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第33話-2 知恵を絞って【ルード】

 国境を越える方法は見つかったものの、決行日に関しては保留という形で話を終わらせざるを得なかった。


 現在、俺たちが国外に逃げることを警戒してか、関所の警備は厳重になり、関所がない場所でも騎兵が〈オルビスの傷痕〉沿いを巡回していると、パノンは()()()()()


 アトリが〝テラアルケミー〟で橋を築いている最中に騎兵に見つかっては事なので、騎兵の巡回時刻とルートの把握は必須だ。

 それに、大地をもとにして五百メートルもの橋を築くとなると、地震や地鳴りが起きる可能性が高い。

 関所と関所の間隔が広く、なおかつ、騎兵が駆けつけるのに時間がかかる地点を割り出す必要もある。

 ゆえに、情報と計算を重ね切るまでは決行日を保留することにしたのだ。


 ――それに。


 俺たちが話し合うべきことは国境越えだけではない。

 今のうちに詰められる話は詰めておこうと思い、続けて俺たちは、大地が唱を求める場所を特定することにした。


 アルカスの宿屋でやった時と同じように、地図上にあるリュカオンの位置と、キュレネ山の位置をアトリに把握させたあと、〝大地の声〟が聞こえる方角を特定し、地図に線を引いていく。

 今さら言うまでもないことだが、線はエーレクトラとの国境を突き抜けていた。


 そこからアトリは、パノンの助けを借りて慎重に線を指でなぞっていき、エーレクトラの中心部付近で手を止め、この辺りだと示すように何度も指で円を描く。

 その場所を見た瞬間、パノンは顔を引きつらせ、俺は漏れかけた舌打ちを噛み殺した。


 アトリが円を描いた場所は、エーレクトラ城だった。


 大地はアトリに、エーレクトラ城で〝大地に捧げし唱〟を奉じろと言っていた。


 従来の捧唱の旅ならば〝大地に捧げし唱〟を奉じるのに、これほど楽な場所はないだろうが、俺とアトリにとっては考えうる限り最悪と言っていい場所だった。

 俺とアトリの旅が、そうそう都合良くいかないことは覚悟していた。

 だが、これはあまりにもと思わざるを得ない。


 ――恨むぞ、オルビス……!


 エーレクトラ国王がアトリを指名手配するのに反対している可能性はある。が、たとえそうであったとしても、下手に城に近づこうものなら対外的な理由により拘束されるのは必至。

 だから、エーレクトラで〝大地に捧げし唱〟を奉じるには、誰にも気づかれることなく城に潜入し、誰にも気づかれることなくアトリが〝大地に捧げし唱〟を唱い、誰にも気づかれることなく城を脱出する必要がある。

 無理筋にも程がある。正直、目眩がしそうだ。


 国境を越えた先に待ち受ける困難を前に、空気が露骨に重くなっていた。

 沈黙も、さぞかし重くなっていることだろう。


「■■!」


 突然、パノンが両手を合わせ、何事かアトリに話しかける。何か思いついたようだ。

 しばらくすると、アテが外れたのか、二人は同時に肩を落とし、パノンがこちらに向き直って内容を説明してくる。


『〝フェイクサイダー〟っていう他人に変身できる魔唱があんねんけど、これ使える人間はだいぶ限りられててな。唱巫女に選ばれたアトリならワンチャン使えるかと思ったんやけど、世の中そう上手いことできてないみたいや。どうにもアトリは異常系や補助系の魔唱との相性が悪いらしい』


 カルナンが使っていた、生物を操る魔唱や、相手を眠らせる魔唱が異常系に該当し、身体能力を強化する魔唱や、先程パノンが触れた〝フェイクサイダー〟が補助系に該当している。


 思い返してみると、たしかにアトリはその手の魔唱を使ってなかったな。

 実際、身体能力を強化する魔唱や、相手を眠らせる魔唱が使えたのなら、アトリの性格上、攻撃系よりも余程好んで使っていただろうしな。


『結局のところ、エーレクトラ城の様子をこの目で確かめないことには対策の立てようがない。この件は今は棚に上げておくしかないな』


 そう伝えた後、ふと思いついたことがあったので、パノンが今の言葉をアトリに伝えるのを待ってから頼み事をしてみる。


『パノン、折り入って頼みたいことがあるんだが』

『ルードの頼みやったらなんでも聞いたるで』

『それは助かる。頼みたいことというのは、アトリにトン・ツーを教えてやってほ――』


 突然、パノンは俺の手を掴んで〝言葉〟を遮ってくる。


『アカンに決まっとるやろ』


 語尾に『!』が二つか三つほど付いてきそうなほどに荒々しいトン・ツーだった。


『なんでも聞いたるという言葉は、どこに行った?』

『〈オルビスの傷痕〉の底に落ちて行ったわ』


 これだけは絶対に譲らない――そんな目で、パノンが睨んでくる。

 見たところ、アトリとはあっという間に仲良くなったようだから、トン・ツーも喜んで教えてくれるだろうと思っていたが……これはアレだな、娯楽小説でもよく見かける女心というやつだな。男には絶対にわからないやつだな。

 これ以上頼んでも無駄だと悟った俺は、ただ一言、


『そうか』


 と、返すことしかできなかった。

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