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第41話  狂人【アトリ】

「僕はグリッツ・リーバー。唱巫女(きみ)の護衛を務めるはずだった者……と言えば、わかってくれるかな?」


 グリッツさんの言葉に、私は見えない目を見開いてしまう。

 パノンが「なんの話や?」と小声で訊ねてきたけど、それに答える余裕は今の私にはなかった。


「それって……グリッツさんは、()()()護衛の方……ということですか?」

「正確には、その内の一人だけどね。だから、そっちの自己紹介は必要ないよ。君の名前はもちろん、ルードのこともちゃんと知ってるからね。それにしても……」


 不意に、グリッツさんが黙り込む。

 ど、どうしたんだろう……。


「なにルードとアトリのこと、ジロジロ見とんねん」


 私の戸惑いを察してくれたのか、パノンはグリッツさんが黙り込んだ理由を私に伝えつつも不快げな声音で言う。

 グリッツさんはパノンに全く応じることなく、得心したように「なるほど」と呟いた。


「本当に唱巫女は目が見えなくて、ルードは耳が聞こえないんだね。君は僕の動きに対して全く反応がないし、彼は僕から出る音に対して全く反応がない。けど――」


 突然、パノンが私の手を掴んでくる。

 パノンの手は、なぜか小刻みに震えていた。


「隙があれば仕掛けてみようかとも思ったけど、見事に隙がないね。嬉しい限りだよ。それから――」


『それから』という言葉が聞こえた瞬間、パノンの手がビクリと大きく震える。

 パノン……もしかして、グリッツさんのこと恐がってるの?

 もしかしてグリッツさん、本当は物凄く恐い人だったりするのかな?


「そこの君。ルードだけに向けていた殺気に気づいたことは褒めてあげるよ。でも、君じゃ一生かかっても、僕を楽しませる使い手にはなりえない。だから、そう恐がることはないよ。僕が求めるのは、僕の命を脅かすほどの強者だけだからね」

「その言葉だけで安心できるほど、ウチの神経は太ないわ」

「これはまたご冗談を。どうしようもない実力差に気づいてるくせに、そんなふうに言い返せてる時点で君の神経は充分に太いよ」

「ほっとけ――って、ルード!?」


 いきなりパノンが悲鳴じみた声をあげ、今度は私がビクッとしてしまう。


「ど、どうしたの……?」

「いや……ルードが革袋から筆談セット取り出しただけやねんけど……あんなバケモンの目の前で無造作に物取り出すとか、いったいどういう神経しとんねん。いきなり、おっ始まっても不思議やないってのに……」

「まったくだよ。ますます、そそられてしまったじゃないか」

「ったく、アンタも大概どういう神経しとんねん」


 自分のことを神経太くないって言ったそばから、グリッツさんに文句言ってる……。

 パノン、本当にグリッツさんのこと恐いって思っているのかな?

 そんな疑問を抱いていると、ルードの方からカリカリと文字を書く音が聞こえてくる。


「なになに……『文字は読めるか?』とは心外だね。ちゃんと読めるさ。書くことはできないけどね」


 堂々と言い切るグリッツさんに、私の手を掴んでいたパノンがガクッとなる。

 なんか、さっきまであったはずの緊張感が、もうどこかへ飛んでいっちゃった気がする……。


「しゃあないから、ウチが通訳したるわ」


 そんなことを言いながらパノンは私から離れ、トン・ツーを使ってルードと会話し始める。

 ほどなくして会話を終えると、パノンは先程言ったとおり、ルードの言葉をグリッツさんに通訳した。


「ルードが『俺に何か用か?』って訊いとるで」

「そうだな……それなら、え~っと……君の名前はなんて言ったっけ?」

「なんて言ったっけも何も聞いてすらなかったやろが!」

「そうだったっけ?」

「そうだったわ!」


 パノンは「ぜーはーぜーはー」と荒い息を吐いた後、諦めたような声音で答えた。


「ウチはパノン・ポルムンや。で、ルードにはなんて返すつもりやねん」

「それじゃあパノン、ルードにこう訊ねてみてくれ。『一戦だけでいいから僕と殺し合いをしないか?』ってね」

「「殺し合い!?」」


 私とパノンが声が綺麗に重なり、そのまま全く同時にグリッツさんに抗議してしまう。


「ダ、ダメですよ! 殺し合いなんて!」

「殺し合いって、いったい何考えとんねん!」


「……うん、そうだね。一人ずつ答えてあげるとしよう。まず、唱巫女はどうして殺し合いがダメだなんて言うんだい? 実を言うと、僕は指名手配中の君を殺すという(てい)で城を脱け出してきたんだけど、正直僕はルードと殺し合いができればそれでいいかなって思ってるから、君については見逃してあげるつもりなんだよ。見ての通り、僕は無益な殺生は好まないタチだからね。その僕が言うんだ。殺し合いは全然ダメことじゃないよ」


 な、なんか、物凄くこわいこと言われたけど……グリッツさんの言ってることがわけわからなさすぎて……うぅ~……頭がクラクラしてきたぁ……。


「それからパノンの疑問についてだが……やれやれ、僕の殺気に気づいた時点で、君は理解しているものだとばかり思ってたよ。しょうがないから答えてあげるけど、殺し合いをしたいのは、もちろん殺し合いがしたいからだよ。僕はまあ、僕の命を脅かすほどに強い人間や強い魔獣と戦えたらそれだけで幸せだからさ、どうせだから初めから殺し合ってしまった方が、色々とお互いが幸せになれるってわけだよ」

「……頼むから、人間にわかる言葉で喋ってくれ……ていうか『なんでまだわからないんだい?』って顔しながら首傾げんな! 傾げたいんはウチらの方や!」


 グリッツさんのことを恐がっていたことを綺麗さっぱり忘れてしまったかのように、パノンは猛然とグリッツさんを非難する。

 でも、確かに、首を傾げたいのは私たちの方かも――って、ルードの方からカリカリと文字を書く音が聞こえてくるけど、パノンってまだルードにグリッツさんの言葉伝えてないよね?

