第34話-1 旅装選び【アトリ】
話し合いが終わった後、ルードの提案により、私たち三人はリュカオンの服屋さんへ向かった。
いつまでもドレスで旅を続けるのはしんどいだろうということで、私の旅装を見繕うことにしたの。
いい加減慣れちゃったけど、それでもやっぱり動きづらいものは動きづらいし、ドレス自体旅に向いている服装とは到底思えないから、旅装を見繕うというルードの提案は私としても大賛成だった。
それに……服屋さんなら〝アレ〟も売ってるかもしれないし。
ルードに手を引かれながら服屋さんに入ると、店主さんと思われるおじさまの声が私たちを出迎える。
「いらっしゃい――って、なんだ、パノンちゃんか」
「『なんだ』とは随分やな。お客さん連れてきたのに」
「お客さんって……ああ、クダラさんから話は聞いてたけど、まさか本当に唱巫女がこの村に来ていたとはな。それにしても、こんな小さくて、おまけに目が見えない女の子を指名手配するとは国はいったい何を考えとるんだ? 世界の命運がかかっているとはいっても、やって良いことと悪いことがあるだろうに」
心の底から私のことを心配し、心の底から国に怒りを覚えているような、そんな声音だった。
村全体の気質なのかな? パノンも、クダラおば様も、孤児院の子供たちも、店主さんも、会う人会う人が優しくて、温かくて……まだここに来て一日も経ってないけど、私、この村のことが好きになっちゃったかも。
もう二言三言、パノンと店主さんが冗談まじりに喋った後、いよいよ旅装探しが始まる。といっても私は探せないから、ルードとパノンにお任せするしかないけど。
お任せして一分の時が過ぎた頃、
「よっしゃ。持ってきたで。ウチとおんなじやつ」
驚くほどの早さでパノンが戻ってくる。
パノンがどういう服を着ているのか興味があったから、着てみたいとは思うけど……、
「いや、それはさすがに……まあ、でも……アリといえばアリか……」
店主さんの反応が、どこか煮え切らない感じになってるのはどうしてだろう?
とにかく着てみないことには判断がつかないので、私はパノンと一緒に試着室へ向かった。
そして私は、どうして店主さんがあんな反応をしていたのか、すぐに思い知らされることとなる。
「あぅ……」
パノンに手伝ってもらって試着してみたけど……パノンと同じ服、すごくスゥスゥするぅ……。どこもかしこもスゥスゥするぅ……。
上着を一枚羽織っているといっても、その下は胸以外隠せてないし、下衣もすっごく短いし……。
落ち着かない……すっごく落ち着かないぃ……。
「パ、パノンはいつも、この服を着てるの?」
「……ごめん。今、めっちゃ敗北感に打ちひしがれてるからちょっと待って……」
「どういう意味!?」
と、思わず声を裏返らせながら訊ねるも、返ってきたのは、
「サイズが……サイズが違いすぎる……」
という、物凄く敗北感に打ちひしがれた声だけだった。
やがて、なんとか立ち直ったパノンが、先の質問に答える。
「あぁ……うん、いつも着てるで。どや? めっちゃ動きやすいやろ?」
「う、動きやすいのは認めるけど……この服、私でも気になるくらい肌が出すぎな気がするんだけど……」
「気がするどころか、普通にめっちゃ肌出てるで」
「パノン!?」
情けない声を上げた直後、トン、トンと、試着室の扉を叩く音が聞こえてくる。
「お嬢ちゃんの王子様が、試着した姿を確認したいだってよ」
「お、王子様じゃないから!!」「アトリの王子様ちゃうから!!」
全く同じタイミングで否定してしまい、店主さんの笑いを誘ってしまう。
ていうか、パノンが選んだ服がこういう服だってわかってるのにルードに見てもらおうとするとか、店主さん絶対にこの状況楽しんでるよね!?
そもそも、ルードだってパノンの服がどういう服か知ってるのに、試着姿が見たいってなんで――――…………え?
も、もしかして……ルードは見たいの、かな?
