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第32話  裸の付き合い【アトリ】

「アトリちゃん、ちょっと待ってな~。《燃える其の手で何を掴む》! とりゃ~!」


 脱衣所にいる私の耳に、ジュワ~っと水が湧き上がる音が聞こえてくる。

 パノンさんが唱った魔唱は〝ヒートハンド〟と呼ばれる、両手が炎に包まれて燃え上がる魔唱なんだけど……もしかしなくてもパノンさん、〝ヒートハンド〟で燃え上がった手を湯船に浸けて、お湯を沸かしてるよね?


 だ、大丈夫なのかな?

 私の知り合いに、同じことをしてうっかり自分の家を燃やしちゃった人がいるんだけど……。

 そんな私の心配なんて杞憂だと言わんばかりに、パノンさんの元気な声が聞こえてくる。


「よっしゃ、ええ湯加減や。もう服脱いでええで~……って、脱ぐのウチも手伝った方がええか? ウチもまだ上着しか脱いでないから、どのみちそっちに行かなアカンし」

「大丈夫です。ただ、初めて入るお風呂だと足元がこわいから――」

「わかった。ちゃんとエスコートしたるわ」

「あ、ありがとうございます」


 こちらが言い切る前に快諾されたことにビックリして、ちょっとだけ声が裏返ってしまう。

 パノンさん、目が見えない私のこと凄く気にかけてくれたり、ちょっと話しただけでわかるくらいにいい人なんだけど……話し方が、その、畳みかけてくるような感じだから、ついつい圧倒されてしまう。

 でも、圧倒されてばかりじゃパノンさんに失礼だから慣れなくちゃ……!


 ドレスを脱ぎ、肌着(シュミーズ)を脱いだところで、なぜかパノンさんの方から「おぉぅ……」と、何かに圧倒されたような声が聞こえてくる。


「あ、あの……?」

「き、気にせんでええで。アトリちゃんって意外と着やせするタイプなんやな~って思っただけやから」

「……着やせ?」


 言われてお腹を触ってみる。

 別にプニプニしてるわけじゃないし、お婆様に太ると見た目が台無しになるから気をつけるようにって言われてたから気をつけてるつもりだし、食べるのは大好きだといっても量はあまり食べられないし……私、別に太ってないよね? よね?


「あっ、別にアトリちゃんが太ってるって意味ちゃうで? 着やせしてるってのはオッパイの話や。ほれ、ウチのと比べてみい」


 そう言って、私の手を掴むと――って、パ、パノンさん!?

 なんで自分の胸を私に触らせてるの!?

 た、たしかに私じゃそうしないと比べることはできないけど!?


「な? 大きさ全然ちゃうやろ? って、自分で言ってて哀しくなってきたわ……。せや! 慰謝料としてアトリちゃんのオッパイ揉まして! それでチャラにしたるから!」

「えぇええっ!? ダ、ダメに決まっ――ひゃぅっ!?」


 ほ、ほんとに胸をっ……やぁ……んっ……揉まないでぇ……。


「うっは!? なんやこれ!? めっちゃ柔らか――あぁっ! なんで逃げるん!?」

「逃げるに決まってるじゃないですかっ!!」


 後ろに下がり、胸を隠しながら抗議する。

 まだお風呂に浸かっていないのに、全身が熱くてしょうがなかった。


「しゃあないな~。お詫びの印に、もっぺんウチのオッパイ揉ましたるわ」

「揉みません」


 思わず、パノンさんの声が聞こえる方をジトッと睨んでしまう。


「わかったわかった。ウチが悪かった。あんなデカいの初めて見たから、ついな」

「『つい』で揉まないでくださいっ」

「だからゴメンて~。……ほい」


「ほい」と同時に、パノンさんが私の手を掴む。


「背中流したげるから、それでチャラにしてや。な?」

「……後ろから揉んできたら、本当に怒りますよ」

「後ろから揉むか……その手もあったな」

「パノンさん!?」


 などと言いながらも、なんだかんだでパノンさんはちゃんと背中を洗ってくれて――背中の聖痕が擦ったら消えるかどうか試されたことはさておき――旅の汗と埃を流したところで私たちは湯船に浸かる。

