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第38話-1 招かれざる者たち

 余程平和ボケしていない限り、どこの村でも魔獣の襲撃に備えて村の周囲に柵を設け、魔獣が現れたことを知らせるために最低でも一人は夜警の番をさせている。

 村の規模が大きければ、自警団を結成して防備を固めることもできるが、生憎リュカオンにはそんなものが結成できるほど若者の数は多くなく、今日も今日とて夜警番の青年がランプ片手にリュカオンを見回っていた。

 もっとも、村ができて以来魔獣に襲われたことなど皆無に等しいため、見回りをする青年の緊張感もまた皆無に等しい有り様になっているが。


「くぁ~……」


 大口を開けて欠伸を漏らす。

 まだ日が沈んだばかりだから、外に出ている人もそれなりにいる。

 そのせいで、なおさら緊張感を保つことができない青年だった。


 どうせ魔獣なんて来るわけがないという、村の備えを台無しにする平和ボケ思考が、夜警番をいかに楽してやりすごすかという方向に舵を切らせていく。

 ほどなくして、物見台の上から村を見守るフリをしながら一眠りしようという結論に至った青年は、腰のベルトにランプを吊り下げ、木組みの物見台を登っていく。


 物見台の上にたどり着いた青年だったが、このまますぐに一眠りするのはさすがに後ろめたかったので、一応ながらも夜警の務めは果たしたと自分を納得させるために、一度だけ周囲を見渡すことにした。

 腰に吊り下げていたランプを外して下界を照らそうとするも、家の灯りのおかげか存外に明るく、それを見た青年の脳裏に、どうせ夜警番をさせるならもっと遅い時間にしろよという文句が湧き上がったせいで、なけなしのやる気が瞬く間に萎んでいく。


 もうランプの灯りを消して一眠りしてしまおうかと思ったその時、コソコソと南側の柵に近づく小さな影を発見し、眉をひそめる。

 影は身を潜めて村の様子を確かめると、すぐに踵を返し、村を離れていく。

 何かはわからないが、村の防備に恐れを為して逃げ行ったと都合の良すぎる解釈をしていると、


「……なッ!?」


 青年の解釈に反し、影は戻ってきた。

 数十としか言いようがない、大勢の影を連れて。

 直後、青年にあるまじき絹を裂いたような悲鳴が、村中に響き渡る。


「ひ、ひぃッ! 魔獣が……魔獣がいっぱいいるぅうぅううううぅうッ!!」



 ◇ ◇ ◇



 夕飯をつくるクダラの手伝いをしていたパノンは、青年の悲鳴が聞こえた方角に鋭い視線を向ける。


「おばちゃん。チビたちとアトリのこと、お願いしてええか?」


 視線を固定したまま訊ねるパノンに、クダラは心底心配そうな視線を送る。


「かまへんけど……まさか、一人で戦うつもりなん?」

「男連中で何人か戦ってくれそうなのはいるけど、素人ばっかで正直あんまアテにはできへんからな。もうじきルードも戻ってくるはずやから、それまでウチ一人でなんとかせなアカンわ」

「……無茶、せんといてや」

「そら場合によるわ。あと、村の人らには孤児院に避難するよう言って回るから、その人らのこともよろしくな」

「わかったわ」


 と、クダラが答えた直後、アトリが、孤児院の女の子に手を引いてもらいながら台所にやってくる。


「パノン……怪我をした人がいたら、私のところに来るように言っておいて。よっぽどひどい怪我じゃない限りは治してみせるから」


 パノンは一瞬、自分がアトリの目になって、アトリに攻撃系の魔唱を使ってもらおうかとも考えたが、すぐにそれは悪手だと気づき、出かけた言葉を飲み込んだ。


 魔唱の特訓をつけてもらっていた時にアトリの力を何度か見せてもらったが、正直言って自分の使う魔唱とは次元が違いすぎる。

〝アイシクルシュート〟一つとっても、パノンが使った場合は家屋の壁に氷柱が突き刺さる程度の被害で済むが、アトリが使った場合はその直線上にあるもの全てを貫き、吹き飛ばしてしまう。

