第36話 特訓【アトリ】
「はぁ……はぁ……はぁ……」
折りたたみ式の杖で前方を確認し、服やら水袋やらお昼ごはんやらを詰めてパンパンになった背嚢を背負いながら、私はひたすら歩き続けた。
言うまでもないかもだけど、着ている服はもちろん、先日ルードとパノンが服屋さんで見繕ってくれた服だった。
「ほらほら! ペース落ちてるで! もう限界か~?」
私の前を行くパノンが、妙にノリノリな声で叱咤激励してくる。
「まだまだ……!」
私とルードが孤児院のお世話になってから、二週間の時が過ぎていた。
背嚢を背負って村を周回する、体力をつけるための特訓は今やもうすっかり日課になっており、今日も今日とてパノンに先導してもらいながら私は歩いていた。
一方ルードは〝テラアルケミー〟で橋を架ける場所と日にちを確定させるために、今日も今日とてお馬さんに乗って〈オルビスの傷痕〉へ向かい、調査と情報収集に努めていた。
三時間ほど歩いた後、村から少し離れたところにある丘に移動し、休憩がてら背嚢に入れていたサンドイッチを食べる。
食事を終えて一服した後、再びパノンに先導してもらって三時間ほど歩き続け、またこの丘で休憩をとる。
そして――――…………
「《氷は穿つ 其の命を》!」
元気いっぱいのパノンの唱声が聞こえ、続けて、パキパキと音を立てて生成された無数の氷柱が、風を切って飛んでいく音が聞こえてくる。
なぜパキパキ音が氷柱が生成される音で、風切り音が氷柱が飛んでいく音であることがわかったのかというと、単純に私が、つい今し方パノンが使った魔唱ついて知っているからなの。
パノンが使った魔唱の名前は〝アイシクルシュート〟。
効果については、もう説明する必要はない、よね?
「どや、アトリ! 今のウチの唱いっぷりは!」
「う~ん……かなりダメかな」
「マジで!? どこがアカンの!?」
あまりにもパノンが情けない声を出すものだから、思わずクスリと笑ってしまう。
「三日前に、炎系の魔唱は燃え上がっちゃうくらいの勢いで熱く唱った方が威力が上がるって教えたでしょ? その逆に考えてくれたらい――」
「そういうことか! 氷系の魔唱は、もっと静かに唱わなアカンってことやな!」
私の言葉を遮り、パノンは得心する。
もういい加減慣れちゃったから、このノリに圧倒されることはなくなったけど、それでもいきなりやられると、ちょっとだけビクってなっちゃう……。
「そういうこと。試しにもう一度、静かに、落ち着いて、〝アイシクルシュート〟を唱ってみて」
「わかった。《氷は穿つ 其の命を》…………って、おぉ!」
魔唱を唱い終えたパノンの口から驚きの声が上がる。
さすがに音だけじゃ、威力の違いまではわからないので、
「どうだった?」
と訊ねると、私にわかりやすく伝えるためか、パノンは具体的に答えてくれた。
「氷柱は一回りくらいおっきくなってるし、数も三割くらい増えてたで!」
そう言って、パノンは嬉しそうに私の両手を握り、『ありがとう』と言わんばかりにブンブンと振ってくる。
二週間前、パノンにお願いをして体力作りの先生になってもらい、そのお礼になにか私にできることはないかなってパノンに訊ねたら、魔唱について教えてほしいと言われて、お互いがお互いの先生になっちゃったの。
パノンの特訓はと~~~~ってもしんどいけど、おかげで少しずつ体力がついてる実感があって、パノンはパノンで私が知っている魔唱の知識をどんどん吸収していって……なんだかんだで、けっこう楽しんでるかも。
「思ったんやけど、魔唱の威力を下げたい時は、わざと下手くそに唱うのもアリなんちゃう?」
「あ、それは絶対にやっちゃダメだよ。やむを得ず下手な唱い方になっちゃった場合は確かに威力は下がるけど、わざと下手な唱い方をした場合、どういうわけかかなり高い確率で魔唱が暴発しちゃうから。それで命を落とした人もいるってお爺様が言ってたから、それは絶対にやっちゃダメ」
「わ、わかった――って、おっ? もうだいぶ日が傾いてきたな」
パノンが夕暮れを確認したところで、いつもどおりに特訓を切り上げ、孤児院に帰ることにする。
その途上、私は、この二週間何回お願いしたのかわからないお願いを、懲りることなくパノンにお願いしてみる。
「パノン、お願いが――」
「嫌や」
「ま、まだなにも言ってないのに……」
