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第3話-2 襲撃【アトリ】

 剣戟の調べを、腹の底に響く怒号を、断末魔の叫びを聞きながら、私は膝を抱えてただただ震えていた。

 サイト様からいただいた昼食のサンドイッチを食べた後、昨晩ほとんど眠れなかったせいもあってか、つい眠ってしまった。

 そして目が覚めたら、外から聞こえてくる音が地獄そのものに変わっていた……。

 

 まさか、〝裏〟の人たちに襲われてるの?


 それとも、魔獣の群れに襲われてるの?


 恐い……。


 怖い……。


 こわい……っ。


 捧唱の旅がこういう旅だってわかっていたはずなのに、覚悟をしていたはずなのに、いざ実際に危機が訪れると……恐くて、怖くて、たまらない。

 目が覚めたら外の様子が一変していたせいで感情がついていかないだけだと自分に言い聞かせるも、そんなものはただの詭弁だと言わんばかりに、私の体は恐怖からくる震えを止めてくれなかった。


「《お逝きなさい (ともがら)を連れてお逝きなさい》」


 呪詛を思わせるほどに薄暗い、男の人の唱声が聞こえてきて、ほんの少しだけ脳を揺さぶられるような不快感を覚える。

 今の魔唱は……まさか〝カーネイジ〟!? 

 心が強くない人や魔唱の耐性が低い人の正気を奪い、唱者(しょうしゃ)が指定した相手を殺し尽くすまで止まらない操り人形に変えてしまう非人道的な魔唱……もう百年以上前に禁唱(きんしょう)指定されて唱そのものが闇に葬られたってルゴルドお爺様から聞いたけど、まさか使える人がいるなんて……!


 こんなことをするのは〝裏〟の人たちしか考えられない。

 護衛団のみなさんは〝裏〟の人たちに襲われてるんだ!

 震えてる場合じゃない……よね。

 だって、今なら私にもできることがあるんだから!


 ナトゥラの民は、オルビスから授かった〝大地に捧げし唱〟をヒントに、現代に伝わる魔唱の基礎をつくり上げた。

 だから、ナトゥラの民には魔唱の造詣に深い人が多く、私も、お爺様や集落の大人たちから沢山の魔唱を教えてもらった。


 魔唱の力によって異常をきたした人を治す魔唱――〝ピュリフィケーション〟。

 この魔唱を唱えば、〝カーネイジ〟にかかった人たちを正気に戻すことができる!

 外の音がこわくて体はまだ震えたままだけど……護衛団のみなさんのために唱ってみせる!

 気休めでもいいから、少しでも体の震えを抑えるために一度だけ深呼吸をする。

 そして、もう一度息を吸い込み、〝ピュリフィケーション〟を唱――


「……っ!?」


 …………え?


「……っ……っ!?」


 うまく声が出せない!? 魔唱を唱えない!?

 なんで!? どうして!?

 今唱わなくちゃ護衛団のみなさんが……レイソン様やサイト様が……ルードくんが殺されちゃうかもしれないのに……どうして唱えないの!?

 まさか、声も出せないくらい私はこわがっているっていうの!?


「……っっ!!」

 

 どれだけがんばっても、引きつった声しか出てくれない……。

 なにもできない自分が、ただただ情けなくて……情けなさを自覚してなお、こわくて、体が震えて、涙が溢れそうだった。


 …………?


 今、誰か馬車の扉を開けた?

 扉を開ける音は聞こえなかったけど、空気の流れが変――きゃあ!?

 抱きかかえられた!?

 あっ! わっ!? 凄い速さで移動してる!?

 しかも空気が妙に煙っぽい!?

 いったいなにが起きてるの!?

 護衛団の誰かが私を逃がしてくれてるの!?

 それとも〝裏〟の人が私を攫ってるの!?

 わからない……こわい……こわいよぉ……。

 こわい……けど、『誰か助けて』とは思わない。絶対に思わない。

 ろくに魔唱が唱えなかった私には、助けを呼ぶ声すら出せないことはわかってる。

 だから、『誰か助けて』とは思わない。

 もし、今私を抱きかかえて走ってる人が護衛団の人だったら、『誰か助けて』と思う方が失礼だ。

 もし〝裏〟の人だった場合は……『誰か助けて』なんて思いたくない。

 これ以上、恐怖に屈したくない。

 それが、情けない私が示せる精いっぱいの意地だった。


 いったいどれくらい長い時間、抱きかかえられたまま移動していたのか……ひたすら恐怖と戦い続ける時間が終わり、私は地面に下ろされる。

 私を抱きかかえて走り続けた〝この人〟は、どうやらとっても凄い人らしく、私という荷物を抱えて長時間走っていたにもかかわらず、息がほとんど乱れていなかった。

 そんなに凄い〝この人〟でも、やはりあの場は相当な地獄だったらしく、続けて出てきたのは、心底安堵したようなため息だった。

 私の様子を確かめているのか、〝この人〟は無言のまま――


「あ……」


 そんなことを考えていたそばから〝この人〟が声を漏らしたものだから、私はビックリして思わずビクリと震えてしまい、半ば反射的に声が聞こえた方に振り向いてしまう。

 それがいけなかったのか、かぶっていたトークハットが落ちちゃったけど、二人しかいない状況で顔を隠してもしょうがないので、落ちたトークハットはそのままにして、声が聞こえた方に体ごと向き直る。


 トークハットを落としたことで、たぶん、〝この人〟も私のことを見てるはず。

 でも〝この人〟からは、私に話しかけようとする気配そのものが全くと言っていいほど感じられなかった。

 それならいっそ私の方から話しかけてみようと思ったけど……やっぱりダメ。

 本当に情けない話だけど、今もなお、この状況が恐くて怖くてたまらない。

 体の震えも、まだ全然止まってない。

 だから、また恐怖に屈して声が出ないかもしれない。

 出たとしても引きつった声になってしまうかもしれない。

 もし、〝この人〟が〝裏〟の人だったら……ちっぽけな意地だけど、これ以上弱みを見せたくなかった。

 

 だから、私は手を前に差し出すことにした。

〝この人〟が私にとって光ならば、この手を取ってくるはず。

〝この人〟が私にとって闇ならば、この手を取ったりはしないはず。仮に取ったとしても、そこには一片の優しさも介在しないはず。

 私の無言の問いに〝この人〟がどう答えるのか……願わくば、光であらんことを心の底から祈った……。

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