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音を知らない少年は、光を知らない少女に恋をする  作者: 亜逸
第2章

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第33話-1 知恵を絞って

 風呂から上がり、食事を済ませた後、アトリはパノンと同じ部屋で、ルードは空き部屋のベッドで眠りについた。


 そして、翌朝――


「くらえぇええぇええぇぇええッ!! ルードォォオオオォオオォォォオオッ!!」


 孤児院の裏庭で、裂帛の気合がこだまする。

 十歳にも届かない男の子が吐き出した気合だった。

 直後、男の子は飛び上がり、木剣(ぼっけん)と呼ぶにはあまりにも粗末な棒がルードの脳天目がけて振り下ろされる。

 裂帛だろうが何だろうが全く聞こえないルードは、表情一つ変えることなく必殺の一閃を紙一重で回避する。

 続けて、


「覚悟ぉおぉおおおおぉおおおおおぉっ!!」

()ったぁあぁあぁぁぁぁあああああっ!!」

「くたばれぇえええええええええええっ!!」


 幾人もの男の子が物騒な重唱を奏でながら、その手に持った棒でルードに襲いかかり、例によって紙一重でかわされた全ての棒が虚しく空を切る音を奏でる。


「相変わらず面倒見がええな~」


 限りなく無表情に近い顔をしているくせに、しっかりと孤児院の男の子たちの相手をしているルードを眺めながら、パノンは感心するように独りごちた。

 一方アトリは、


「わぁ……お人形さんみたい」

「目が見えないって本当なん?」

「唱巫女なんやろ? なんか唱ってや~」


 孤児院の女の子たちに質問攻めにされて、ひたすらアワアワしていた。

 アトリが着ていたドレスは洗濯したため、今はどこにでもあるような麻の服を着てもらっているのだが、それを差し引いても、女の子たちが興味を持つのも仕方ないと思えるほどにアトリはかわいらしいと、パノンは思う。

 それこそ、本物の人形以上に。


「にしても、まあ……」


 朝、起きてきた子供たちが見知った客(ルード)見知らぬ客(アトリ)を発見してから十分と経たずにこの有り様だから、子供たちの元気っぷりに慣れているパノンも苦笑を禁じ得ない。

 これまでに三回ほど泊まったことがあるうえ、もともとこの程度では動じることがないルードはさておき、アワアワしっぱなしのアトリをこのまま放置するのは少々可哀想だったので、助け船を出してあげることにする。


「そのお姉ちゃん困ってるやろ。てか、クルルとマリー。今日アンタら、朝飯お手伝いの当番ちゃうん?」

「あっ!?」「そうやった!」


 二人の女の子が大急ぎで建物に戻り、残りの女の子たちもパノンに「散った散った」と手をヒラヒラされたため、ブーブー文句を垂れながらも退散していく。


「あ、ありがとう……。みんな、すっごく元気で、ちょっと圧倒されちゃった」

「ウチも含めて、それだけが取り柄やからな~」


 やがて朝食が出来上がり、パノンはルードとアトリを連れて、クダラと十一人の子供たちが囲う大テーブルの席につく。


 例によって賑やかこの上ない朝食を終え、食器の片づけを手伝った後、三人は国境を越える方法を考えるべくパノンの部屋に移動し、大テーブルよりも随分と小さなテーブルを囲った。

 全員が席につくや否や、ルードがテーブルを指で叩き、パノンにトン・ツーを送ってくる。


『話を始める前に、一つアトリに訊ねて欲しいことがある』


 妙に神妙な顔をしていたので、何か大事な話があるのかと思いつつ『なんや?』と返すと、


『アトリが普通に汁物を食べていた件についてだ』


 思わず、椅子から転げ落ちそうになる。

 今日の朝食は、パンと果物、そして、汁物こと野菜スープという献立だった。

 野菜スープについてはパノンも心配になり、一人で食べられるかどうかアトリに訊ねたところ、食器の位置さえ教えてくれたら食べることができると答え、事実、彼女はテーブルを汚すことなく食べきってみせた。


 それを見た男の子の一人が目をつぶったまま野菜スープを食べようとして結局テーブルを汚してしまったことはさておき、どうしてルードがそのことで神妙な顔をしているのか、パノンには皆目見当がつかなかった。