 床もそうだけど、湯船も木でできていて、私たち二人だけで使うのがもったいないと思えるくらいに大きかった。

 たぶんだけど、孤児院の子供たちが何人でも一緒に入られるよう、湯船も浴室も大きな造りにしたんだと思う。

 そんな大きな湯船に水を汲んでくれたルードには、あとでちゃんと『お疲れ様』を伝えなくちゃ、だよね。


 肩までお湯に浸かり、久しぶりのお風呂を満喫する。

 はぁ……気持ちいい……。


「さて、裸の付き合いついでに、アトリちゃんに一つお願いしたいことがあるんやけど」

「なんです?」

「アンタのこと、呼び捨てにしてもええか? そっちもウチのこと呼び捨てにしてええから。それに、たぶんウチら歳も同じくらいやろから敬語もええで。敬語で話されると背中がムズムズしてくるし」

「わかりま――わかった。歳が同じくらいって、パノンさ――パノンは、何歳なんです……なの?」


 あぅ……信じられないくらいグタグタになったぁ……。

 パノンさ――って、またぁ……も~う……。

 こんなんじゃ、パノンが湯船の縁をペチペチ叩いて笑っちゃうのもしょうがないよね……。


 パノンは、ひとしきり笑ったあと「ごめん。ちょっと笑いすぎたわ」と言ってから、私の質問に答える。


「ウチは十六。ルードの一コ上や」

「あ、ほんとに同い年なんです――なんだ」

「まだグッダグダやな。タメやとわかったら、大抵の人間は馴れ馴れしくなるもんやのに律儀というか不器用というか」

「いや……だって……同い年とわかった途端に馴れ馴れしくするのは、それはそれで失礼な気がして……」

「気にしすぎ気にしすぎ。そもそも敬語なんて、傭兵同士じゃ使われる方が稀やしな」

「……傭兵? パノンもルードと同じ傭兵さんなの?」

「あれ? 自己紹介の時に、ウチが傭兵やって言って……なかったわ。そういえば。ま、ウチは護り屋一本でやってるルードとは(ちご)うて、護衛とか魔獣退治とか色んな仕事に手ぇ出してるけどな」

「そうなんだ……。ルードもそうだけど、パノンも凄いなぁ……。私と同い年なのに……」

「いやいや、ウチからしたら唱巫女やってるアトリの方がよっぽど凄いで。なんてたって唱巫女がおらな、この世界は二進(にっち)三進(さっち)も行かんからな」

「でも……それは私が凄いんじゃなくて、唱巫女という存在が凄――」

「い~や、アンタが凄いで」


 一際声を大きくして私の言葉を遮ったあと、パノンは先程までよりもどこか真面目な声音で訊ねてくる。


「アトリはさ、本気で捧唱の旅を成し遂げるつもりなんやろ?」


 コクリと、首を縦に振る。


「そこや。そこがアンタの凄いところや。世界のために捧唱の旅に出たのに、ちょっと行方がわからんくなっただけで、どっかに逃げたとか嘘バラまかれて指名手配されたのに、アンタはまだ捧唱の旅を続けてる。普通そこまでされたら、世界なんて滅んでしまえってなって、国に吹聴されたとおりに捧唱の旅なんて放棄する思うで」

「そう……かな?」

「そうやで。仮に世界を恨まんかったとしても、どっかに雲隠れしてるのが普通やと思うで。ルードから聞いたけど、さっき散々擦らせてもろた聖痕……やったっけ? とにかく、それを他の人間に移すには、今の唱巫女に死んでもらうしかないって話なんやろ? そのためだけに殺されるなんて、そんなん誰だって真っ平ゴメンやから、やっぱり捧唱の旅なんて放棄して雲隠れするのが普通やと思うで」

「……それじゃ、私とルードが捧唱の旅を続けてるのは……悪いことじゃないってことで……いいんだよね?」

「悪いわけないやろ。むしろ、ええことや――って、どしたん!?」


 思わず涙が零れてしまい、パノンを驚かせてしまう。


 私とルードの二人だけで捧唱の旅に出ると決めた時、世界にとってその決断は間違いなんじゃないかって、世界にとって良くない決断だったんじゃないかって思ってた。


 私自身死にたくなくて、ルードも死なせたくなくて、でも、世界を枯れさせたくなくて、他のみんなも死なせたくなくて……私たちの決断が、捧唱の旅を遅らせる決断だってわかってたから、ワガママな決断だってわかってたから……はっきりと悪いことじゃないって言ってもらえたことが嬉しくて、肩の力が抜けて……。


 あ~もう……私の決断を聞いたアルカスの宿主さんにワシャワシャと頭を撫でてもらった時は、涙なんてちっとも溢れてこなかったのに……どうしてわからないけど今は溢れっぱなしで全然止まってくれない……。