 これでは魔獣を退治できたとしても、村が更地になってしまう。

 だから、アトリに怪我人の治療をお願いすることが最善だと考えたパノンは、


「わかった。頼むわ」


 と、アトリの肩をポンと叩き、今一度気を引き締めてから孤児院を後にした。

 見たところ、まだ孤児院の方面に魔獣は来ていないようだが、


「いやああああああっ!」

「ゴブリンだッ! ゴブリンの大群だッ!」

「誰か……誰か助けて!」

「ぶっ殺してやるぁああああああああッ!!」


 南側から聞こえてくる悲鳴と怒号に、パノンは思わず歯噛みする。


「《()くと駆けろ 風の如く》!」


 走り出しながらも、唱者の敏捷性を高める補助系の魔唱〝ゲイルステップ〟を唱い、村の南側へ向かう。

 ルードには及ばないものの、その速さはまさしく風の如しだった。


 やがて村の南側に到着したパノンは、ゴブリンの数の多さに瞠目する。

 ざっと見ただけでも五十匹は優に超えていた。

 これほどの数のゴブリンが、傭兵や騎士団の目から逃れていたことには驚きだが、


(今気にするとこは、そこやない!)


 家屋を荒らし、逃げ惑う人々を追い回し……ゴブリンどもは暴虐の限りを尽くしていた。

 村人の中にも何人か、護身用の剣を持ち出して応戦してくれている者もいるが、剣筋が頼りないにも程があり、一匹仕留めるのにも難儀する有り様だった。


「ここはウチが食い止めるっ!! せやから、みんなは早よ孤児院に避難しぃっ!! あっこは建物がでかいし塀もあるから籠城に向いてるからなっ!! それから怪我人はアトリのとこ行ったら治してもらえるから、特にさっさと行きやっ!!」


 パノンの叫びに、応戦していた若者の一人が、ガムシャラに剣を振り回しながら抗議してくる。


「俺たちまで避難しろってか!? 足手まといだって言いてえのか!?」

「そういうこと――」


 パノンの存在に気づいた二匹のゴブリンが、奇声を発しながら突貫してくる。

 パノンは腰の両側に吊り下げた二本のダガーを逆手に抜くと、宙返りを打ちながら跳躍して二匹の突貫をかわす。

 視界の天地が完全にひっくり返った瞬間、宙返りの勢いを殺すことなく旋転しながらダガーを振るい、すれ違い様に二匹の喉を斬り裂いた。

 喉から血を撒き散らしながら倒れ伏すゴブリンを背に、着地したパノンが言葉をつぐ。


「――言うとるんちゃうわ! この数が相手やと、ウチかてどれだけ持つかわからへん! せやから――って、行かすか! 《踊れ踊れ 炎よ踊れ》!」


 今度は炎の魔唱〝フレイムガスト〟を唱い、村の女性に襲いかかろうとしていたゴブリンに炎の風を浴びせ、焼き殺す。


「せやから、孤児院の守り頼むわ! それに、ウチ一人の方が動きやすいしな!」

「結局足手まといって言ってねえか!?」


 と叫びながらも、パノンの意図を汲み取った若者たちは、逃げる人々を守りながら孤児院に退いていく。

 パッと見たかぎり、軽重関係なしに怪我人の数が多いが、どうやら死人は出ていないようでパノンは内心安堵する。

 これならきっと、アトリが治してくれるはずだ。


「さてと、いっちょキバるとしますか」


 パノンが最も厄介な敵だと判断したのか、三十匹近いゴブリンがパノンを遠巻きにし、残りは孤児院に避難する村人を追っていく。

 明らかに統制のとれた動きだった。が、だからこそ、パノンは困惑していた。


「どういうことや? こんだけしっかりまとまってんのに、見た感じ〝頭〟になる奴が見当たらへん。それにゴブリンどもの様子も、なんか変やな」


 ゴブリンも含めて、魔獣が人間を襲うことに理由らしい理由は存在しない。

 食べ物を奪ったり、人間そのものを食べ物にしたりすることもあるにはあるが、魔獣の多くが特になんの理由もなく人間を襲い、殺そうとする。

 ゆえに、それらは魔獣と呼ばれ、人間の天敵として扱われてきたわけだが……このゴブリンどもは揃いも揃って人間を恐れているような、人間を憎んでいるような、それこそ人間が魔獣(てんてき)に向けるような目を、パノンに向けていた。


「……まあ、ええわ。結局、やるかやられるかの話やしな」


 それだけで割り切ったパノンは、ゴブリンの包囲網に視線を巡らせる。

 ゴブリンどもの半数近くが自分一人に釘付けになっている状況は悪くないが、やはりどうしても、孤児院の方が気になってしまう。

 ゴブリンどうこう以前に、これだけの数の魔獣を一度に相手取るのは初めてだが、


「やるしかあらへんな……!」


 覚悟を決めたパノンは包囲網を崩すべく、ゴブリンどもに突っ込み、その身とともに二対の刃を舞い踊らせた。

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