「いい加減言わんでもわかるわ。どうせ、トン・ツーを教えてほしいって言うつもりやったんやろ? そんなことしたら、ウチの唯一のアドバンテージがなくなってまうから絶対にアカンッ!!」
「ア、アドバンテージって……?」
「もちろん、ルードのハートを射止めるためのアドバンテージや!」
はっきりとそう言われ、私はなにも言えなくなってしまう。ルードへの気持ちがフワフワな私には、パノンに強く言い返せる言葉がなかった。
暇さえあればルードにアタックしているパノンと一緒にいると、どうしても、私自身がルードのことを……い、異性として、どう想ってるのか、考えさせられてしまう。
ルードのことは間違いなく好きだけど……その『好き』が異性としての『好き』なのかどうか、どうしてもはっきりしない。
ううん、はっきりさせることを恐がっているのかもしれない。
だって、私とルードは今、捧唱の旅を……世界の命運を賭けた旅をしている。
しかも、私は指名手配されてて、国に追われてて、ただでさえ過酷な旅をさらに過酷なものにしてしまっている。
そんな旅に付き合ってくれているルードを異性として好きになってしまったら……もしかしたらルードに不純だと思われるかもしれない。
世界の命運が懸かっているのに、ふしだらだと思われるかもしれない。
たぶん、さすがに、そこまではないとは思うけど……そのせいで、ルードに嫌われちゃうかもしれない。
これまでルードが私にしてくれたことを考えたら、そんなことはありえないってことはわかってる。
でも、どうしても、そんなふうに思ってしまう。
ふと、その手に持った杖に意識を向ける。
折りたたみ式のものを選んだのは、持ち運びに便利で、杖自体があくまでも行く手の地面を確かめるもので耐久性を求めていないから――というのが建前だった。
もし、ちゃんとした杖を買ってもらったら、ルードと手を繋いで歩く必要がなくなっちゃうと思って、どんな杖が欲しいのかと訊かれた時に、いざという時に使える携帯できる杖が欲しいって答えた……。
こんなのどう考えても……でも……やっぱり……でも…………そんなことばかりグルグルと考えて、結局結論が出なくて、フワフワなままになっちゃって……ルードにも、パノンにも、申し訳ない気持ちになってくる……。
「あ~もう! なんちゅう顔してんの!」
「な、なんちゅう顔って、どんな顔!?」
「それはウチの口からは言えんな~」
「もうそれ聞き飽きたぁ……」
「ウチは、アンタがほっぺた膨らませた顔見るのは全然飽きへんけどな~」
そんなやり取りをしている内に、孤児院に到着する。
誰かが孤児院の前の掃除をしているのか、箒を掃く音が聞こえてくる。
「ただいま~、おばちゃん」
というパノンの言葉を聞き、箒を掃いていたのがクダラおば様だとわかり、私もすぐにご挨拶した。
「ただいま帰りました。クダラおば様」
「おかえりなさい、二人とも。それはそうとアトリちゃん。そんな堅苦しい言い回しはせんでええって言ったのに、またして~」
「すみません……年長の方を相手に言葉を崩すことに、どうしても慣れなくて……」
「そうか~。それならもう、アトリちゃんの話しやすい方でかまへんよ」
「す、すみません……」
「謝らんでええ、ええ。初対面の人間相手にパノンみたいな喋り方するほうが、よっぽどやしな~」
「その喋り方をウチら全員にまるっと伝染したのは、どこの誰や」
「さあてな~。最近物忘れが激しいからな~」
「ウチより記憶力ええくせに、よう言うわ」
私には見えないけど、パノンが肩を落としたことは容易に想像できた。
「ところで、おばちゃん。ルードはまだ帰ってへんの?」
「まだやな~。朝出る時、遠くまで行ってくる言うてたから、今日は帰り遅なる思うで」
「あ~、たしかにそんなこと言うとったな~」
ルード、まだ帰ってきてないんだ……。
「あらあら? アトリちゃんったら、そんな寂しそうな顔しちゃって」
「そ、そんな顔してました!?」
「しとったで~。よう見ときや、パノン。アンタに足らへんのは、こういうところやで~」
「あ~……やっぱ、こういうところか……」
「こういうところって、どういうところ!?」
思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。
そんな感じで二人の会話に振り回されながら孤児院に入り、私たちはルードの帰りを待つことにした。
ルードよりも先に、〝あんなもの〟がこの村にやってくるとも知らずに……。