「……まあ、色々ない方がおかしいわな。よっしゃ。アンタに比べたらうっすいけど、ウチの胸貸したるわ」


 そう言ってパノンは、私を頭から抱き締めてくれた。

 ルードに同じことをされたら恥ずかしさでいっぱいになっちゃうけど、同性だからか恥ずかしさはちょっとしかなくて……なんか、とても安心する。

 お言葉に甘えることにした私は、しばらくの間胸を借り、涙が引っ込むのを待って、パノンから離れた。


「……ありがと」


 なんとなく照れくさくなって、言ってすぐにごまかすように笑ってしまう。

 するとパノンは、


「ど、どういたしまして」


 と、言ったあと、ザバッという音ともに湯船のお湯を揺らした。

 どうしてかはわからないけど、私に背中を向けたみたい。


「あっぶなぁ……ウチがキュンときそうになってどうすんねん。あ~でも、これか~。なるほどな~。アイツはこういうのに弱かったってことか~。……アカン。ウチが同じようなことしても気色悪いだけやんか……」


 小声でよくわからないことを呟いたあと、こちらに向き直ったのか、再びザバッとお湯が揺れる。


「一つだけ確認してもええか?」


 改まったような声音に少しだけ気後れしたせいか、私は思わず質問に質問を返してしまう。


「確認って、なんの……?」

「なんのって、そりゃ……あ~……」


 さっきまで小気味良いくらいにスパスパと喋っていたパノンが、言い淀みながらこう訊ねてくる。


「アトリは……ルードのこと、どう想てんの?」

「ど、どうって……?」

「…………あ~もう! ウチらしくない! 単刀直入に訊くで! アトリはルードのこと、異性としてどう想てんの!?」


 ルードのことを……異性として……どう…………どう!?

 なななななんでいきなりパノンはそんなこと聞――


「ちなみにやけど、ウチはルードのこと好きやで。もちろん異性として」


 !?!!!?!!!?!!!?!!!?!!!?!!!?!!!?!!!?!!!?!!!?


 そそそそそうだよね!

 そうでないと、そんなこと訊いてきたりなんかしないよね!

 どうしよう……どうしよう……!

 ルードのことは、もちろん好きだけど、異性として考えたら……考えたら――――…………


「あ……あ~……もうええ。わかった。もうええわ」

「わ、わかったって……なにが?」

「それはウチの口からは言えんな~」


 一転して意地悪な物言いをされて、思わず「むむっ」となってしまう。


「も~う、ほっぺた膨らませて~。アトリはかわええな~」


 再び頭から抱き締められ、さらには頭を撫で回されてアワアワしてしまう。


「な、なんかごまかしてないっ!?」

「ごまかすも何もウチの口からは言えんって、はっきり言ったやん。てか、ごまかしなしに言うとな、最初アトリのこと見た時、ウチ、アンタのこと〝敵〟やって思てんで」

「て、敵っ!?」


 素っ頓狂な声をあげる私には構わず、パノンは続ける。


「でもな、こうして話してみてわかったけど、ウチもう絶対にアンタのこと〝敵〟やとは思えへんわ。ウチ、アンタのことも好きになってしまいそうやもん。あ、もちろんこれは友達としてやで」


 はっきりと「好き」って言われて、ただでさえ熱くなっていた顔がさらに熱くなっていくのを感じる。


 さっきからパノンの言葉に振り回されっぱなしだけど……そんなに悪い気はしない、かも。

 私とルードの二人だけで捧唱の旅に出るという決断を支持してくれたり、会って少ししか経ってないのに当たり前のように友達って言ってくれたり……ルードとは違った意味で甘えたくなるような、頼りたくなるような、でも、私も負けていられないって思えるような……パノンには、そんな不思議な魅力があった。


「集落の〝外〟の人と友達になったの、パノンで二人目かも」

「一人目ちゃうかったか~。で、その一人目は、どんな人なん?」

「それは……」


 と、言いかけたところで、さっきパノンに言われたことを、そっくりそのまま返すことを思いつき、ニンマリと笑う。


「ウチの口からは言えんな~」

「ほ~う。そうきたか。なら、力づくで吐かしたる!」

「パ、パノン!? どこくすぐっ――てぇっ!?」

「ほ~れ吐け~吐け~って、ちょちょちょ!? 脇! 脇はアカンて!」

 

 そんなこんなで、私たちはのぼせる寸前までお風呂に入ってしまったのであった。

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