明日、様子見がてら朝飯持っていったるわ』


 グリッツが現れる前、パノンは確かにそう()()()()()

 パノンの性格を考えると、惚れた男(おれ)異性(アトリ)と二人きりにさせるなど考えにくい。

 そして、友人(アトリ)異性(おれ)と二人きりにさせることも考えにくい。

 普段のパノンならば、村の様子を確認したら即行でこちらに戻ってくるくらい平気でやりそうなものだが……いったい、どういう風の吹き回しだ?


 まあ、おかげさまで、久しぶりにアトリと――――…………ん? 久しぶり?

 そうか……久しぶりだったな。

 アトリと、二人きりの夜を過ごすのは。


 意識した途端、胸が高鳴り、頬が火照りを帯び始める。

 パノンに釘を刺されるまでもなく、いかがしいことをするつもりなど毛頭ない。が、どうしても、アトリと目いっぱい触れ合いたいと想ってしまう。


 ――いい加減にしろ……!


 アトリは今、怪我をしている。

 すぐにでも休ませなければならない。

 なのに、アトリと触れ合いたいという想いばかりが溢れてくる。

 自戒したそばから、そんなことばかり考えてしまう。

 

 ――我慢しろ。アトリと触れ合うのは……彼女をベッドに案内する時だけで充分だ。


 ベッドという単語のせいで、娯楽小説で見たそういう場面が一瞬だけ脳裏をかすめるも、すぐさまかぶりを振り、邪念も雑念も振り払う。

 しかし、胸の高鳴りと頬の火照りまでは振り払うことはできなかった。

 おそらく、今の俺の顔はかなり赤くなってるだろうな。まあ、アトリの前で気にしても仕方のないことだが。

 このままウダウダしていたらアトリに心配されてしまいそうなので、頬の火照りをそのままに彼女に歩み寄る。


 ――ん?


 ベッドに案内するために、アトリの手を握ろうとしたところで、気づく。

 アトリの顔は、火照っているどころか沸騰していると表現していいほどに真っ赤になっていた。

 パノンに耳打ちされた際に何か言われたのか?

 先程までよりも露骨に顔が赤くなってるぞ。

 様子が様子なので、できるだけ優しく、アトリの手を握ってみる。

 握った瞬間に一瞬だけアトリは震えるも、どこか遠慮がちに、おずおずと握り返してくれた。


 ――まさか、久しぶりに二人きりで過ごすことを、アトリも意識しているのか?


 さすがにそれは自意識過剰だと思った俺は、できるだけ余計なことは考えないようにしながら、アトリの手を引いて歩き出した。

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