『それがどうかしたん?』


 と訊ねてみると、あまりにも予想外すぎる返答がかえってきて、パノンの目が点になる。


『以前アトリに粥を食べさせてあげたことがあってな。一人で食べられるのにどうして俺に『あーん』をさせたのか訊いてみてくれ』


 言葉の意味を反芻する。


 たしかに、間違いなく、ルードはトン・ツーで『あーん』と、伝えてきた。

 いや、実際のところは『あーん』ではなく『あ~ん』なのかもしれない。トン・ツーで伝えられた以上にフワッとしているのかもしれない。


 次に注目すべきは粥だ。

 ルードはアトリに粥を食べさせてあげたと伝えてきた。

 そこから連想できる事態は一つしかない。


「ルードに『あ~ん』してお粥を食べさせてもろたってどういうこと!?」


 突然、大声で話を振ったせいか、アトリが椅子から飛び上がらんばかりにビクリと震える。

 続けて、アトリの顔がみるみる真っ赤になっていくのを見て、返事を聞くまでもなく、アトリがルードに『あ~ん』してもらったことを確信する。


「なにそれ羨ましいっ!! てか、一人で食べられるのに、なんで『あ~ん』してもろたんっ!?」

「そ、それは……私、風邪を引いちゃって……ベッドの上だったから汚すわけにもいかないから、その――」

「食べさせてもろた、と? まあ、そういう状況やったから、()()ルードが『あ~ん』したんやろうけど…………なんでアトリ、後ろめたそうな申し訳なさそうな恥ずかしそうな顔してんの?」

「あぅ……」


 ジロリとパノンが睨みつけた際、肌で感じられるほどの威圧感でも出ていたのか、アトリは小さな体をさらに小さくしていた。

 散々モジモジした後、蚊の鳴くような声でアトリはこう答える。


「『あ~ん』することになったのは、そういう流れになってしまっただけなんだけど、断らなかったのは、その…………今思うと私、ルードに『あ~ん』してもらいたかったんだと……思う」


 言い終わるや否や、耳まで真っ赤になった顔を隠すようにテーブルに突っ伏する。恥ずかしさの限界点を超えたのか、アトリは「ん~ん~」言いながら身悶えていた。

 そんな彼女を見て、パノンは緩みかけた頬をムニムニさせながら、どうにか堪える。


(アカン……やっぱ、この子かわええわ。恋のライバルやのに、なんか応援したなる)


 昨夜、一緒に風呂に入った時にルードのことをどう想っているのかと訊ねた際、ルードのことを考えていた彼女の顔は、完全に恋する乙女のそれだった。

 アトリが、無自覚に、どうしようもないほどにルードに惚れていることが一目でわかる顔だった。


(もうこれほとんど相思相愛やん。付け入る隙なんてあるんかな、これ……)


 絶望的な気分になりながらも、今からルードにアトリの言葉を伝えなければならないことに、ますます絶望する。


『ルードに「あーん」してもらいたかったって言ってたで』


 と、伝えると、今度はルードまで顔を赤くし始め、予想どおりに絶望が上乗せされる。


(ルードはルードで、アトリの前やと、ただの初心な男の子やな……。てか、ルードにこんなかわいい一面あってんな……)


 ルードの方も、一目見ただけでどうしようもないほどにアトリに惚れていることがわかる有り様だから、パノンはどうしようもない気持ちになってくる。

 自分は自分で、ルードも好きで、アトリのことも好きなものだから、なおさらどうしようもないに気持ちになってくる。


(……まあ、ええわ。今は国境越えの話をせんとな)


 強引に頭を切り替えたパノンは、キャビネットから地図を取り出し、テーブルの上に拡げる。

 地図で見るとなおさら痛感させられるが、マイアとエーレクトラ、ターユゲーテを隔てる〈オルビスの傷痕〉の大きさは異常の一言に尽きるものだった。


『地元の人間だけが知っている橋はないか?』


 ルードの質問に、パノンは大きくかぶりを振る。


『ならば、橋を築いた魔唱について何か知っているか、アトリに訊いてみてくれ』


「そういえば、〈オルビスの傷痕〉に架けられた橋は全部魔唱でできたもんやったな」


 と、独りごちていると、ルードの言葉を伝えるまでもなく、アトリが答えてくれた。


「そうだよ。ナトゥラの民にのみ伝わる魔唱〝テラアルケミー〟を使って築いたって、お爺様が言ってた。ただ、唱巫女に選ばれるくらいの唱力がないと、〈オルビスの傷痕〉に架けられるほどの大きな橋は築けないとも言ってたけど」

