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第30話-2 国境都市での再会

 アザーンの一角にある、傭兵仕事の斡旋所から出てきた少女――パノン・ポルムンは、満面の笑みを浮かべながらでかい独り言を漏らした。


「いや~ええ仕事やったわ~」


 十六歳という若さで女だてらに傭兵を生業にしているせいか、パノンはいかにもヤンチャそうな顔立ちをしており、服装も相応にヤンチャしていた。

 鼠蹊部(そけいぶ)がギリギリ隠れる程度の長さしかない下衣(ズボン)に、少々控えめな胸元しか隠せていない筒状の衣、その上に前開きの上着を羽織っているだけの、いやに露出の多い服装だった。


 斡旋所を離れ、大通りに出たパノンは、宝石のような碧い瞳を巡らせて人の流れを見極めると、ポニーテールにまとめた緋い髪を揺らしながら、慣れた足取りでスルスルと人ごみを通り抜けていく。

 腰の両側に吊り下げられた、二本のダガーを得物にしていることからもわかるとおり、その身のこなしはどこまでも軽やかだった。


 ふと、露店に並べられたアクセサリーが目にとまり、足を止める。


(……いつからやろ)


 色気よりも金気(かなけ)だった自分が、こういった物に興味を持つようになったのは。


(って、そんなんわかりきった話やないか)


 二年前、たまたま同じ仕事を請け負って知り合った、自分よりも一つ年下の、あの少年。

 耳が聞こえないというハンデを背負いながらも、護り屋の五指に数えられるほどにまで昇り詰めた、あの少年。


(最後に()うたのは半年くらい前やったな。久しぶりに会いたいなぁ、ルード)


 口で会話できないことを抜きにしても無愛想で、表情も乏しくて、そのくせ妙に面倒見がよくて、優しくて、信じられないほどに強い少年。


(けど、いくらルードでも今回の件はちょっと心配やな)


 斡旋所の仲介人が特別に教えてくれた話によると、ルードは今、捧唱の旅を放棄したがゆえに指名手配された、唱巫女の護衛を続けているかもしれないとのことだった。

 仲介人の話では『かもしれない』止まりでも、パノンにとってそれは確定に等しい情報だった。


 パノンは知っている。

 どれほどの窮地に追い込まれても、ルードは決して護衛対象を見捨てたりはしないことを。

 そういう人間だからこそルードに好意を持ってしまったことはさておき、今回ばかりはそういうところを曲げてでも、唱巫女の護衛を放棄して欲しかったと切に思う。


 指名手配された唱巫女の護衛を続けることは、マイアという国そのものを敵に回すことと同義。

 ルードがどれだけ強くても、国そのものを相手にするのは無謀がすぎるというもの。


(ルード、無事やとええけど……)


 そんなことを考えていると、アクセサリーの露店主が冷やかしなら帰ってくれとでも言いたげ視線を向けてきたので、小さく頭を下げてからその場を離れ、食べ物系の露店が立ち並ぶ通りに移動する。

 昼前から何も食べてなかったことを思い出し、今さらながら空腹を覚えてしまったので、ここで適当に食べていこうと思っていたら、


「……え?」


 見覚えのある黒髪の少年を見つけ、パノンはその場に立ち尽す。

 体をスッポリと覆う外套に、自分よりも少しばかり背の低い矮躯。

 見間違えるはずがなかった。

 今、視界に映っている少年は、


(ルード! まさか、ほんまに会えるなんて!)


 会いたいと思った傍から出会えたことに運命的なものを感じたパノンは、すぐさま彼のもとに駆け寄ろうとするも、


(……ん? なんや、あの小っこいの?)


 ルードと手を繋いでいる、ローブに付いたフードを目深にかぶっている〝小っこいの〟の存在に気づき、駆け出そうとした足を止める。

〝小っこいの〟と表したとおり、背丈はルードよりも低かった。

 フードのせいで顔はよく見えないが、それでも〝小っこいの〟の性別が女であることはすぐに断定できた。

 なぜなら仕草の一つ一つが、いかにも女の子らしかったからだ。


 そう、女の子だった。

 ルードと手を繋いで歩いているのは、紛うことなく女の子だった。


(ああ。うん。アレ、唱巫女やな。絶対唱巫女やな。こんな人ごみじゃ手ぇ繋いでないと、すぐにはぐれてまうからな。護衛対象が指名手配されてる以上、手ぇ繋ぐのはしゃあないな)


 若干涙目になってプルプル震えながら自分に言い聞かせていると、ルードが女の子から手を離すのが見えて無意識に喜んでしまう。が、その喜びも、ものの数秒でかき消されてしまう。

 どうやらルードは露店で買い物するために手を離したらしく、その表情は好きな女の子のためにプレゼントを見繕う男の子のように、どこかウキウキソワソワしていた。


(え……ちょっと待って。ウチ、アンタがそんな顔してるとこ初めて見たんやけど?)


 パノンが困惑している間に、ルードは露店で購入した串焼き肉を女の子に渡す。

 女の子が覚束ない手つきで串焼き肉を食べ始めると、またしてもルードが見たこともない表情を浮かべるのを目の当たりにし、パノンはいよいよ目を白黒させる。


(なんで? なんで、その子が肉食ってるだけやのに、そんな嬉しそうな顔してんの? そんなええ食べっぷりなん? てか、いつからそんな表情筋ゆるなったん? ウチと一緒にいた時、ミリ単位でしか表情変わらんかったやん。そんな無駄に豊かやなかったやん)


 若干どころか本格的に涙目になっているパノンをよそに、二人は串焼き肉を食べ終えると、露店を物色しながら歩き、気になった食べ物があったら買っては食べ買っては食べ……ルードはもちろん、顔が見えない〝小っこいの〟も随分と楽しげな様子だった。

 ハンカチがあったら噛みちぎりたくなるほどに。


(こんなん護衛やないやんっ!! ただのデートやんっ!!)


 と抗議した瞬間、攻撃的なパノンの視線を敏感に察知したルードが弾かれたようにこちらに顔を向けてくる。が、視線の主がパノンだとわかった瞬間、すぐに安心したように、それでいて呆れたようにため息をついた。

 自分を見て安心してくれたことは、それはそれで悪い気はしないが、


異性(ウチ)にイチャついてるとこ見られたのに、なんで全然慌てへんの? ……アレ? もしかしてウチ、ルードに異性として全然意識されてへん? あんなにアタックしたのに? あんなにアタックしたのに!?)


 もう本当に泣いてしまおうかと思ったパノンだった。

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