パノンの服を着た私を……。
「なんや? めっちゃ顔赤くなってるやん。そんなに恥ずかしいなら見せるの断ってもええと思うけど、どうする?」
肌がいっぱい出てる服を見せるのは恥ずかしい……けど、もし、本当にルードが見たいって思ってるなら……。
「だ、大丈夫。ルードの感想も……聞いておきたいし……」
「……まさか、ルードに見て欲しいとか思てへん?」
「な、なんでそうなるの!?」
「そういう顔してたからや」
そう言われて、思わず自分の顔をペタペタと触ってしまう。
でも、そんなことをしても、やっぱりそういう顔がどういう顔なのかわからなくて……でも、自分の顔が今物凄く熱くなっていることだけはわかって…………私、ほんとにどういう顔をしてるんだろう……。
「表情をコロコロコロコロと…………アカンわ。そんなん見せられたら、墓穴掘るとわかっとっても、ウチの方から野郎どもに見せたくなってくるわ」
なんのことだかよくわからないことを言った瞬間、パノンが開けたのか、バーンッと勢いよく扉が開く音が試着室に響き渡る。
それからすぐに、パノンに手を引かれて試着室を出ると、口笛を吹く音が聞こえてくる。
「思ったとおり、アリだったな」
「どこガン見して言うとんねん」
「それは男の性というやつだ。なあ、少年」
そう言いながらも、店主さんはルードと〝会話〟しているらしく、カツカツと文字を書く音が聞こえてくる。
「『一緒にしないでくれ』って言われとるで、おっちゃん」
「言われてはいない。書かれてはいるがな」
「それ、ただの屁理屈やん」
パノンがため息をついた後、トン・ズー・トン・ズー・ズー……という感じで、床を足で叩いたり引きずったりする音が聞こえてくる。
ずっと気になってたけど、ルードとパノン、この音……だとルードには伝わらないから、動き……かな?
とにかく、このトンとズーを使って会話してるよね?
少しして、パノンがどこかつまらなさそうな声音でルードの言葉を伝えてくる。
「『動きやすさという点は申し分なさそうだが、エーレクトラの暑さを差し引いてもその格好は少々露出が多すぎるから、別の服にした方がいい』ってさ」
……ルードのことだから、真面目に答えてくるかもしれないとは思ってた……けど……
「それ、だけ……?」
…………………………………………………………………………………………
……な、ななな!
なに言ってるの私!?
これは私に似合う服を探すって話じゃないから!
旅をするのに向いている服を探すって話だから!
でも……なんで……どうして……『それだけ?』とか言っちゃったんだろぅ、私……。
私がモダモダしている間に、パノンのいる方向からまたしてもトンとズーが聞こえてくる。
もしかしてパノン……『それだけ?』をルードに伝えてるの!?
「ほれ、見ろ! 顔が真っ赤になってるじゃないか! やはり少年も俺と一緒じゃないか!」
「アレはしゃあないやろ! まさか赤い顔して上目遣いで言った言葉が『それだけ?』だったとか知ったら、誰でも顔赤くなるわ! てか、同性のウチもキュンときそうになったわ!」
やっぱり伝えてるぅ……ほんとになんで私『それだけ?』とか言っちゃったんだろぅ……。
これじゃ私、この服装をルードに褒めてもらいたいとか思ってるみたいで……恥ずかしいぃ……。
「はぁ~~~~~~~~~~っ!?」
突然、パノンが大きな声を出して、思わずビクッとしてしまう。
「感想求めたのに『聞かないでくれ』とか……ルード、アンタそれはないんちゃうか!?」
そう言いながらも、ズー!・ダン!・ズー!・ダン!・ダン!……と、荒々しい音が聞こえてくる。
続けて、ルードの方から、ズー・トン・トン・トン……と、静かな音が聞こえてきて、その音が終わると同時に、パノンが満足そうな声をあげる。
「よっしゃ。それでええねん、それで――って、なんでウチ、後押しするような真似してんねやろ……。いや、でも、まあ、ウチも似合とる言われたから、ま、えっか」
そんな独り言を漏らした後、パノンがルードの返答を伝えてくる。
「『パノンとは別ベクトルで似合っているが、目のやり場に困るから個人的にはやめてほしい』って言ってたで」
言葉の意味を反芻する。
似合ってる……私、この服似合ってるんだぁ……。
でも、目のやり場に困るということは……それだけ露出が多いってこと、だよね?
でもでも、『似合っている』と思われたことは嬉しくて……『目のやり場に困る』と思われたことはやっぱり恥ずかしくて……なんだろう……この気持ち……なんだろう……。
「あ~もう! アトリはほんまかわええな~」
「わぷっ!? パノン……! いきなり、抱きつかないで……!」
「フハハハハ! 抱きつくにいきなりも何もないのだよ! ウチの目の前でかわいらしくモジモジモジモジしてるアンタが悪い!」
「私のせいなの!?」
パノンに猫可愛がりされて、アワアワしながら助けを求めるも、店主さんの大笑いと、ルードのクスリと笑う声が聞こえてくるだけで、結局私はパノンの気が済むまで猫可愛がりされることになってしまった。