「その魔唱って、アトリも使えるん?」


 アトリはコクリと首肯し、


()()()()()()()()使()()()()魔唱だから、私も使えるよ」

「ていうことは、ウチにはどうあがいても使えん魔唱ってことか」


 再び、アトリは首肯を返す。


 魔唱使いは唱詞を覚えればどんな魔唱でも使えるというわけではなく、魔唱との相性や血筋によって、個々人が使用できる魔唱に違いが出てくる。

 攻撃系の魔唱は得意でも回復系の魔唱は発動すらできない者もいれば、回復系の魔唱は得意でも攻撃系の魔唱は発動できない者もいる。

 どんな魔唱でも満遍なく使えるが得意と言える魔唱がない者もいれば、極稀だがどんな魔唱も得意だという者もいる。

 そういった相性とは別に、血筋によってのみ使える魔唱も存在するが、これに関しては、ナトゥラの民だけに限定された話なので、どこぞの王家のみが使えるといった類の話は現状は出てきていない。


 兎にも角にも〈オルビスの傷痕〉に橋を架けた〝テラアルケミー〟なる魔唱は、ナトゥラの民にしか使えない特別な魔唱だった。

 余談だが、アトリがピュトンを退治した際に使った〝セイクリッドコンヴィクション〟もまた、ナトゥラの民にしか使えない魔唱の一つである。


 パノンは〝テラアルケミー〟についてルードに伝えると、彼はしばしの間黙考し、こう返してくる。


『アトリに〝テラアルケミー〟を使って新たに橋を造ることができないか訊いてみてくれ』


「なるほどな~。それならいけそうっていうか、それしかなさそうなやな」


 と、独りごちたあと、ルードの言葉を伝えると、アトリは花が咲いたような笑顔を浮かべ、


「ルードの方から頼ってくれた……!」


 と、喜色の声をあげるも、


「あ、でも……目が見えない私じゃ上手に橋が造れないかも……」


 一転して、萎んだ花のように落ち込んだ顔をしながら弱気を漏らした。


「上手に橋が造れへんって……そもそも〝テラアルケミー〟って、どういう魔唱なん?」

「大地を原料にして、唱者が思い描いた〝物〟を錬成する魔唱なの。だから――」

「自信がない、と。〝テラアルケミー〟は、どの程度使ったことがあるん?」

「二回だけ……。手で触って形を確かめたお人形を錬成したら……集落を滅ぼそうとしている土の巨人ができたって、みんなに言われたぁ……」


 思わず、パノンは顔を引きつらせる。


「そ、それって、自分の意志とは関係なしにデカいのができたってこと?」

「うん……。二回目はもっと小さくするよう思い描いたけど、一回りくらいしか小さくならなくて……お爺様が言うには、私の唱力が強大すぎるせいで〝テラアルケミー〟で錬成したものが軒並み大きくなってしまったのだろうって言ってた……」

「ちなみにやけど、形に関してはなんて言われたん?」

「……聞かないで」


 それだけで察したパノンは、


「なんか……ごめん」


 と、返すことしかできなかった。

 なかなか返事がかえってこないことに業を煮やしたのか、ルードの方から訊ねてくる。


『アトリはなんと言っていた?』


 アトリと話した内容をそのまま伝えると、ルードはすぐに返事をかえしてきた。


『問題ない。むしろ、それほど巨大な物体を造ることができるなら、まず間違いなく向こう岸まで届く橋を築けるはず。俺にできることがあれば何でも手伝うから、頼らせてくれとアトリに伝えてくれ』


 そんなルードの言葉を()()、パノンは心の中で情けない声を漏らす。


(これは、アカン)


 ルードの言葉は、何かと自分に自信のない、アトリの深い深いところに突き刺さること間違いなしの言葉だった。

 ますますアトリがルードに惚れること間違いなしの言葉だった。

 諦めたようにルードの言葉をアトリに伝えると、案の定、アトリは頬を赤らめながらも心底嬉しそうな顔をしていた。


(なんかもう、逆に吹っ切れそうな気がしてきたわ。はは……ははは……)


 などと思いつつも、明らかに吹っ切れていない虚ろな目で虚空を見つめながら、引きつった笑みを浮かべるパノンだった。

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