 少しして文字を書く音が止まって……パノンが噴き出した!?


「ちょ、お腹痛い……! まだなんも伝えてへんのに『断る』って、ルード話わかりすぎやろ……!」


 言うだけ言って堪えきれなくなったのか、とうとうパノンは大声で笑い出す。

 一方、グリッツさんは、


「やっぱり駄目か。まあ、今まで殺し合いに応じてくれた人間は十人に一人もいなかったから、想定内といえば想定内だけど……やはり、殺し合いがしたかったなぁ……」


 いや、だから、パノンはまだグリッツさんの『一戦だけでいいから僕と殺し合いをしないか?』という言葉をルードには伝えてなくて……でも、そのことをグリッツさんに言ったら、また話がよくわかんないことになりそうで……うん、ここは黙っておくことにしよっと。


「それなら……パノン、ルードにこう伝えてくれ。『殺し合いじゃなくて、ただの仕合で勘弁してあげる』ってね」


 グリッツさんの言い回しからなにかを感じ取ったのか、さっきまで爆笑していたパノンが真剣な声音で応じる。


「それも、断られるのがオチやと思うけど」

「僕は戦いたいと思った相手とは、絶対に戦わないと気がすまないタチでね。()()()()()()()()()

「……わかった。伝えるわ」


 パノンは、しばらくの間ルードとトン・ツーで話した後、グリッツさんにこう伝える。


「『十日後、またこの廃村に来い。その時に相手をしてやる』……それがルードの答えや」

「十日後ねぇ……その間、僕もこの廃村にいるってのは駄目なのかい?」

「アンタがそう言うの、ルードは予測しとったで」


 グリッツさんが、感心の吐息をつく。


「ルードは、どんな答えを用意してるんだい?」

「『好きにすればいい。仕合う前に俺の手の内を知りたいのならな』って、言っとったで」

「……なるほど。このわずかな間に僕という人間をしっかりと理解した、素敵な答えだね」

「ウチはさっぱり理解できへんけどな。で、そっちはどう答えるつもりなん?」

「『それなら、アザーンで宿をとることにするよ』と、伝えてくれ。仕合う前から相手の手の内を知ってしまったら、楽しみが減ってしまうからね」


 というグリッツさんの言葉をルードに伝えたあと、返事を受け取ったパノンが、今まで散々振り回された恨みを晴らすかのような嫌みったらしい言い回しで、グリッツさんにこう伝える。


「『話は終わりだ。そろそろアトリを休ませてやりたいから、とっと消え失せてくれると助かる』って、ルードは言ってたわ」

「つれないね。けどまあ仕方ないか。魔唱か何かで傷の治りは随分早くなっているようだけど、唱巫女の傷は決して軽くものじゃないからね」


「ど、どうしてそんなことまでわかるんですか!?」

「なんでわかんねん!?」


 またしても、私とパノンの声が重なってしまう。

 ルードとパノンを心配させたくないから我慢してるけど、ゴブリンに左肩から右腰にかけて切り裂かれた傷は、今もずっとズキズキしてて……すごく、痛い。

 不完全ながらも〝ホーリーヒール〟をかけて、さらにパノンが処置を施してくれたおかげか、一週間もすれば傷一つ残らず完治するってパノンは言ってたけど……やっぱり、痛いものは痛い……。


 と、とにかく、私がゴブリンに斬られたことすら知らないはずのグリッツさんが、私の傷の具合を見事に言い当てたことに、私もパノンも驚きを隠せなかった。


「そんなもの、目で相手の様子を見て、鼻で血の匂いを嗅ぎ取れば、簡単にわかることじゃないか」

「いや、それが普通みたいな言い方しとるけど、全然普通やないからな」


 全くもってその通りだと思った私は「うんうん」と何度も頷いてしまう。


「そうかい? 普通はわかるものだと思うが……まあ、そんなことはどうでもいいか。このままここにいてもルードと仕合えるわけじゃないから、今日のところはもう退散させてもらうよ」


 その言葉どおり、もうここに用はないと言わんばかりに、さっさとこの場から立ち去っていったグリッツさんが、入口の扉を閉める音が聞こえてくる。

 それから長い長い沈黙を挟み、パノンがポツリと呟く。


「なんか、めっちゃ疲れたわ……」


 物凄く同意だし、私もすぐにでも休みたいくらいだけど、そういうわけにはいかなかったので、色んな意味で緩んでいた緊張感を引き締め直す。

 なぜなら、グリッツさんのことで、ルードに話しておかなきゃいけないことと、謝らなきゃいけないことがあるから……。

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